今回は前回(第34話)に引き続き、立命館大学経営学部 守屋教授との対談の模様をお送りする。前回は、“日本のグローバル化へのカギ”として「模倣からのオリジナリティ」というキーワードを頂いた。今回は、具体的にどのように日本の産業をグローバル化していくのか、先生のアイデアをお聞きした。

第35話:日本産業のグローバル化のヒントは「普遍性」と「国際認証化」、そして「線引き」

日本のグローバル化を加速させるために必要な「深層的ダイバーシティ」とは

稲垣:日本がグローバル化のスピードを上げていくためには、国境や世代を越えて様々な価値観・バックグラウンドを持った人と力を合わせていく必要があると思っています。先生はどのようにお考えですか?

守屋:そういうことは、これから必須になってくると思いますね。「ダイバーシティ&インクルージョン」の視点で見ても、単に“ダイバーシティ”で多様な人がいるだけでは、うまくいきません。本当の意味でインクルージョンした「深層的ダイバーシティ」な状態が望ましいです。お互いに本音で語り合い、理解し合って、根底的かつ哲学的な部分での融合をして初めて役に立ちます。しかし、日本の場合は、まだ「表層的ダイバーシティ」にも到達できていない段階ですね。

稲垣:「『深層的ダイバーシティ』でないと意味がない」という点に関して、もう少し解説をしていただけますか?

守屋:例えばインド人と日本人で考えたときに、「顔や肌の色が違う」、「食べるものが違う」といった細かい違いを無視するという感じです。高い見地に立ってみれば、同じ人間じゃないですか。その根底にある信頼感や共通性、普遍性などを求めることが、結局“イノベーション”になると思うんです。

稲垣:「表面的な違い」にとらわれず、深層的な部分で普遍性を求めることが、イノベーションにつながるということですか。

守屋:そうですね。ユニバーサルな形のイノベーションで、インドでも日本でも、基本的にあらゆる国で使えないと意味がないですよね。日本人の場合は、和紙や和ろうそく、着物といった伝統産業があるじゃないですか。これらはすごい技術ですが、日本にしか通用しないですよね。日本の変なところは、「和ろうそくを守らなきゃいけない」とか、「和紙を守らなきゃいけない」といったように、昔の形態を守ろうとする。だからイタリアになれないんですよ。実際に、イタリアの「ヴィトン」や「グッチ」、「エルメス」といったブランドの商品は、世界中の人が欲しがりますよね。しかし、日本人以外は和ろうそくを欲しがりません。

稲垣:そうですね。お土産ぐらいのものですね。

守屋:「Japanese Kimono」と言われても、「これどうやって着たらいいんだ?」となる。これがイタリアの文化であれば、着物の素材を使って世界共通のファッションにデザインを変えていったと思うんです。それを日本の場合は、「着物」というテイストで固まってしまう。そのような理由から、イノベーションが進まなかったわけですよ。日本人は日本人で固まって、日本的なものがすごく好きで……。それは良いことなのでしょうが、もし多様な人種が集まって着物をイノベーションすれば、インドのサリーやヨーロッパ人の洋服、あるいはシルクハットにもなるかもしれない。恐らく、あらゆる形に変容したと思うんですね。ところが、日本の着物ビジネスのターゲットは、日本の高齢者や成人式のお祝い、冠婚葬祭などで、ビジネスモデルがワンパターンなんですよ。それが実はものすごくもったいないんですよね。

稲垣:なるほど。ひと工夫すれば、海外でも広げられる日本の文化が実はたくさんあるのではないかと。

守屋:たくさんあると思いますよ。あるものの、どういうわけか「守ろう」と言って、「古い形態から脱しないことが良い」と考えてしまうんですよね。

稲垣:それはなぜなのでしょうか。

守屋:「伝統文化産業は、形を変えてはいけない」という思い込みですね。しかし日本の「着物」の場合、もとをたどれば中国から入ってきて、それをエクセレント化して着物にしていった。常にそれは進化と発展のプロセスなのですが、日本の場合はある時点でそれを「伝統産業」として保護して、「民俗無形文化遺産」のようにしようとするんですよね。例えばそれを、もっとあらゆる国の人が集まって、「着物のイノベーションをしよう」、「和ろうそくのイノベーションをしよう」となればよかった。別にろうそくでなくても、ろうそくの素材そのものを何か新しい素材にすることも可能だと思うんです。実際、村田製作所や京セラは、京都の焼き物のセラミックを使いながら、それを電子デバイス産業に持っていったわけですよね。もしかしたら、ろうそくの素材もそうできたかもしれません。そういった取り組みをしている企業もあるものの、無数にある多くの日本の伝統産業はそうなってないんですよね。

