株式会社ファーストキャリア 代表取締役社長/株式会社セルム 執行役員(2022年6月より親会社セルムでの新規事業に従事) 瀬戸口航氏による初の著書『「越境企業」のはじめ方』がディスカヴァー・トゥエンティワンより刊行された。近年ビジネスシーンで注目が集まっている「越境」というワードを軸に、コロナ禍以降の人材育成や価値創造について幅広く触れられた一冊となっている。
『「越境企業」のはじめ方』――なぜ「越境」がVUCA時代のリーダーシップ、若手社員育成のカギとなるのか

コロナ禍以降のVUCAの時代、なぜ「越境」が求められるのか

ビジネスの文脈で「越境」という言葉を持ち出すと、一般的には出向や海外赴任といった物理的な異動を連想する方が多いかもしれないが、著者の瀬戸口氏が提唱する「越境」はそれだけの意味に留まらない。異業種交流やボランティア、コミュニティ活動への参加など、様々な「自分が何者かを知る経験」を通じて新たな視点を持ち帰り、自分も組織も成長するようなアクションの総称として「越境」という言葉が使われている。

つまり、タイトルにある「越境企業」とは、「部署や役職、会社を飛び越えた人材育成=越境学習を推進する企業」のことを指す。基本的には、企業の経営者や人事担当者に向けて書かれた本だが、同時に若手社員に向けた「『越境学習』のすすめ」としても読むことができ、幅広いビジネスパーソンに有用な気づきが数多く含まれている。

瀬戸口氏が本書を上梓した動機は、自身の来歴を織り込みながら書かれた「はじめに」で明らかにされる。

「コロナウイルスの感染拡大にはじまり、社会、経済、ビジネスの将来が予測困難と言われるVUCAの時代。企業は若手に新しいリーダーシップを求め、若手は自身の成長と市場価値向上を望んでいます。効率的かつスピーディな成長を求める若手に、従来の育成プロセスはもはや通用しません。しかし、何も私のように刹那的な転職に挑まなくても、成長できる手法はあります。そのキーワードとなるのが、タイトルにある『越境』です。」

「人の成長を偶発から必然に変える」というミッションを掲げ、若手社員の社会人としての基礎の「底上げ」を目的としたソリューションを提供するファーストキャリア。その代表として、若手人材育成・人材開発業界の第一線で活躍する瀬戸口氏だが、かつては起業という目的に向かってコンサルティング会社、インテリア系展示会のプロデュース会社と性急に転職を繰り返したという。本書はそういった自身の様々な経験と、現職で得た知見をもとに、越境学習の重要性が説かれていく。

新人・若手に対する育成サイドの「能力開発×価値創出」の提供が必要

本書は全5章で構成されている。前半の第1章と第2章では「なぜ現代ビジネスシーンや人材育成の現場において越境学習が必要とされるのか」が順を追ってまとめられ、後半の第3章と第4章では「若手社員にどのような越境体験を提供すべきか」、「若手リーダー育成において必要とされる成長機会とはどんなものか」が提示される。そして最後の第5章では、実際に「越境」の機会を提供する企業や省庁、その機会を活かして越境体験をした若手社員らの生の声がインタビュー/対談/鼎談の3形式で掲載されている。

第1章「時代とともに、変わりゆく『人材育成』」では、新型コロナ以降、ビジネスシーンは人材育成のあり方を考え直す大きな局面を迎えていること、若手・新入社員へのアプローチ方法が変わってきていることを踏まえ、「上から目線」ではなく「横顔」を見ながらの「共育」がこれからのオンボーディングにおける基本スタンスであることが説明される。大切なのは新人・若手に対する育成サイドの「能力開発×価値創出」の提供であり、これにより互いが視座を高め、視野を広めながら自分を高めることができるとしている。

第2章「固定観念を排除しなければ変化は起こせない」では、若手人材におけるリーダー創出とリーダーシップ醸成が主なテーマとなっている。本書において著者は、リーダーシップを「コトを通じて、『立場に依らない、良き影響力』を及ぼしていくあり方」、リーダーを「リーダーシップを体現し、特定の役割やミッションのもと、明確な成果にコミットし続ける人」と定義しており、この解のない時代に育成すべきは若手社員の「自ら考える力」であると提唱する。

