長尾一洋 著
中経出版 1,365円

ありそうでなかった本だと思う。本書は、社員を工作機械と同じ資産と見なしている。勤続年数40年、年間人件費総額を600万円とすれば、1人の採用は2億4000万円の投資である。この投資に見合う成果を得るために、社員の「見える化」のやり方を説いている。同感できることが多い。中堅・中小企業の経営者や人事担当者にとって有益だし、すぐに実行できる。やり方の説明も丁寧だ。
社員の見える化
社員の「見える化」の第一歩は、適性試験の活用だ。自前で作る必要はない。市販の適性試験で十分だ。著者は「どれを使うかよりも、どれか1つを長期にわたって利用することが大事」と書いている。
 新卒、中途のいずれでも適性試験を実施している企業は多いはずだ。ただ残念なことに採用すると、そのデータは人事部の棚にしまわれて日の目を見ないままになってしまうことが多い。これでは社員は見えない。
 著者は、採用した人の適性試験結果を残し、退社した社員のデータも残すように指南している。定期的な人事評価の際に「採用時の結果」と「今期の評価」を比較することで、自社に必要な人材像が現れてくると言う。継続的に比較を繰り返すことで、適性試験で知的能力の高い人ほどパフォーマンスがいいとわかれば、知的能力の高い人を採用すると採用戦略が固まる。

 採用で役に立つアドバイスもある。どの企業でも、大学名は重要な判断材料だ。しかし著者は出身大学だけでなく、出身中学・出身高校もチェックする。理由はシンプル。大学への受験は、中高6年間の勉強の成果が反映する。しかし中学受験と高校受験は、もともとの頭の良さが問われることが多い。出身中学、出身高校が優秀校なのに、大学がいまいちだとしたら、その理由を調べる。
 もし「中学・高校と甲子園を目指し、野球に打ち込んでいました」という理由で、いまいちの大学に進学したのなら、もともとの知的能力が高く、さらに野球で積極性、協調性も磨かれている可能性が高い。中小企業やベンチャー企業が欲しいのはこういう人材だ。

 新卒でも中途でも、最も重要な選考プロセスは面接だ。質疑応答で行われることが多いが、著者の会社では「声を出して本を読んでもらう」方法を使っている。本の朗読とは意表を突かれるが、その人の知的能力が滲み出てくるそうだ。
 読んでもらう本は、業界や職場に関わるテーマを取り上げている、やや難しめの本がいいそうだ。著者の会社は経営コンサルタント業なので、ドラッカーの本を朗読させるそうだ。チェックポイントは2つ。話の内容の理解と、話し方だ。
 内容理解では、漢字が読めるか、文章を適切に区切って読めるか、専門用語を理解して読めるか、をチェックする。話し方では、声の出し方と大きさ、ハキハキしているかボソボソしているか、をチェックする。
 質疑応答形式の面接は、評価基準がぶれやすい。質問項目を同一にしても、相手の反応は人それぞれで、印象に左右されやすい。本を朗読させる場合は、一人ひとりの能力を把握しやすく、比較しやすい。突拍子もないように見えるが、賢い方法だと思う。

 社員のうつ対策に有効な、TAのエゴグラム(自我状態分析)も紹介されている。TAはTransactional Analysisの略で、交流分析と訳されている。TAでは、人間は幼児期の親との関係によって心のバランスの基礎ができあがると考える。
 その心のバランスは、5つの領域で構成されている。Ⅰ.CP(批判的な親)、Ⅱ.NP(保護的な親)、Ⅲ.A(冷静な大人)、Ⅳ.FC(自由な子ども)、Ⅴ.AC(順応した子ども)だ。優しさ、厳格、論理的、自己中心的、素直などの性質が、親、大人、子どもとしてカテゴリー化されている。
 社員と上司がTA分析をして自分のタイプを知ることで、自分の理解と相手の理解が進む。これも確かに効果がありそうだ。TAは理論がわかりやすくて、テスト結果を受け入れやすい。また適性検査と違ってローコストで実施できる。

 本稿では、適性検査の使い方、出身中学・高校のチェック、本の朗読、TAを紹介したが、ごく一部の内容だ。すぐに実践できる「見える化」の知恵が本書には詰まっている。一読をすすめたい。
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