第78回 経団連コメントについて思うこと

大学の就職支援室からみた新卒採用

経団連が、新卒採用の流動化を進め、雇用システムを変えていく、という方向性を示しています。元々は、倫理憲章を作っても誰も守らない云々の話だったはずですが、いつのまにか論点がすり替わっている印象があります。この問題について個人的に感じることはいくつかありますが、本質的な問題は、「経団連企業に優秀な人材が応募しなくなっている」ということではないでしょうか?
ことの発端は、ルールを守っていたら優秀な人材を囲いこまれてしまうので、守らないルールはやめてしまえ、という話だったはずです。それがいつの間にか、学生が勉強していないだとか、大学の教育に問題があるだとかいろいろ大学教育に対する非難めいた意見まで出てきました。確かに、大学の教育について言っていることは間違っていない部分もあるので、それを否定するつもりもありません。

しかし、優秀な人材が経団連企業に応募しないのは、そういう人材が大学で育っていないからだ、というのは明らかに間違いでしょう。今の大学教育がそうした人材を育てる有効な仕組みになっているかと言われると自信はありませんが、優秀な学生はきちんと一定数存在しています。

そもそも、優秀な学生とはいったいどんな人材でしょうか?恐らくは自律的に志向し、チャレンジを恐れずに行動でき、多様な人間関係の中でも円滑なコミュニケーションをとれる人材、と定義づけることができます。こうした学生は、正解のない問題に正面から向き合い、仮説と検証を繰り返して論理的思考力を磨き続けます。恐らく、経団連の言う“勉強している人材”も、こういう人材を指しているのではと思います。

大学は今も昔も、そうした自律的な学びを得る場として、とても有効な環境が維持されていると思います。なぜなら、自分の好きなことに好きなだけ打ち込む時間が確保できるからです。(ただ残念なことに、大学教育のカリキュラムだけを受講しても、そのような人材には育ちにくいかも知れません。)

むしろ、大学の学びの中で社会矛盾や課題に気づき、それに対して、当事者意識と情熱を持って取り組もうとする若者は、以前よりも増えているのではないかと感じます。私たちの世代(80年代後半に大学に在籍)は大学紛争のリバウンドもあり、自分の好きなことを自主的に学ぼうとしている学生はとても少なかったような印象があります。

現に今の時代は、情報の取りやすさや、留学などのチャレンジのしやすさなど、以前に比べ、環境面で格段に選択肢が増えており、自主的、自律的に考えて行動できる学生は、そうした環境を利用して、さまざまな経験、出会い、学習を積んでいます。ある意味において、私たちの世代が大学生の頃より優秀な学生が増えるのは、必然のことだと言えます。(一方、与えられた環境で必要最小限の事しかしない学生は、以前よりも受動的、保守的になっており、“二極化”が甚だしいと感じています。)

このようなことから、恐らく経団連の偉い方や大学の偉い方が考えている以上に、私は、今の若者の優秀層は大きな力を秘めていると思っています。精神的に成熟し、私利私欲でなく、本気で社会課題に取り組もうと考えている学生は、金沢大学にも当然ながら一定数存在しています。

そしてそういう学生は、私の知る限り、機電系の技術職を除いて、経団連企業にはあまり行かなくなっています。機電系の技術職については、超大手でないとできない研究分野があるため、そうしたところへ就職するのですが、実は、入社後3年くらいでかなりの人数が転職しています。

さて本題に戻り、経団連コメントとその方針について一番何が問題がというと、経団連企業が今の優秀な若者層にとって、魅力的な職場でなくなっているということです。それは倫理憲章の問題でもないし、大学の教育の在り方でもありません。(一部、ここにも問題はあるのですが。)

よく、外資との給与格差が問題だと言われますが(確かに年収が2倍近く異なります)、それも本質的な問題ではないでしょう。そもそも社会課題に志を持っている学生は、それほどお金には頓着しません。ぜひ考えてみて欲しいのは、新卒で入社すると全員横並びの賃金で、さらに理不尽な上司の命令に従うことを強制され、気の遠くなるような下積み期間を過ごさないといけない職場を、優秀な若者層が魅力的に感じるかどうか、です。

他に選択肢がないならともかく、今は選択肢がいくつもある時代です。終身雇用を続けていくことが難しいという発言もありましたが、今の優秀な若者は、誰も終身雇用などに魅力を感じていません。むしろ自分で自分のキャリアを成長させるために、転職ありきで職場を探している学生のほうが多いのではないでしょうか?

終身雇用の最大のリスクは、頑張らなくても雇用が保証されることだと思っていますが、そうすると頑張ることをやめた人が、その組織にぶら下がる形で残り続けます。(そういう思考の中高年齢層を20年位前から定期的にリストラしているので、今さら言わなくても、終身雇用はすでになくなっているのかも知れません。)こうした社員が、上から目線で下積みを強いる職場で働くことを望む若者が、どれだけいるでしょうか?

繰り返しになりますが、就活ルールの時期や多様化の問題は、枝葉の部分に過ぎません。本質的には、企業文化の大改革が求められているように感じています。

一部の技術職には「ジョブ型雇用」を実施するとのコメントもありましたが、これも小手先の対処療法に終わる可能性があります。「ジョブ型雇用」にすることで外資系に遜色ない処遇を用意することはできるでしょうか?結局、そうした人材が定着しないと意味がありません。まさしく「メンバーシップ型雇用」の大改革が求められるのではと思います。そのことにどれだけ向き合い、乗り越えていけるかが、今後の日本企業の大きな課題になるのではないでしょうか?
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著者プロフィール

金沢大学 就職支援室長 山本 均

1962年生、金沢大学法学部卒業後、株式会社ナナオに入社、採用教育に従事、その後株式会社アイオーデータ機器、沖電気工業株式会社にて人事採用業務に従事。2007年10月に帰省し、故郷金沢で人材紹介事業を中心とした人事コンサルティング会社、株式会社北陸人材ネットを設立、代表取締役に就任。2009年4月より金沢大学就職支援室長に就任(兼務)。学生の就職支援業務に従事する傍ら、大学の就業力向上プロジェクトに従事中。

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