福沢諭吉 著・齋藤孝 訳
ちくま新書 798円

 福澤諭吉という名前を聞いたことがなくても、日本人なら顔は知っているはずだ。1万円札に印刷されているのが福澤諭吉。1835年生まれだから、明治維新の時は30歳代。そして明治34年(1901年)に逝去している。慶應義塾大学の創設者としても知られ、たくさんの書物を著した明治の巨人だ。
現代語訳 学問のすすめ
代表作のひとつが「学問のすすめ」だ。あまりに有名な「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という文は冒頭に書かれている。しかし、現代の日本人で、その後に書かれた内容を読んだことのある人は、ほとんどいなかったのではないだろうか。
 わたしは青空文庫で原文を読んでみたが、文語文はとても読みにくい。それを齋藤孝さんが読みやすい現代日本語に訳してくれた。2009年2月が初刷で、今年になっても売れ続け、すでに15万部を突破しているとか。
 帯に「日本最強のビジネス書!」と謳われているが、誇大広告ではない。最強にして最良のビジネス書として読めるし、キャリア論、人生論も含まれている。
 たぶんロングセラーとして読み継がれていく本だと思う。

 本書を読んで2つのことを考えた。まず明治という時代の知的水準の高さと思考形態の明瞭さだ。
 ウィキペディアによれば、「学問のすすめ」は明治5年(1872)に初編が出版され、明治9年に完成本が出版されている。すごいのは売れ行きだ。なんと300万部以上が売れた。ウィキペディアは「当時の日本の人口が3000万人程であったから実に10人に1人が読んだことになる」と書いているが、当時は本の貸し借りで読む人がとても多かったはずだから、もっと割合は高く、半数近くに達したのではないか。文字が読める者のほとんどが読んだに違いない。
 「学問のすすめ」レベルの本を国民の数割が読んでいたのが、明治という国家。驚異的な知的レベルだと思う。そして世代を超えて価値観を共有していた。「国民」とは本来そういうものなのではないだろうか?
 東日本大震災からの復興で、明治維新、敗戦が取り上げられることが多いが、人的資源の質は明治の方がはるかに高いと思う。

 もうひとつ印象的だったのは、現代でも通用する内容だったことだ。いまから120年も前の本だから、内容が古くさく、役に立たないと先入観を持つ人がいるはずだが、それは間違っている。凡百のビジネス本の浅さに対し、福澤諭吉の語る内容は明瞭であり、ひとつひとつの文章に明確な主張がある。
 ビジネス書の中には筆者が自問自答し、その文章で何を伝えたいのか不明なことがある。またカタカナ用語で理論を説明しているのに、どんな問題にその理論が適応、解決できるのか具体的に書かれていないものもある。
 福澤は漢学者のことを「もってまわったくどくどしい言い方をするくせに、内容はほとんどない」と酷評しており、美辞麗句、こけおどしを嫌っていた。きっとビジネス書に対して、同じような批評をするのではないだろうか。
 かれ自身は漢学、儒学、蘭学、英学を修めた明治初期における最高の知識人であったが、文章は平明である。

 本書の本文も優れているが、解説もきわめていい。齊藤さんは「『学問のすすめ』の中には、その後の日本で大事にされてきた価値、考え方の基本がすべて入っています」と書いている。そして「現代語に訳したことで、これが最強必読のビジネス書として、国民皆読の書になることを祈ります」と解説を締めている。

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