稲垣:なるほど。グローバルに広げるべき日本の伝統産業は数多くあって、「それをどう普遍化するか」ということですね。
日本のグローバル化を加速させるために必要な「深層的ダイバーシティ」とは

日本の技術を国際認証化してグローバルに広げるメリット

稲垣:例えば、日本の伝統産業のひとつに「農業」がありますが、アメリカなどでは考え方が違うのでしょうか。

守屋:基本的にアメリカの場合は、農業に対して競争原理が働いています。ですから、アグリカルチャーにおいても巨大な農業資本が入り、そこを資本で落としていって効率化を進めていくわけですよね。日本の場合、実は農地解放をして大地主であった人の田んぼを細かく分けたという、第二次世界大戦後の流れがあります。大規模農業をやっているアメリカの側からすれば、日本の農業は生産効率が悪いほうが助かるわけですよね。だから、ボリュームの大きい給食で脱脂粉乳やパンを浸透させていったり、種子法を改正したりといった形でビジネスを作っていった。アメリカとしては、巨大な輸出ができて競争力がない日本のほうが助かるので、そこを改革されたくないんです。

稲垣:なるほど。日本も自動車産業や家電産業などでバランスをとっていたわけですね。

守屋:そうです。それがある時代まではうまくいったものの、今はどれもこれもうまくいってない状況なんですよね。

稲垣:例えば、日本の農業はどのように改革していけばよいのでしょうか。

守屋:農業については、多くの農家が跡継ぎのいない状態で高齢者になり、耕作放棄地が山のようにできるため、「耕作放棄地を全ていったん国家収容して、そこから大規模農家へ転換」ということを政策で図るべきなんです。耕作放棄地は全て国のものにして大きな農地にしていき、そこをアメリカ的にドローンなどで機械化して、安い食料供給源の基地とする。加えてそこに「無農薬」といった付加価値をつけるようにすれば、「無農薬な安全安心の食料供給基地」として中国や韓国にも輸出できるでしょう。そのようにすることで、農業の国際競争力の回復もできると思います。

稲垣:先生は以前、「いわゆる特定技能や技能実習という在留資格で、安い労働力を海外から引っ張ってくるだけでは、従来のビジネスモデルを変えずにただ働く人を変えているだけにすぎず、イノベーションは起きない」と仰っていました。私もそのご意見に賛成で、安い労働力を入れ続けるだけでは、日本の給料が上がらず、イノベーションが起こらなくなってしまうと考えています。ただ短期的なところを見ると、今の産業を急には止められない。これは「徐々にダウンサイジングしていく人員計画」だと思っています。さらには、ただ安い労働力を引き入れるのではなく、「循環型社会」にしていくべきです。まずはワーカーという在留資格で入国してきても、いずれ彼らがマネジメントを覚えて帰国し、「日本の産業と母国のビジネスをつなげて産業を興す」という循環の型を作ることが私の理想です。
日本の技術を国際認証化してグローバルに広げるメリット
守屋:そうですね。その部分を研究的にいうと、インドやマレーシア、オーストラリアといった英連邦に所属している国は、すべて国際認証資格を持っているんです。つまり、「インドでITのスキルを身につけたらオーストラリアやマレーシアでも働ける」といったように、どこでも国際認証が有効なんですよ。だから日本の特定技能や技能実習も、日本が推奨する形でインドネシアやマレーシア、ベトナムなどで国際認証資格を作る。そこで農業や漁業といった資格を持てばどこでも一定の賃金が稼げるような枠組みを作ることで、お互いに相互補完的に発展できると思うんですね。その辺は、イギリスがすごく上手いです。

