マネジメント層には、目の前の仕事を滞りなく進めていく「業務遂行能力」や、組織内あるいは外部と良好な人間関係を築く「人間関係能力」のほかに、「概念化能力=コンセプチュアルスキル」も求められる。半世紀以上も前に提唱された考え方ながら、近年あらためて重要度が見直されているこの「コンセプチュアルスキル」について、その内容や構成要素、育成の具体例などを解説する。
「コンセプチュアルスキル」の意味や育成の具体例とは? 育成トレーニングの前におさえておきたい10の構成要素も紹介

「コンセプチュアルスキル」とは何か

「コンセプチュアルスキル」とは“多くの知識や情報を整理分析し、複雑な事象を概念化することで、物事の本質を見極める能力”を意味する。日本語では、「概念化能力」と訳される。

コンセプチュアルスキルを磨き、経験や情報をもとに多くのことを学習・判断し、複雑な物事を論理的に考えられるようになれば、業務に合理化・効率化をもたらすことができる。個人や組織のポテンシャルを引き出し、パフォーマンスを向上させることも可能だ。こうしたことから、経営者やマネージャー、人事部などが身に付けるべきスキルとして注目されているのである。

このコンセプチュアルスキルは、もともと米ハーバード大学の経営学者、ロバート・L・カッツ氏によって提唱されたものだ。カッツ氏は1955年発行の『スキル・アプローチによる優秀な管理者への道』において、マネジメント層に必要な能力として以下の3つをあげている。

・テクニカルスキル(業務遂行能力)
・ヒューマンスキル(人間関係能力)
・コンセプチュアルスキル(概念化能力)


このうちテクニカルスキルには、商品や技術に関する高度な専門知識、製造・加工技術、ITリテラシーなどが含まれる。技術者や作業者など、いわゆる“現場”で働く人材や、その現場を管理・監督するマネージャーが、業務を正確に遂行するための能力といえる。

またヒューマンスキルは、コミュニケーション、コーチング、プレゼンテーション、調整や交渉など、まさに“対人間”に関するスキルだ。チーム内や外部との人間関係を良好に保ち、リーダーシップを発揮していくために不可欠な能力である。

ただ、すべてのマネジメント層が3つのスキルを等分に持つべき、というものではない。実はカッツ氏は、マネジメント層もまた3つの階層に分類している。

・ローワーマネジメント
・ミドルマネジメント
・トップマネジメント


チームリーダーや主任など、現場を直接監督するのがローワーマネジメント、部長や課長などビジネス部隊を広く管理するのがミドルマネジメント、そして社長・CEOや取締役など経営者層にあたるのがトップマネジメントだ。

人材の育成・成長と関連付けて考えるなら、まずは現場実務を遂行するためのテクニカルスキルを身に付け、円滑な人間関係を作るヒューマンスキルを向上させ、さらにビジネス全般で高い成果をあげるためにコンセプチュアルスキルが必要、ということになる。

もちろん、ローワーマネジメントであってもコンセプチュアルスキルは持つべきであり、トップマネジメントもテクニカルスキルを無視することはできない。ただし、求められるバランスは異なる。このように、どの階層ではどの能力が重要になるのか、スキルバランスを整理・定義したものは「カッツモデル」と呼ばれている。

「カッツモデル」によれば、コンセプチュアルスキルは、幅広いマネジメント層で役立つ能力ではあるものの、経営者層など高い職位で活躍する人材に特に求められるものとされている。現場において自分自身で成果をあげるための能力ではなく、より大きな課題の解決や組織全体の方向付けなど、企業経営に影響を及ぼす能力といえるだろう。

育成トレーニングの前におさえておきたい「コンセプチュアルスキル」を構成する10の要素

“多くの知識や情報を整理分析し、複雑な事象を概念化することで、物事の本質を見極める能力”、あるいは“概念化能力”といっても、やや曖昧に感じる人もいるだろう。そこで、「コンセプチュアルスキル」を構成する10の要素について理解することが重要となってくる。

(1)ロジカルシンキング(論理的思考)

その名の通り、物事を論理的に整理できる能力だ。ビジネスの現場や組織の運営では、さまざまな要素が絡まり合って成功と失敗、解決すべき課題が生まれる。その複雑さを理論的に解きほぐし、フレームワークなどに当てはめて体系的に整理し、抽象化・構造化していく。そうすることで成功の拡大や失敗の排除、課題の解決へ向けてのロードマップを描けるようになる。また、問題・課題・要因を相手に分かりやすく説明して理解を得るためにも重要となるスキルである。

