「越境学習」という学習形態が、企業をはじめ様々な場面で注目を集めている。しかし、その実態については、いまだ企業や人事担当にとってなかなか捉えにくい。越境体験を通じて、学習者にはどのような学びが生じるのか? そしてそれはどんな場面で生じるのか? 本記事では、越境学習の代表的な実施形態であるALIVEプロジェクトの約3ヵ月間について、キックオフ~プロジェクト完了までを追い、越境学習プロセスを連載形式でレポートしていく。
メンバーの学びを数値化。異質な相手や環境がもたらすマインドの変化とは

「多様性」を維持しつつチームとして機能する最後の1ヵ月

連載第3回の記事では、ALIVEプログラムの中間報告会の内容を基に、各チームがそれぞれの提案の形を見出していくプロセスを報告した。ここから最後の1ヵ月、参加者たちは最終報告会に向けて、まさにチームとなって活動を繰り広げていく。

中間報告会のセッション3は、各チームの提案に方向性が見えてくると同時に、答申先団体やアドバイザーからの具体的なフィードバックがなされる場でもあった。また、コロナ禍の中でプロジェクトに取り組んできたチームにとって、セッション3は初めてお互いにリアルで対話をするという貴重な機会にもなっただろう。自分たちの提案について具体的なフィードバックを得て、またリアルな場での濃密なコミュニケーションを経験することによって、プロジェクトメンバーたちは大きなチームワークを、最終報告会に向けた最後の1ヵ月間で見せるようになる。
メンバーの学びを数値化。異質な相手や環境がもたらすマインドの変化とは
例えば、サポートに携わっていた筆者のチームは、最後の1ヵ月に取り組むにあたり、一つの方針を立てた。その内容はずばり、「フルスイングをしよう」というものだ。1ヵ月後の最終報告会は、自分たちの提案内容について、答申先団体やアドバイザーから評価や採択可否の判断がなされる場ではある。それでも、採択してもらうために”置きに行く”のではなく、たとえ提案が受け入れられなかったとしても、自分たちの思う渾身の中身を提案しようという意思がチームに共有された瞬間だった。

その後のプロジェクト活動はより活性度を増していく。これまでの週1回2時間程度のミーティングは週2~3回となり、時には深夜に及ぶ場合もあった。より多くの一次情報にあたるため、チームは二つのグループに分かれ、現場に赴いて有識者へヒアリングするメンバー、チームのコミュニケ―ションをつなぎながら取り組みを前へ進めるメンバーなど、異業種のメンバーが多様性を維持しつつもチームとして機能するようになっていった。

この1ヵ月の動きは「異質性の統合」のプロセスであると言える。参加者たちにとって、プロジェクト前半の期間は、自分と周囲(他のメンバーや答申先団体)との考えがいかに違うのかを実感するプロセスであった。一方、この1ヵ月の期間はむしろその違いを認識した上で、新しいチームワークを実現する期間であり、そこでのアクション一つひとつが参加者にとって大きな学びの源となっているように感じられた。

「越境学習」の学びが浸透する最終報告会後のメンバー間フィードバック

このような活発な期間を踏まえ、各チームは最終報告会へ臨む。最終報告会は、答申先団体が提示していたテーマについて、各チームから実現プランの提案がなされ、答申先団体がそのプランの採択可否を判断する場だ。筆者が参画していた「認定NPO法人 市民セクターよこはま」の場合、「市民主体による、よこはまの”まち”づくりがこれからも豊かに続いていくために~2026 年までに自主事業で売上1 億円を生み出す仕組みとは~」というテーマについて、5つのチームから様々な提案がなされた。

実は、この場までプログラムが進んだ時、筆者には「答申先に採択されたかどうか」というプレゼンテーションの結果は、これまで程には重要ではなくなっているように感じられた。結果的に提案が採択されたチーム、そうでなかったチームは存在する。しかし、その結果よりも、最終報告会の場に立つまでに各チームが積み重ねてきたアクションは参加者たちにとって大きな糧になっていることは明白であった。

むしろ、より印象に残ったのは、最終報告会と結果発表の後に行われたチームでの振り返りのセッションだった。ラストスパートの1ヵ月と最終報告会の濃密な共通体験を踏まえて、チームのメンバー同士で、お互いのフィードバックを実施する(フィードバックシートのイメージは下図)。
メンバーの学びを数値化。異質な相手や環境がもたらすマインドの変化とは
この時間は、チームのメンバー同士の本音が生み出される時間のように感じた。参加者の中には、想いがあふれて、感情をむき出す人や涙を流す人も。プロジェクトでのチーム経験を振り返って、あえてその最中には言えなかった考え方や想いをコトバにし合う機会を設ける。そうすることで、自分たちのやってきた経験とそこからの学びが一体何だったのか、参加者一人ひとりの中に浸透する時間であった。