稲垣:そうなんですか。

守屋:もともと植民地国だったので、植民地のそれぞれの国で「こっちの労働力が余っていたらこっちに持っていく」という考えから、国際認証ノウハウが貯まっていったのだと思います。

稲垣:なるほど。イギリスはもともと、「グローバルtoグローバル」のビジネスを何百年とやってきているのですね。

守屋:ですから日本が主軸になって、インドネシアやマレーシア、タイなどの割と親日的である国を巻き込んでいく。その上で、様々な業種で国際認証を取りながら、日本自身もそれぞれの分野において労働集約だけでなく生産性を上げていき、スキルを上げていって、あらゆる国々に対する輸出国になってくる。そういう国際認証の枠組みと技術移転のトランスファーのようなことを、技能実習や特定技能でもできたほうがいいですよね。そして、日本が“国際資格認証のメッカ”になっていくと面白いと思います。

「変えること」と「変えないこと」の線引きはどこか

稲垣:「日本の文化・産業をどんどん普遍化して、国際認証を作ってグローバルに広げていく」という観点から考えた時に、「日本の独自性や良さをどこまで妥協するか」という線引きが頭を悩ませる時がくるのではないかと思います。それにはどのような方針があると思われますか?

守屋:インドを研究していて分かったことですが、スズキ自動車が非常に上手くやったんですよね。インドの企業とタイアップをして、「製造はスズキが担当するけど、販売はインドの資本がやってくださいね」という。得意なところはやるけれども、得意でないところはお任せする。日本はとにかく全部やらないと気が済まないんですが、スズキは違ったんです。インドにはガンジーの思想があって、基本的に「製造業というのは国産が大事なんだ」という保護政策をとっています。そこに深く根差す、販売などの看板はインドにお任せし、「作るのはスズキがやります」という徹底した割り切りによって、ナンバーワンシェアを獲るようになったんですね。
「変えること」と「変えないこと」の線引きはどこか
稲垣:なるほど。確かにインドネシアでもTOTOがトップシェアを持っていますが、マーケティングは全部インドネシア財閥のSuryaが担っていますよね。日本からは製造部分で数名の日本人が担当しているのみです。

守屋:結局、販売を任せたら、「こんな高いものは売れない」とか、「このクオリティを守らないといけない」という話が出て、世界では物が売れない。これが日本の敗因だと僕は思います。現場は現場でその国にお任せして、もの作りの部分は日本ががっちりやるのがいいと思いますね。インドではよく停電があるのですが、その際には自家発電するらしいんですよ。ところが、一気に自家発電したら電圧がガーンと上がるので、それでブレーカーが飛んで壊れるみたいなんです。そこでダイキンは、「自家発電に切り替えても壊れないクーラー」を作ったんですよね。現地に合わせることで、すごく評価されているんですよ。

対談を終えて

2ヵ月にわたって対談の模様をお送りしたが、守屋先生は本当にオプティミストなエネルギーをお持ちの方だと感じた。昨今、日本の暗い話しか耳にしないが、まだまだ日本の産業は、展開の仕方次第で世界と戦える。カギとなるのは、「普遍性」と「国際認証」、そして「変える/変えないの線引きをどこでするか」だ。これからは世界が相手になってくる。私もインドネシアでビジネスをしてきたが、日本では見たことがないスケール感やスピード感でビジネスを展開している人たちがたくさんいる。私自身も、どんどん新しい考えやマーケットに挑んで自分を進化させ、新しい価値を生み出していきたい。
対談を終えて
取材協力:守屋貴司(もりやたかし)氏
1962年生まれ。関西学院大学大学院商学研究科博士課程後期課程単位取得中途退学、立命館大学大学院社会学研究科博士課程後期課程修了。博士(社会学)。現在、立命館大学経営学部教授、立命館大学OIC総合研究機構・立命館大学経営学部事業継承塾副塾長所属。著書に『人材危機時代の日本の「グローバル人材」の育成とタレントマネジメント 「見捨てられる日本・日本企業」からの脱却の処方箋』などがある。
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