障がい者雇用において、事業主には「合理的配慮の提供義務」が求められており、障がい者が職場で働く際に何らかの支障がある場合には、事業主はそれを改善するための措置を講じることが必要です。しかし、「合理的配慮」と言っても、障がいの内容によって特性や症状が異なるため、どのような配慮が必要なのかは状況によって変わります。そこで、「ケース別配慮のポイント」と題して、7回にわたって障がいの種類ごとにどのような配慮が適切かを紹介します。第3回の今回は「聴覚障がい」のケースについて見ていきます。
「聴覚障がい」の特徴と職場でできる配慮とは?

「聴覚障がい」は、どのような障がいか

「聴覚障がい」の概要と程度


「聴覚障がい」とは、聞くことに何らかの障がいがあって、音声情報が全く聞こえないか、あるいは聞き取りにくい状態のことをいいます。障がい状況はさまざまで、聞こえないという機能的な問題だけではなく、それによる広い影響があります。例えば、コミュニケーションが取りづらいことや、情報が得られないことからいろいろな問題が起こることがあります。

聴覚障がいは、「身体障害者障害程度等級表」に基づき診断されます。聴力のレベルを示す「dB(デシベル)」を基準に、聴覚障がいの程度が示されます。静かな環境での通常の会話は50dB程度、大きめの声での会話が70dB程度であり、100dBは電車が通り過ぎる際にガード下で耳にする音の大きさに相当します。

2級の聴覚障がい者は、両方の耳の聴力レベルが100dB以上であるため、騒音に近いレベルの音が認識できないということになります。聴力レベルの判定にあたっては、音のもう1つの側面である「高低(ヘルツ:Hz)」も影響するので、いくつかの高低のレベルを設けて聴力検査を行い、その平均値を算出することになっています。

「聴覚障がい」の分類


また、聴覚障がいはいくつかの観点によって分類されます。例えば、聴覚の機能障がいが発生している部位によって、伝音性難聴感音性難聴混合性難聴などに分けられます。

伝音性難聴は、音声信号を伝える「伝音系」の働きをもつ外耳から中耳において、何らかの障がいが発生することで起こります。感音性難聴は、内耳より奥にある「聴神経」などに何らかの障がいが発生して起こるもので、「神経性難聴」とも呼ばれます。先天性の聴覚障がい、または幼少期の高熱など聴神経に関わる細胞の破壊のほか、脳腫瘍やその摘出後の影響など、さまざまな原因が指摘されています。単に聞こえのレベルが下がるだけではなく、音が歪んで聴こえたり、音に反響が加わって聴こえたりするなど、聞こえにくさの症状がいっそう複雑です。伝音性難聴と感音性難聴の混合型は、混合性難聴に分類されます。

また、聴覚障がいを発生した時期によって、言語習得に差異が出ます。発達段階から見ると、おおむね2歳から3歳の間に音声言語としての日本語の基本的な概念を習得すると言われています。そのため、この時期を過ぎてから聴力を失った場合には、すでに音声言語の基本概念が確立していることが多く、「自らの発声を確認しにくい」という困難さはあるものの、国語力の獲得においては、この時期以前から聴覚障がいがある人と比べると、容易であると言われています。

さらに、コミュニケーション方法や受けてきた教育にも差異があります。「ろう者」のうち多くを占める先天的な聴覚障がい者は、主たるコミュニケーションの方法が手話であり、学校教育はろう学校で受ける場合が多いです。一方、中途失聴で、主たるコミュニケーションの方法に手話を使用しない、またろう学校での教育を受けていないという聴覚障がい者を「難聴者」と呼びます。聞くことが困難ではあるものの、文化的、教育的なバックグラウンドは健聴者と同じである場合も多いです。

「聴覚障がい」による生活上の困難


聴覚障がいによって発生する生活上の困難には、次のようなものがあります。

●コミュニケーション
聴覚障がいは、外見からは障がいの有無がわかりにくいため、正しく理解されにくく、特に、コミュニケーションの場面で困難を伴うことがよくあります。聴覚に障がいがあるために、「コミュニケーションが全く取れない」と考えられたり、逆に「補聴器さえつければ全く不自由がない」と思われたりもします。しかし、聴覚障がいの生じた時期などによって言語の獲得状況、聞こえ方の状況は個々に異なります。

