ビジネスにおいて、新しい取り組み、技術が次々に生み出されている今。これまでの常識に捉われていれば、あっという間に市場から取り残されていくだろう。そんな技術革新や市場変化のスピードが速いなか、注目されているのが「アート思考」という思考法だ。アートの現場だけでなく、ビジネスシーンにおいても近年応用されており、海外だけでなく日本でもこの思考プロセスを重要視する企業が増えている。そこで、今回は「アート思考」の意味やフレームワーク、企業の事例などを解説していきたい。
「アート思考」の意味やデザイン思考との違いとは? フレームワークや企業事例なども解説

イノベーションにつながる「アート思考」とは何か

「アート思考」とは、既成概念や固定観念を打破し、自分の思考や感情から新たな課題を見つけていく思考法だ。イノベーションの創造に役立つため、国内外の企業で創造力・発想力を高めるために取り入れられている。

「アート思考」は、アーティスト(芸術家)の思考プロセスに近い。自分と向き合い、オリジナルなアイデアを生み出していく、そのスタンスはビジネスでも十分に応用できるとされている。

●「アート思考」が注目されている背景

(1)AIに代替されないスキル
ビジネスでは、ロジカルな思考が一般的に重要視されている。もちろん、重要なスキルではあるが、AI技術の進展により、将来的にはロジカル思考を要する仕事は徐々に代替される懸念がある。ただ、どれほどAIが進化したとしても、人間ならではの発想力や創造力はいつの時代でも大切になってくる。それだけに、人間にしかできない「アート思考」がクローズアップされているわけだ。

(2)イノベーションにつながる
「アート思考」はゼロからイチを生み出す思考法のため、そこから誕生したアイデアや発想はイノベーションにつながりやすい。現代のように変化を自ら作り出していかなければいけない時代に、まさにフィットした思考と言える。

(3)欧米では日常的
欧米では芸術に精通した経営者やビジネスパーソンが多く、職場でも日常的に触れられる企業が多数ある。日本ではこれまでアートをビジネスに取り入れる例は、それほど多くはなかった。近年、徐々に日本企業でも社員の感性を刺激しながら、イノベーションを起こしていこうという動きが出てきている。

●デザイン思考やロジカル思考との違い

仕事に役立つ思考法には、「アート思考」以外にもデザイン思考やロジカル思考などがある。それぞれどう違うのか、ここでおさえておこう。

デザイン思考とは、デザイナーやクリエイターの思考法を活用してビジネス上の問題解決を図る手法だ。起点となるのは、ユーザーの課題である。ユーザーを深く理解し、潜在的な課題にアプローチすることで最適解を導いていく。

これに対して、「アート思考」はゼロからイチを創出するアーティスト(芸術家)の自由な発想・創造をビジネスに取り入れようとするものだ。起点は自分の考えであり、価値観。それらを幾度も定義し直し、自分独自の答えを描き出していく。出発点に大きな違いが見られる上に、自分の価値観でアイデアを拡散させていけるので、より広い視点に立って新たな価値を創出できる。

次にロジカル思考だが、これは問題解決に向けて、対象をさまざまな要素に分解し、フレームワークに基づいて考えていく思考法だ。「アート思考」とは全く異なる考え方と言って良いだろう。

ただ、これら3つの思考法は、どれが良い、悪いというものではない。むしろ、アイデアを練る時にはアート思考、生み出されたさまざまなアイデアを一つに集約する時にはデザイン思考、メンバーに適切に説明する時にはロジカル思考を用いるなど、3つを組み合わせて使うことが効果的と言える。

人材育成に活用できる「アート思考」のフレームワーク

デザイン思考をフレームワーク化し、ビジネスシーンで活用することはできないか。そんな取り組みを進めているのが凸版印刷と京都大学だ。

●凸版印刷と京都大学で共同開発したフレームワーク

・開発の背景
凸版印刷と京都大学は、アートと最先端テクノロジーを活かしイノベ―ティブな社会的価値創造を目指す共同研究の成果として、2020年6月に「アートイノベーションフレームワーク(TM)」を開発した。

開発の背景には、凸版印刷による受注型ビジネスモデルから創注型ビジネスモデルへの変革の推進がある。もはや既存の枠組みに捉われない斬新な価値創造を起こしていかなければ、社会の劇的な変化に対応できないという危機感が同社に広がっていたことも要因であったと言える。

