近年、経営判断のスピード化に伴い、経営戦略に合わせた人事施策や人事戦略の必要性が高まっている。それに伴い、経営視点と人事視点の両方を兼ね備えた「CHRO(最高人事責任者)」を導入する企業が増えつつある。まだ国内においてポジションとして設けている会社は少ないものの、今後本格的に導入する企業が増えていくだろう。本記事では、「CHRO」の意味や役割、人事部長との違い、必要なスキル、能力などを詳しく解説していく。
「CHRO」の役割や人事部長との違いとは? 必要なスキルや能力、企業事例なども解説

今さら聞けない「CHRO」の意味とは

「CHRO」とは、Chief Human Resource Officerの略称であり、日本語で「最高人事責任者」を意味する。経営陣の一人として戦略人事を実行するとともに、人事関連のすべての業務に責任を持つポジションと言える。

●人事部長や人事責任者との違い

「CHRO」と従来の人事部長や人事責任者は、どこに違いがあるのだろうか。いずれも、人事のプロであることは変わらない。ポイントは「経営に関与しているか、いないか」、「経営の視点を持っているか、いないか」だ。人事部長はあくまでも人事部の責任者として、人材の採用や育成、人事管理に関する業務を統括する役割を担う。経営陣が策定した経営戦略に沿って人事戦略を粛々と策定・遂行する存在と言って良いかもしれない。

これに対して、「CHRO」は経営戦略の策定にも積極的に参画していきながら、人事業務を統括するポジションだ。経営計画やビジョンの達成、組織づくりの推進に向けて、人材資源をいかに調達・配分すれば良いか、課題がある場合にはその解決策をも提示し、滞りなく施策が遂行されるよう管掌することになる。時には現場の声を吸い上げ、経営戦略を改善する役割も担う。

●「CHRO」が求められるようになった背景

いかに優れた人材を獲得するかは、いま各企業の重要な経営課題の一つだろう。今後労働力人口は減少していくため、人材確保は厳しくなっていく。戦略的な人事戦略が求められ、経営視点と人事視点を併せ持つ「CHRO」のニーズが、これまで以上に高まっていると言える。

また、現代社会の目まぐるしいビジネス環境の変化に加え、近年は新型コロナウイルスの感染症拡大により、経営判断がさらに困難を極めている。危機的な局面において、経営に関連する素養が備わった「CHRO」の手腕が期待されているのも注目されている背景の一つだろう。

●日本における「CHRO」の現状

日本における「CHRO」の認知度は欧米と比較するとかなり低い。いくつかの調査結果を見ても、導入企業の割合は1割前後に留まっているというのが実情だ。ただ、労働力人口の減少や人材の流動化の加速など、日本の状況は大きく変わってきており、今後は「CHRO」を導入する企業の割合は増えていくことが見込まれる。

「CHRO」はどのような役割を担うのか

(1)人事視点で経営をサポートする

まずは、人事視点での経営サポートが挙げられる。経営戦略の実現に向けて、現状の人的リソースで十分か、もし足りないのであればどのようなスキルを持った人材を何名確保する必要があるのかなどを、人事のプロとして進言、提案していくことが求められる。

(2)人事施策の進捗を管理する

策定された経営戦略やビジョンに向けて、人事施策の進捗を管理する役割も担う。配属・異動後に現場に問題が生じていないか、人材採用は予定通りに進んでいるか、社員はモチベーション高く働いているか、などを定期的にチェックしていく。その結果を経営陣に報告するとともに、何か問題があった場合には、関係各所に適切な指示を与える必要がある。

(3)社員の育成方法を構築する

会社の経営戦略やビジョンに基づいて、社員の育成方法を構築するのも「CHRO」の役割だ。人材は企業にとって成長の源泉となるだけに、育成は何よりも重要となってくる。「どのような人材が会社に必要か」を考え、それに見合った人材の育成方法を構築し、各部署のマネージャーを中心に伝達、徹底させていかなければならない。

(4)人事評価制度を構築する

経営戦略に沿った人事評価制度を構築し、運用を管理していくのも「CHRO」の役割である。進捗状況に問題がないか確認したり、制度の適切な運用に向けて必要に応じて修正を施したりしていかないといけない。