(2)クリティカルシンキング(批判的思考)

物事を客観的に分析できる能力だ。この情報は正しいのか、本当の問題は他にあるのではないか、など、物事の前提を疑い、批評的に見つめることで思考の偏りを排除し、本質的な課題や改善点を特定していくスキルである。とりわけ物事の中に潜むマイナス要素を発見するのに重要で、またリスクの少ない対処法や最適解を導き出すために不可欠なスキルといえる。

(3)ラテラルシンキング(水平思考)

経験や常識、固定概念に囚われることなく、自由な発想で物事を多角的に捉えるスキルである。何かに行き詰まった時、新しい角度から目の前の課題を見つめることで斬新な解決策が湧き出てくることがある。誰も思いつかなかった新たな可能性に気づく能力は、猛スピードで変化を続ける現在のビジネス環境において不可欠な能力である。ブルーオーシャン開拓や新規事業の立ち上げなどにも役立つものといえるだろう。

(4)多面的視野


ある課題や事象に対して、自分とは異なる立場や視点(別の職種や事業部の人、消費者、ビジネスパートナーなど)から見つめることができる能力である。物事に対して複数の角度からアプローチし、多様な視点で検討することは、問題の本質への気づき、硬直した思考の打開、新しい可能性の発見、新規ビジネスの創造などにつながるはずである。

(5)受容性

自分の考えとは異なる価値観を否定・無視するのではなく、受け入れて向き合うことができるスキルだ。ビジネスのグローバル化が進み、ダイバーシティが叫ばれるようになった現在、多様な価値観を受け入れられる能力の重要度は増している。一方的に自分の意見を押し通すのではなく、さまざまな意見を公正・公平に比較検討することで、より良い解決策、より多くの人が満足できる結論の発見が可能となるだろう。

(6)柔軟性

問題が発生する状況や理由、トラブルの形は、そのたびに異なる。また社会的なニーズや時流も日々変化している。マニュアルや既存の手法・価値観にこだわることなく、臨機応変に対応する能力が必要だ。イレギュラーな事態に動じることなく対峙できる素養は、リーダーシップを発揮するうえでも重要である。

(7)知的好奇心

新しい価値観や未知の物事に対して、拒絶することなく興味を示し、積極的に情報を収集し、体験していこうとするスタンスである。この知的好奇心とラテラルシンキング、多面的視野のスキルを複合的に発揮することで、組織に風を起こし、大きなエネルギーを生み出す。また、新たなビジネスモデルや可能性に満ちたプロジェクトの創出につながっていくだろう。

(8)探究心

物事に対して興味を示し、自身が納得するまで情報を収集し、考えを突き詰め、成果が出るまで粘り強く掘り下げていく姿勢である。ビジネスやプロダクトなどについて表面的に理解するのではなく、背景や社会的意義まで深く考えることで、本質的な課題の発見や構造化も促進するはずである。

(9)チャレンジ精神

「よく知らない」、「無理だ」、「前例がない」といった理由で諦めるのではなく、リスクを恐れず積極果敢にチャレンジする姿勢が必要だ。チャレンジによって自分自身や周囲に成長をもたらし、生き生きと働けるようになる。また日々変化するビジネスシーンにおいては、その変化に対応するだけでなく、自ら変化を起こしていくことも重要といえるはずである。

(10)俯瞰力

主観と客観を交えながら、大所高所から物事の全体像を把握しようと努めることは、現状理解において極めて重要である。重要な判断や新たな施策への取り組みにおいても、広い視野で物事を捉え、今後を予想し、将来的なリスクや成功可能性まで考慮することが肝心となる。

以上のような10要素を組み合わせながら、課題を発見し、情報を収集し、解決するための策を編み出して実行に移していく、あるいは組織が歩むべき道筋を示していく。それがコンセプチュアルスキルの全体像といえるだろう。

「コンセプチュアルスキル」が向上することでどのようなメリットがあるのか

ビジネスのグローバル化と目まぐるしい技術革新によって、スピーディに事業を展開していくことが求められるようになっている。また働き方の多様化が進んだことで、組織の中に起きる問題や解決すべき課題も多様化している。論理的思考や多面的視野、柔軟性やチャレンジ精神を武器に困難な状況を乗り切っていくこと、つまり「コンセプチュアルスキル」の活用は、トップマネジメントだけでなく、ミドルマネジメントやローワーマネジメントにとっても重要度が増しているといえるだろう。コンセプチュアルスキルを高めることで、具体的には以下のようなメリットを享受できる。