異質性を乗り越え、新しい視点や行動様式を獲得していく3ヵ月間のプロセス

この3ヵ月のプロセスを経て、普段と異なるメンバーや環境に向き合いながらチームワークを創造する経験をした参加者には、どのような学びが生じているのか。越境学習には大きく、二つの要素、つまり「(1)異質な経験と向き合い葛藤すること」、「(2)異質性を乗り越えて、新しい視点や行動様式を獲得すること」があると考えられる。最後の1ヵ月のメンバーの動きを見るに、(2)の異質性を乗り越えるプロセスがあったように筆者には映ったが、今回これを定量的に可視化することを試みたい。

これまでと同様、各メンバーの、【1】「モヤモヤ度」=どれくらい異質性と向き合い葛藤しているか、【2】「乗り越え度」=どれくらい異質性を受け容れ乗り越えているかをそれぞれ5段階評価で定量化した(【1】・【2】共に、3項目の評価項目からスコアを算出。なお、回答は、各チームに伴走しているチームサポーターがしている)。

データをグラフ化したのが下図になる。
メンバーの学びを数値化。異質な相手や環境がもたらすマインドの変化とは
これを見てみると、「モヤモヤ度」については、セッション1から4にかけて下がっており、逆に、「乗り越え度」についてはセッション1から4にかけて向上している。特に、「モヤモヤ度」の下がり幅、「乗り越え度」の上がり幅は、セッション3⇒4の期間でこれまでよりも大きくなっている。

この変化の解釈について、筆者は以下のような印象を受ける。すなわち、セッション1から3の約2ヵ月間は、異業種メンバーがお互いに手探りであった状態から、チームでの活動を通じて少しずつチームとしての形を模索してきた期間であった。その試行錯誤の上で、セッション3から4の期間は、成果物のイメージも具体的になり、よりチームワークが機能するようになったことで、「モヤモヤ度」の大幅な低下と「乗り越え度」の大幅な向上につながったというプロセスである。これは、上述で筆者が観察したチーム状況とも合致している。

この時、最終報告会後のタイミングで実施したチーム同士のフィードバックの機会は、参加者にとって特に、印象に残るものとなったと考えられる。自分の強みや今後の成長の指針を受け取ることは、誰にでも学びの機会となるものである。今回は、そんなフィードバックを、共にプロジェクトの紆余曲折を乗り越えてきた「仲間」から受け取ることは、本人の受け取り方としても、そしてその伝わり方としても一層、心に残るものであっただろう。

「見守る」マネジメントに気づくチームサポーターたち

異質性を乗り越える経験を通じて参加者たちに学びが生まれてくるのと並行して、プログラムの中には、「チームサポーター」たちの学びがあったことも指摘しておきたい。これまでの3ヵ月、各チームに伴走しメンバーの状況を観察しながら内省を支援してきたサポーターたちにとって、この期間はメンバーたちとはまた異なる学びの機会であった。

その学びとは、「見守ることを通じて成長を支えることの実践」である。チームサポーターには、普段の業務で部下のマネジメントや教育に従事している人々も少なくない。そのような実務経験を持つ人々が、今回のプロジェクトでは、成果物には口を出さず、チームの状況を観察し、メンバーの内省を支援することに徹してきた。

そんなサポーターたちは、時に「黙って観察していることが辛い」という声も漏らしていたものの、3ヵ月を経て「見守るという支援の仕方もあるんですね」という納得した様子でいたことが筆者には印象的であった。直接的にはチームに口を出さずとも、メンバーを後ろから、あるいは横から見守り、支え、内省を促すことで確かにチームはサポーター自身の予想を超えた形で成長を遂げていた。それは普段の業務でマネジメントに従事するサポーターたちにとっては新しい実践の経験であり、まさにもう一つの「越境学習」の機会であったように感じられる。このサポーターたちの学びについては、今後のポイントとして筆者の興味を掻き立てるものであった。

まとめ:「越境学習」がもたらす“異質性の経験と統合”

本記事では、3ヵ月のプロジェクトのまとめとして、越境学習のプロセス、特に「異質性の統合」について定量的なデータを基にそのプロセスを取り上げた。今回のプロジェクトでは、当初、異業種のメンバーやこれまでと異なる答申先団体のテーマに異質性や葛藤を感じながらも、次第にその異質性を乗り越え、そしてチームとして成果物を出すことを通じて、参加者たちに学びが生じていることが見て取れた。

今回、この学びのプロセスが、筆者の観察を通じてだけでなく定量的にも示されたことはとても意義があると考える。近年、異業種メンバーによるプロジェクトを通じたプログラムは、様々な場面で増えてきている。そんな中、どうしても、なかなか明らかにされてこなかった具体的な学びのプロセスを、今回の機会によって、その一旦を理解できたように感じる。

今回の連載を通じて、ALIVEのプログラムのエッセンスが「異質性の経験」と「異質性の統合」にあることが確認された。今後このエッセンスを基に、ALIVEのプログラムが参加者にとってより良き学びの機会になっていければ嬉しい。そして、このプログラムに関わった方々が自身の活動を振り返るきっかけとなれば幸いである。
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