HIV感染症やAIDSと聞くと、多くの人にとって「死に至る病気」というイメージがあり、未だに根強い誤解や偏見が見られます。しかし、医療の進歩により、HIV感染後も服薬でAIDSの発症を抑えながら、長期にわたり感染前と変わらない生活を送ることができるようになっています。また、HIV感染者は、身体障がい(内部障がい)としての認定を受けることができ、障がい者雇用枠で働くHIV陽性者も増えています。本稿では、HIVと障がい者雇用の状況について見ていきます。
HIV感染者の雇用にあたり、人事担当者が知っておきたいこと

HIV/AIDSとは、どのような病気?

「HIV」とはHuman Immunodeficiency Virusの略称で、「ヒト免疫不全ウイルス」と訳されます。そして、「エイズ (AIDS)」 とは、「後天性免疫不全症候群 (Acquired Immunodeficiency Syndrome) 」の略称で、HIVに感染した人が、「エイズ診断のための指標疾患」に該当する23疾患のいずれかを発症した状態のことをいいます。HIVに感染していても、この23疾患のいずれかを発症しない限りはエイズとは言いません。

HIV感染には、次の段階があります(図1)。

1.HIVが人の体内に入ると、1~2カ月以内に急性感染症状が見られますが、その後症状が消失し、 数年から10年以上にわたり、「無症候性キャリア期」とよばれる無症状で経過する時期が続きます。

2.無症候性キャリア期には、外見からは特別の症状は見られませんが、免疫の司令塔の役割をもつ細胞である「CD4陽性リンパ球」が徐々に減少します。

3.CD4陽性リンパ球の数が減少し続けると、免疫力が低下し、いろいろな感染症を起こしやすくなります。これを「日和見感染症」といいます。

4.23の指定された日和見感染症(カンジタ症、クリプトコッカス症等)を発症した場合、AIDS発症といいます。

図1

HIV感染症の経緯

出典:HIVによる免疫機能障害者の雇用促進(高齢・障害者雇用支援機構)

1981年に発見された「ヒト免疫不全ウイルス(HIV)」 による感染者は、日本でも増え続けています。厚生労働省エイズ動向委員会の発表によると、令和3年(2021)年のHIV 感染者は、新規報告件数で742 件、累積報告件数は 23,231件となっており、AIDS 患者の新規報告件数は、315件、累積報告件数は 10,306 件となっています。

HIVと障がい者雇用

HIV感染症を完全に治す方法はまだ開発されていないものの、医療の進歩により、服薬でAIDSの発症を抑えながら、感染前までと変わらない生活を長期的に送ることができるようになっています。そのため、多くのHIV陽性者は社会で働いています。

2008~2009年に厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業として行われた「全国のHIV陽性者の生活と社会参加に関する調査」によると、HIV陽性者には20~50歳代の働き盛りの男性が多く、アンケートに答えたHIV陽性者の73%が就労していました。また、就労者の90%が週5日、76%が週35時間以上、働いていました(図2)。

図2

HIV感染者の就労状況

出典:「全国の HIV 陽性者の生活と社会参加に関する調査」(厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業・地域におけるHIV陽性者等支援のための研究)

厚生労働省では、職場におけるエイズ問題に対する企業の自主的な取組みを促進するため、1995年2月に「職場におけるエイズ問題に関するガイドライン」を定め、企業における社内の意識啓発等を進めてきました。また、1998年4月からは、HIVによる免疫機能障がいにより日常生活が著しく制限される場合は、福祉施策上の「身体障がい」として認定し、雇用対策として、同年12月より障がい者雇用に関する各種の助成制度の対象としました。企業で雇用される場合には、企業の障害者雇用率の算定対象となっています。

HIV陽性者のほとんどは、服薬等で体調を維持しながら、 健康な人と同じように働くことができています。また、1998年12月から、「障害者雇用促進法」においても身体障がいの範囲に「ヒト免疫不全ウイルスによる免疫機能障がい」が加えられており、障害者雇用率、障害者雇用納付金制度、助成金制度等の適用の対象になっています。

HIVは、日常生活で感染する可能性はまずありません。HIVは人の血液、精液、膣分泌液、母乳などの体液に存在し、これらの体液が身体に侵入することで感染が成立します。感染経路は、性行為、血液(注射針の共用など)、母子感染 に限られます。