●本質的な課題の抽出から問題解決へ

何かの物事やトラブルに対症療法で向き合うだけでは、組織の成長やビジネスの成功は望めない。「コンセプチュアルスキル」をフルに活用して本質的な課題を見極め、解決策を導き出すことが重要となる。

●組織の方向性・業務の全体像の共有化

「コンセプチュアルスキル」によって物事の構造を分かりやすく捉え、それを組織で共有することで、何をしなければならないか、何のためにその業務はあるのか、何を優先させるべきなのか、仕事の全体像や方向性をメンバー間で共有することが可能となる。

●メンバー個々および組織的な生産性向上

組織の方向性・業務の全体像の共有が進めば、自分の業務の意義を正しく理解し、組織の中での位置付けにも納得できるようになる。これはモチベーションやエンゲージメントにつながる要素であり、パフォーマンスや生産性に大きな影響を及ぼすことになる。

そうした“意識”の面だけでなく、単純に「コンセプチュアルスキルによって現場におけるトラブルの本質的要因が見つかり、取り除かれたおかげで業務効率が上がった」という事例が起これば、それだけで生産性は大きく向上するはずだ。現場のスタッフやローワーマネジメントであっても、「コンセプチュアルスキル」を身に付け、自ら問題の発見・解決・業務改善に取り組むことの効果は計り知れない。

●イノベーションの創出

物事を構造化して考えることができるようになれば、そこから大胆な課題解決策や斬新なアイディアを導き出せるようになる。ラテラルシンキング+多面的視野+柔軟性+チャレンジ精神の発露によって、既存の価値観や手法からはみ出したビジネスモデルを生み出すことも可能だろう。

このようにコンセプチュアルスキルは、現場、ローワーマネジメント、ミドルマネジメント、そしてトップマネジメントまで、あらゆる階層で大きな力を発揮し、組織全体としてのパフォーマンスや生産性の向上に直結するものなのである。

「コンセプチュアルスキル」を向上させるための具体例とは

物事を概念化・構造化する「コンセプチュアルスキル」は、当然ながら計画的に育成していくことが必要となる。その際にポイントとなるのは以下のような取り組みだ。

●「コンセプチュアルスキル」に対する理解促進

前述した10の要素をはじめ、「コンセプチュアルスキル」そのものの重要性、階層ごとに求められるスキルバランスの違いについて、全社的に理解してもらうことが大前提となる。“コンセプチュアルスキルの高い人”が、合理的すぎる人、発想が自由すぎる人、変わり者といった目で見られないようにする配慮も必要だろう。

●階層別研修の実施

「コンセプチュアルスキル」は現場からトップマネジメントまで、幅広い階層で求められる能力ではあるが、重要度や、スキルの発揮方法は立場によって大きく異なる。一律にコンセプチュアルスキル研修を実施するのではなく、現場従業員向け、チームリーダー向け、中間管理職向け、経営幹部向けなど、立場や職位に応じて研修を実施するべきだ。

もちろん、それに先立って「どの職位・職級では、どのようなスキルが求められるか」や「自社ではどのようなコンセプチュアルスキルが重要となるか」などについて定義しておかなければならない。

●コンセプチュアルスキルと人事評価制度・配属の連動

これまで日本の企業では、どちらかといえばテクニカルスキル(どれだけ上手く目の前の業務を遂行できるか)やヒューマンスキル(周囲と良好な人間関係を築けるか)が評価の中心だった。今後は「コンセプチュアルスキル」についても評価していくことが重要となる。

研修や日々の業務によって磨かれたコンセプチュアルスキルについて、正しく測定し、人事評価や異動・配属に生かしていくことで、スキルアップもさらに進むことになるだろう。

●次世代リーダー候補の選考・選出

前述の通り、「コンセプチュアルスキル」は現場のプレイヤーからトップマネジメントまで、幅広い層で必要となる能力だが、とりわけ経営層には必須のものとなる。いわゆる“次世代リーダー候補”に対するコンセプチュアルスキル育成プランは、もっとも重視したいところだ。

ただし、コンセプチュアルスキルは先天的な部分が大きく、トレーニングによって後天的に伸ばすことは困難とされている。次世代リーダーについては、コンセプチュアルスキルを重視して育成候補人材を選考するような策も考えなければならないだろう。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!