新型コロナの「ワクチン接種」が労務トラブルの原因に? “企業は従業員に接種命令ができるのか”を法律の観点から解説
・「ワクチン接種しないなら退職届を出せ」と言われた
・接種をしないと個人名が社内で公表される
・接種拒否を表明したら無視されるようになった
・「接種拒否だなんて“人殺し”同然だな」などといった暴言を受けた
……等々、今、我が国の一部職場ではこうした言動が頻発している。ワクチン接種が進んでいるアメリカでは「接種拒否者の解雇無効」を争う事例も出てきており、早晩日本でも同様の紛争が起こるだろう。今後、ワクチン接種が64歳以下も対象となるにつれ、こうしたトラブルが発生するリスクは、全ての職場で高まっていくことになる。そして、その対応を誤ると企業は大きなダメージ、不利益を受けることになるだろう。この先、自社で「ワクチントラブル」を発生させないために、最低限押さえておきたい基礎知識を確認してみよう。

(1)「ワクチン接種」の法的位置づけ

このコラムを書いている令和3年5月末時点における、コロナワクチン接種の法的な位置づけは次の通りである。

市町村長が勧奨し、対象者は受けるように努める(予防接種法8条、9条)

このことから、次の2点が読み取れる。

・ワクチン接種は“努力義務”
・企業が云々する余地はない


政府の「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」にも、『予防接種は最終的には個人の判断で接種されるもの』と明記されている。つまり、決して企業が指示や命令をできるものではない(接種を勧奨する「接種勧奨」は問題ないと考えられる)。まずはこの大原則を押さえておきたい。

(2)「ワクチン接種」と「パワハラ防止義務」

令和2年6月1日から、パワハラ防止措置が企業の義務となったことは周知のとおりである(中小企業は令和4年4月1日から義務化。それまでは努力義務)。このことも、ワクチン接種と大きく関係してくる。

前述の通り、企業がワクチン接種を勧奨すること自体は問題がないものの、これが行き過ぎると「精神的な攻撃」、「人間関係からの引き離し」、「過大な要求」、「個の侵害」などの“パワハラ類型”に該当してしまう恐れがある。例えば、冒頭の事例などはいずれもその可能性が高いだろう。接種勧奨の際にはこれらの点に留意し、執拗に勧奨したり、威圧的になったりしないよう気をつけたい。

(3)「ワクチン接種」と「安全配慮義務」

ワクチン接種ができない方や、注意が必要な方がいるということも知っておかなければならない。厚生労働省のサイト「新型コロナワクチンQ&A」によると、対象となるのは次のような方々である(一部を簡略化して掲載。詳しくは同サイトを参照のこと)。
ワクチン接種ができない人および注意が必要な人について
なお、持病をお持ちの方も避けた方がよい場合が考えられるので、医師への相談が推奨されている。妊娠中、授乳中、妊娠計画中の方についても気になるところであるが、この場合は基本的には「ワクチン接種ができる」とされている。

企業側のリスクとしては、接種ができない方や注意が必要な方に対して接種勧奨を行い、その結果として健康障害等が発生した場合は、「安全配慮義務違反」としてその責任が問われる可能性が考えられることだ(労働契約法5条)。接種勧奨を行う際には、こうした個別の健康状態にも配慮が求められる。

(4)「ワクチン接種」と「不利益取扱い」

「ワクチン接種を拒否したこと」を理由とする解雇や懲戒等の処分については、現時点(令和3年5月末)においては、“権利の濫用”として無効となる可能性が極めて高いと思われる(労働契約法15条、16条)。加藤勝信内閣官房長官も、記者会見で『接種の有無で不利益な取扱いを受けることは適切でない』と発言しており、企業としては冷静に対応したい。くれぐれも感情的になって突っ走ってしまうことのないよう、肝に銘じておきたいところである。

企業が従業員に「ワクチン接種」をしてもらうには

「企業は個人のワクチン接種に勧奨できても干渉できない」

上記の(1)〜(4)を一言でまとめると、そのようにもいえるだろう。とはいえ、接種することが望ましいことは間違いなく、企業としては「安全安心な職場環境の整備」という観点からも、ぜひ接種をしてほしいところである。

そこで、各社が競い合うように「特別休暇制度の導入」や「接種の時間は勤務扱いとする」といった工夫をして、従業員に接種を促すことがトレンドとなっている。近い将来、「接種率の差」が「業績の差」に表れるという可能性も否定できない。「接種しやすい環境づくり」や「接種したくなる仕掛けづくり」が、今後の労務管理の重要なテーマになっていきそうである。

※本内容は、令和3年5月末時点での情報です



【監修者】出岡健太郎
出岡社会保険労務士事務所
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