ですから職場で一緒に働くことで、同僚や顧客に感染することはありません。HIV自体は非常に弱いウイルスで、C型肝炎ウイルスの10分の1程度、B型肝炎ウイルスの100分の1程度の感染力しかないと言われています。

また、服薬でコントロールできます。HIV感染症の治療は、毎日の服薬によってウイルスの増殖を抑え、免疫が低下しないようにすることです。 HIVは、そのまま放置すると体内の免疫が 低下し、エイズ発症と呼ばれる様々な症状を引き起こしますが、適切な服薬をしていれば、健康な人とほとんど変わらない 生活を送ることができます。 多くのHIV陽性者は、1~3カ月に一度、医療機関を受診し、医師の診察と血液検査、薬の処方を受けています。

企業の雇用では、どのような配慮が必要か

企業がHIVの社員を雇用するときに、どのような配慮をおこなうとよいのか見ていきましょう。

・プライバシーの尊重を第一に、必要に応じて職務内容や勤務条件の配慮をする
HIVによる免疫機能障がい、あるいはHIV感染を明らかにすることを望まない人も多く、このような場合には、当事者の意思とプライバシーを最大限に尊重することが必要です。一方、障がいや感染を明らかにし、雇用管理上の配慮を希望する人に対しては、職場の意識啓発を進めつつ、症状に応じて、必要な配慮を行うことが望まれます。

配慮の内容としては、職務内容や勤務条件、社内の相談体制、社内教育、事故などが起こった時の対処方法などがあげられます。なお、病名を明らかにしない場合には、本人の希望や企業の状況にもよりますが、配属部署の同僚に対しては「身体障がい」や「内部障がい」と伝えることが多いようです。

・当事者の意思を確認し、情報管理を徹底する
HIV による免疫機能障がい、あるいは HIV 感染を明らかにしている人に対して、職場で雇用管理上の配慮や支援をおこなう際には、障がいや感染に関する情報をある程度、把握することが必要となります。

一方で、本人のプライバシーや人権を尊重する観点から、個人情報の管理については最大限配慮することが必要であり、本人の希望や申し出がない限り、障がいや感染についての情報が広がることがないよう、情報を知り得る立場にある関係者の秘密の保持を徹底することも求められます。そのため、情報管理方法を社内で定め、関係者間の認識を高めておく必要があります。

次のような点について、決めておくとよいでしょう。
●本人の意思に反した検査や職務上の必要性について合理的理由のない情報収集を行わない
●健康診断データや治療の状況等健康管理に関する情報は、産業医等必要最小限の担当者にとどめ、関係者の守秘義務を徹底する
●勤務上の配慮が必要な場合や職場内で問題が生じた場合等に、本人や関係者が相談できる担当者を定めておく

・適切な社内教育、社内研修をおこなう
HIVやAIDSについては、「特別な病気だ」、「一緒に生活するとうつるかもしれない」等の誤解や偏見が根強くあります。そのため、日頃から社員研修等によってHIVに関する基礎知識を学ぶ機会を設け、HIVに対する正しい理解を促し、社員が差別意識や無用の不安を抱かないようにすることが必要です。研修等の具体的な内容としては、HIVに関する一般的知識、感染予防の知識の他、HIVに限らず不当な差別防止や個人の健康情報等に関する秘密の保持の必要性等を含めるとよいでしょう。

実際にHIVの社員を雇用している企業では、社内勉強会などを開催しています。HIVに関する基礎知識などの他に、当事者が情報開示しており了承している場合には、治療に関することや、通院や服薬により安定して働くことが可能であることを示しています。これにより一緒に働く社員にとっては、HIVによる免疫機能障がい者を職場に迎えることへの不安が薄まり、理解が深まっています。

・緊急時の対応や救急用品を準備しておく
日頃から、出血等の緊急時の対応方法を明確にして、関係者の間で情報共有しておくとよいでしょう。出血している場合には、HIVに限らず血液を介して感染する病気があることに留意して、感染防止を心がけることが必要です。休憩室や各職場に、一般的な救急用品に加えて、ゴム手袋やビニール袋を準備しておきましょう。

また、産業医や関係医療機関と連携を図り、緊急時に迅速に対応ができるような連絡体制を整えておくことも重要です。

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