「越境」体験・学習によって、何が身につくのか

以上を踏まえて展開されるのが、本書の主題である越境体験〜越境学習についての詳細を扱う第3章「若手にこそ、刺激あふれる越境体験を」である。ここでは経済産業省と人材育成サービスの企業数社によって策定された資料「効果的な越境体験の導入に向けて」を引用しながら、越境体験は「人材育成ならびにイノベーション創出に向けた人事施策」であること、越境学習は「ホームとアウェーを行き来する中で、気づきや学びを環流していくことにより生じる学びのプロセス」であることが説明される。

その上で、社員に越境学習の機会をつくるメリットとして、本書では以下の4つが挙げられている。

(1)コンフォートゾーン外で、新たな気づきや学びを与えられる。
(2)多様性への受容力、共感力が向上する。
(3)越境先での経験や学びが組織内で還元される。
(4)社外との交流を、もっとポジティブに考える人が増える。


大半の企業が抱くであろう「キャリア研修をやったら辞めてしまうのではないか」、「越境学習に参加したら、アウェーの会社の方が良く見えて転職してしまわないか」といった懸念、「越境学習で個人と組織がともに育つプロジェクトの進め方」などの疑問に対するフォローも十全で、長年多くの経営陣や人事、あるいは若手社員と接してきた著者ならではの視点が活かされている。

第4章「リーダーシップ・エクスペリエンスをデザインする」では、「世界を正面から捉えて課題を設定する力」、「さまざまな立場のステークホルダーたちと向き合って協働する力」、「自身の信念や価値観を明確に持ち、進化していく姿勢」を備える若手リーダーの必要性が語られる。若手リーダー育成においては明確なフォーマットが存在しないことを前提として、著者が2018年にスタートさせた越境学習プログラム「リーダーズ・キャリア・キャンプ ― True Experience(TEX)」の取り組みを一例として紹介。学生、若手リーダー候補のビジネスパーソン、地域ビジョナリーリーダーが集い、各々がリーダーとして課題のため議論とアクションを実行するこのプログラムについての詳述も、本書の読みどころのひとつだ。

既存の価値観や「壁」を軽々と飛び越えていくための羅針盤として

そして最後の第5章「越境したビジネスパーソンがもたらす新たな価値」は、本書で展開された「越境論」の実践・応用編といったところ。東京海上日動火災保険株式会社が実施した「600人を一日で越境させるプログラム」の詳細、ミテモ株式会社と株式会社堀場製作所の若手社員による越境学習体験の所感、経済産業省と一般社団法人RCFによる行政視点と官民連携視点による越境学習の重要性などが当事者の体験として語られる。これは、1〜4章で学んだ「越境」という概念を実行に移すにあたっての大きなヒントになるはずだ。

著者の瀬戸口氏が「おわりに」で「ここ2年ほどは10年分ぐらいの変化が一気に凝縮してやってきた感覚」と書いているように、新型コロナウイルスの感染拡大を契機に、社会はもちろん、経済やビジネスの世界にも大きな変化の時期が訪れている。変動性・不確実性・複雑性・曖昧性に満ちたVUCAの時代、若手が本当の意味で「育成の対象」から「変革のキーレバー」に置き換わるために、あらゆる企業や経営者、人事が「越境」のマインドを持ち、それを実行することが求められている。「こうあるべき」というShould思考から脱却し、既存の価値観や「壁」を軽々と飛び越えていくための羅針盤として、多くのビジネスパーソンの手元に置かれるべき一冊である。
【著者プロフィール】
瀬戸口 航(せとぐち わたる)
(株)ファーストキャリア代表取締役社長
(株)セルム執行役員
※肩書きは執筆時。2022年6月より(株)セルムで新規事業に従事

2003年早稲田大学商学部卒業後、(株)日本エル・シー・エーにて自動車業界を中心に新規事業開発支援・ビジネスプロセス構築などに従事。2010年(株)ファーストキャリア入社。2016年代表取締役社長就任。同年、(株)セルム執行役員就任。大手企業を中心に、ファーストキャリア層(新人〜若手人材)・次世代リーダー層向けの人材育成・人材開発施策のコンサルティングなどを手がける。近年は越境学習を広めることに心血を注ぎ、「X×リーダー育成」のコンセプトのもと、地方創生や技術イノベーションなど「X」の場とリーダー育成の掛け合わせを数多く創出している。2022年6月に惜しまれながら(株)ファーストキャリア代表を退任。親会社である(株)セルムに軸足を移し、新規事業のインキュベーションや運営を牽引する。

【関連リンク】
ディスカヴァー・トゥエンティワン:『「越境企業」のはじめ方』
Amazon:『「越境企業」のはじめ方』
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