(5)企業ビジョンや理念を浸透させる

企業のビジョンや理念を社内に浸透させていくことも、「CHRO」が果たすべき役割の一つと言える。職場環境に何か問題がないか、社員のモチベーションは高いかなどを自分なりに確認し、適切な施策を講じていく。より良い企業風土や企業文化を創り上げていくうえで欠かせないアクションだ。

「CHRO」に必要なスキルや能力

●経営の知識、スキル

「CHRO」は経営陣の一員であるため、経営の視点や知識、スキルが必要不可欠となる。社会情勢や市場動向、業界動向、海外の経済情勢など広くアンテナを張り、有益な情報を迅速に収集・分析しなければならない。そして、自社が今後どうあるべきか、どう変わっていくべきか、企業変革に向けた自分なりの考えを明確に持てるようにしておく必要がある。

●ヒューマンスキル

「CHRO」はCEOと現場の従業員とのつなぎ役でもある。そのためにも、日頃から従業員と接し、多くの声に耳を傾け、現場の状況が今どうなっているのか、どんな課題があるのかを明確に把握しておかなければならない。ここで大事なのが、対人関係力とも呼ばれるヒューマンスキルだ。人間的に信頼されているからこそ、価値ある情報が集まってくる。

●人事のスキル、経験

「CHRO」はすべての人事業務の総責任者でもある。当然ながら、給与計算や労務管理などの業務も含め、人事に幅広く精通したプロフェッショナルでなければならない。労務関連は法律の改正も多いだけに、常に最新情報を収集しておく姿勢も大切になってくる。

●人事マネジメントのスキル、経験

「CHRO」は、企業の人事を統括する位置付けとなるだけに、人事部だけを見ていれば良いと言うわけではない。社内のすべての部署の業務内容や業務課題、求める人材像を理解していないといけない。組織を跨いだ人事マネジメントのスキル、経験が必要となるのはそのためだ。

●戦略立案のスキル

変化が急な社会環境のなかにあって、中長期的な視点から経営戦略や人事戦略を立案するためのスキルも欠かせない。場当たり的な考え方では、的外れな戦略になってしまい、経営層と従業員の溝も深まってしまうだろう。

●課題解決のスキル

経営戦略の実現に向けて、人事施策を実行していくとさまざまな課題に遭遇する。それらを分析し、迅速かつ適切に改善策を考え、経営層や従業員の理解を得ながら解決を導いていくスキルも要求される。

●コミュニケーションスキル

「CHRO」は、経営陣だけを見ていれば良いというわけではない。現場の従業員とも向き合い、多くの率直な意見に耳を傾け、経営に活かす姿勢も求められる。時には、双方の意向が対立するケースもあるかもしれない。調整役としての役割を果たすためにも、高度なコミュニケーション力が必要になる。

「CHRO」の企業事例を紹介

最後に、「CHRO」を早くから導入しているサイバーエージェントの事例を紹介したい。同社は、企業文化の浸透を目指し「CHRO」をいち早く導入している。同社の「CHRO」は、新たな社内制度として、下位5%の人材にマイナス査定を行う「ミスマッチ制度」や、自分のパフォーマンスを月次ベースでアンケート回答してもらう「GEPPO」などを構築。これらを導入することで、企業理念が浸透していない社員の早期発見につなげている。また、人事に関する問題を早い段階で発見でき、何らかの策を講じることができるようになったという。


労働力人口の減少や人材の流動化の加速、経営判断のスピード化などを背景に、人事部門の位置付けが変わりつつある。それを象徴するキーワードが、「戦略人事」だ。厳しい競争を打ち勝っていくためには、経営視点のある戦略的な人事体制や人事施策を構築しなければいけない。「CHRO」は、企業の経営理念や経営ビジョンを実現するために、組織や人の将来図を描き、経営陣の一員としてその実現をリードしていく重要なポジションだ。導入している企業は国内全体ではまだ少ないが、社内からの抜擢や外部人材の登用などによって、「CHRO」の配置がさらに日本企業に広がることを期待したい。
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