・フレームワークの概要
共同開発された「アートイノベーションフレームワーク(TM)」は、以下5段階のステップによって構成されている。

(1)発見
自分の主観や好奇心、感性で価値あるものを発見・特定する。
(2)調査
特定した対象について認識を深めるとともに、着眼点が独創的であるかを検証する。
(3)開発
自分の着眼点をビジネスに応用していくにあたり、オリジナルな表現であるかを検討、検証する。
(4)創出
アイデアのイメージを膨らませ、ビジネスプランとしてアウトプットしていく。
(5)意味づけ
オリジナルのビジネスプランを他者にも理解してもらえるよう、理由や意味を言語化する。

●フレームワークを活用した凸版印刷の取り組み「京都フィールドワーク」

また凸版印刷は、実際にこのフレームワークを活用した「京都フィールドワーク」という取り組みを実施している。企画したのは、京都大学の土佐尚子教授や凸版印刷の人材開発センターだ。この取り組みは、京都大学におけるアート×カルチャー×テクノロジーによる新価値創造の研究を学ぶとともに、京都でのフィールドワークを通じて次世代リーダーとして自らが新たな価値創造に挑戦していくことを目的に掲げている。土佐教授による講義のほか、京都市内の視察、グループディスカッションによるアウトプット作成などが主なプログラムだ。

続々と産学連携の取り組みが生まれている「アート思考」

「アート思考」の可能性を探ろうとする産学連携の取り組みは、他にもある。代表的な例を2つ紹介しよう。

(1)アート思考を活用した住友商事と東京藝術大学の取り組み

住友商事と東京藝術大学は、「アート思考」の素養を身につけた次世代の価値創造をリードする人材育成や、事業とアートを融合した事業開発の在り方を研究しようとしている。

具体的には、住友商事が運営するオープンイノベーションラボに、フレキシブルセオリーの社会実装研究会事務局を設置し、人材育成に関わるワークショップを運営する。東京藝術大学においても、芸術・文化の社会実装に向けた協働ワーキングや新しいコンテンツの開発を住友商事と共同で進めていく予定だ。

(2)NTTデータと東京大学の取り組み

NTTデータは、2020年1月から3月にかけて東京大学と「アート思考によるイノベーション創出手法に関する研究プロジェクト」を実施した。ここでは、ビジネスへのさらなる活用がテーマとされており、「問題の本質を見抜く」、「本質を表現する力を養う」ために、社会デザインのコンセプト策定プロセスにアーティストのビジョン策定過程を展開した。また、アーティストの審美眼を活用して、社員やユーザーの心を掴むようなビジョンを表現するための取り組みも行われた。

「アート思考」を身につけるためのやり方とは

そもそも「アート思考」は、どのように身につけていけばいいのだろうか。

●セミナーやワークショップへの参加

まずは、「アート思考」を学ぶセミナーやワークショップに参加してみよう。基本的なレベルから理解でき、他の参加者から刺激を得ることもできる。最近では、オンラインの形式もかなり充実してきている。

●書籍を通じたインプット

「アート思考」をテーマとする書籍もかなり増えてきている。気に入った本を取りあえず購入し、読み込んでみるというのもインプットの一つとしておススメめだ。

●現代アートを鑑賞する

欧米の経営者やビジネスパーソンは日頃から芸術に慣れ親しんでいる。絵画や音楽は、アーティストの思考が表現された絵画や音楽を鑑賞することで、彼らがどんな思考で作品作りに取り組んだのかを自分なりに読み取ることができる。クリエイティブな感覚を刺激でき、「アート思考」も磨けるだろう。

「アート思考」を活用した企業事例

最後に、「アート思考」を活用した企業事例についても触れておきたい。日本マイクロソフトが取り組んだワークショップ「Art Thinking Workshop」の事例だ。

同社は、DXを加速させる取り組みの一環として、2019年6月にアート思考プログラム「Art Thinking Workshop」を株式会社 HEART CATCH と共同で開催した。

対象としたのは、同社顧客企業のビジネスパーソンだ。3日間に渡るレクチャーとワークショップを通じて、参加者はイノベーションを創出するための考え方やアプローチを学んだ。同社では、今回のArt Thinkingを第一弾と位置づけており、Design ThinkingやBusiness Thinkingへとステップを踏んでいくことで、日本発のイノベーション創出を目指したいとしている。



自分自身に問いかけ、ゼロから創り出していく「アート思考」は、今後もビジネスにおいて重要視される思考法になっていくだろう。現に、次世代リーダー育成やイノベーションの創出などを目的に、アート思考を取り入れる企業が増えてきている。本記事で紹介したインプット方法を実践しながら、会社全体で「アート思考」を身につける取り組みに着手してみてはいかがだろうか。
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