深刻な人手不足や採用難に直面し、自社の人事のあり方を根本から見直す必要性を感じている人事担当者も多いだろう。『人事と採用のセオリー』はそんな人に手にとってほしい一冊だ。著者は、人材研究所 代表取締役社長で、リクルート、ライフネット生命、オープンハウスなど事業内容も企業文化も異なる複数の企業で人事責任者を歴任した曽和利光氏。成長企業に共通するロジックに着目し、企業に次の時代での成長をもたらす人事と採用のセオリーを解説する。

非合理的な人事と採用から脱却するために

『人事と採用のセオリー 成長企業に共通する組織運営の原理と原則』――生き残りをかけて人事と採用を抜本的に見直したい企業に
社内を改革したい経営者・人事担当者なら、昨今もてはやされている組織論や人事制度について最新情報を熱心にチェックしていることだろう。しかし本書の著者は、これらを表面的に導入するだけでは上手くいかないと指摘する。では、何が必要なのだろうか?

著者は、本書のタイトルの「セオリー」とはについて「人事や採用の考え方であり、その背景にある心理学と組織論をベースにした人の行動科学」だとしている。著者がかつて在籍していたリクルートは、優秀な人材を獲得する戦略としてPULL型(スカウト型)採用を展開した。また、ライフネット生命では、最も大切にしている「価値観のマッチング」のためにリファラル・リクルーティング(紹介による採用)に特化した採用を実施。またオープンハウスでは、会社の成長と社員の独立防止のために分業制を導入したり、コミットメントの強いタイプを採用するために高い固定給を設定したりしてたという。著者は、成長企業の組織や制度はロジカルで原理と原則に則っていると評価する。

一方、多くの日本企業がこれまで常識と考えてきた人事と採用のあり方は非合理的で、今後の組織運営はますます厳しくなると指摘。次の時代での成長のためには、原理と原則に基づく組織運営への切り替えが必要だと強調している。

人事の役割とは何か。6つの機能を担うその取り組みと重要性

まず本書では、人事の役割は採用、育成、配置、評価、報酬、代謝の6つだと説明。これらの機能を担う上で「人事の一貫性」が重要で、その軸は事業に置くことが理想だという。しかし近年のVUCA(変動、不確実、複雑、曖昧)と形容される変化の激しい事業環境においては、企業は事業戦略を臨機応変に変えていく必要があるため、事業に軸を置くと人事の一貫性を保つことが難しい。そこで著者は、一貫性の軸は自社の価値観、企業風土、事業モデルなど個々の企業で「容易に変わらないもの」に置くことを勧めている。

では、人事の一貫性を実現する手段とはどんなものか。採用、育成、評価、報酬、配置、代謝の方針を立てる前に、まずは人材ポートフォリオと人材フローを決める必要があるという。人材ポートフォリオとは、組織を構成する人材についての方針であるが、著者は「チーム←→個人」「新しい価値←→既存の手法」という2つのセグメント軸で考えると普遍性が高いとしている。一方、人材フローとは人材ポートフォリオの実現方針だ。まず自社に各セグメントの人材がどれくらい存在するのかを確認した上で、理想の状態との差を埋める施策を行う。

また、本書は合理的な人事マネジメントとして採用と代謝をセットで考えることを提案する。まず人事担当者は採用に最も力を注ぐべきだと強調。その理由は、せっかく優れた制度を作っても、制度を活かす人材や、人材が作り出す風土がなければ制度が上手く機能しないからだ。さらに、「痛みを伴わない代謝」=リストラ以外の方法で企業からの退出を促すことは可能だとして、退職率のマネジメントにも着目。自社がターゲットとする退職率を決め、それに向けて社外を含めた選択肢を検討させるキャリア研修、ポータブルスキル開発への投資、セカンドキャリア支援や早期退職の退職金上積みなどの施策を行うのだ。

採用計画設計の手引き書に。各工程にテクニックとノウハウが満載

著者は「人事業務全体の重要度を100%としたとき、採用の比率が50%以上を占める」と述べ、PART2では採用を掘り下げる。

まずは人材ポートフォリオに基づいて「求める人物像」を設定し、求める人物像の必要要件を絞り込む。そして、求める人物像を、商品・サービス開発におけるペルソナのような具体的な人物像に絞り込む。実際の採用シーンで、採用チームの個々のメンバーごとに求める人物像の解釈にズレが生じていた経験はないだろうか?具体的な人物像に限定すれば、解釈がばらばらになるのを防ぐことができるという。本書ではさらに、採用プロモーションにおけるPUSH型(オーディション型)とPULL型(スカウト型)の使い分け方、選考プロセスの設計における歩留まり(候補者を次のプロセスに進める割合)の目安にも言及しており、採用計画全体の設計や進捗管理の手引書として活用できそうだ。

また、人事担当者の中には、採用面接のレベル向上に課題を感じている方も多いのではないだろうか。本書では面接の実施方法や評価にも触れている。面接の質を上げるには、一度のインタビューですべてを見ようとせず、初期選考、中間選考、最終選考でそれぞれ着目点を絞ることが大切だという。また、候補者のポテンシャルを見抜くためにはどんなエピソードを聞き出せばいいのか、どうすれば掘り下げることができるのか具体的なテクニックが掲載されている。

さらに、内定後のフォローの重要性も強調。入社の意思決定に大きく関わる、仕事やキャリアに対する志向や価値観、つまり「心理的事実」を聞くことが大切だと述べ、各候補者のタイプ別のアプローチ方法を提示している。人材獲得競争が激化している近年、多くの人事担当者が頭を悩ませている内定者フォローも、成功のセオリーを踏まえてアプローチすることで効率化に実施することができそうだ。

普遍的・体系的で信念を貫く武器になる

著者はこれまでにも人事や採用をテーマにした書籍を出版しているが、本書はより普遍的で体系的な内容に仕上がった、時には心を鬼にして本質を見極めるという人事の本質を具体的なノウハウとして多く盛り込んだと述べている。また、新しい人事施策の企画や実行には社内の反発など困難が伴いやすいが、本書で示された原理と原則を武器に自分の信念を貫いてほしい、と読者である人事担当者にエールを送っている。

本書では、最適な配置による人材育成、納得感を担保する評価や報酬制度設計、中途人材・外国人の採用の秘訣も紹介している。人事の6つの役割を俯瞰して有機的に結びつける本書は、組織運営を根本から見直したい企業にとって役立つ一冊だ。
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