●情報の入手
聴覚障がいは、「聞くこと」についての機能障がいですが、日常生活においては「聞こえ」の問題に由来する様々な制約や制限が生じます。聞こえる人は、耳から入る情報を自然に取捨選択し、自分との関係があるものか、そうでないかを判断できます。しかし、聴覚障がい者にとっては、それが自分に関係する内容なのかそうでないのか自体を、誰かから教えてもらわないとわかりません。

●言葉の習得
耳から周囲の人々の音声言語を聴くことは、言葉の習得に大きな影響を及ぼします。聴覚障がいの場合には、聞こえなくなった時期にもよりますが、聞こえの障がいの結果として、言葉の習得の遅れが見られます。また、言葉を発する際にも、自分の発音が正しいかどうかを確認することが難しいため、どうしても不明瞭な発音になりがちです。

「聴覚障がい」への配慮のポイント

聴覚障がいは、障がいの原因、発生時期、生育歴、教育を受けた場所などにより、コミュニケーションの手段や文化的な背景などがかなり異なります。そのためどのようなコミュニケーション手段が最も適切なのかを検討し、活用していくことが大切です。

聴覚障がい者のコミュニケーション手段としては、手話、指文字、筆談、口話、補聴器の使用などがあります。補聴器は、使用すると何でも聞こえるというわけではなく、効果には個人差があるようです。明瞭に言葉を聞くことはできず、車のクラクションなどの音の認識のみができるといった場合もありますし、雑音が多い所ではすべての音を拾ってしまい、逆に聞こえにくくなる場合もあります。

当事者にとってどのようなコミュニケーションの手段が有効か、また、当事者はどれくらいの聞こえが認識できるのかを知っておくと、適切な配慮の方法が見えてきます。

【募集・採用のときにできる配慮】
●面接は当事者がコミュニケーションを取りやすい方法で実施する

聴覚障がいの状況は個別に異なりますので、それぞれがコミュニケーションを取りやすい方法で面接を行ってください。例えば、電子パッドやホワイトボードによる筆談や、手話通訳者を介した手話での面接を行うなどの配慮ができます。

難聴者で、補聴器を用いて1対1の会話ができる場合には、静かな環境であれば会話による面接を行うこともできるでしょう。本人の希望や状態に応じた対応を行います。

●面接時に、就労支援機関の職員等の同席を認める
聴覚障がいの生じた時期、障がいの原因、程度などによって、聞き取る力だけでなく、話す言葉の明瞭さや、言語の構成能力にも個人差があります。そのため、当事者と面接官の意思疎通を助けるため、また聴覚障がい者の障がい特性などの理解を面接官に促すためにも、就労支援機関の職員などに面接に同席してもらうことは有効です。

●その他の配慮
会社説明会などを開催するときには、手話通訳者や要約筆記者を配置しておくとよいでしょう。また、通常は集団面接などを実施している場合でも、聴覚障がい者に対しては個別面接を実施するように配慮している企業もあります。

【採用後にできる配慮】
●業務指示・連絡は筆談やメールなどで行う

業務指示や連絡は、聴覚障がい者に合わせて適切なコミュニケーション手段を取ります。身ぶり、口話、手話、筆談などが選択できるでしょう。一緒に働く上司や同僚は、「当事者はどのようなコミュニケーション手段であれば情報を入手しやすいのか」を知るとともに、「情報が伝わっているかどうか」を確認することも大切です。

聴覚障がい者は、単に聞こえないだけでなく、聞こえる人が普段何気なく取り入れている情報を得ることができません。例えば、聞こえる人は、下を向いて作業していても自然に周囲の音声による情報が入ってきます。しかし、聴覚障がい者はそのような情報入手はできません。そのために、「会社のことをわかっていない、気がきかない」といった評価に結びついてしまうことがあります。

●情報保障の手段を考える
業務以外にも、「職場全体に関する情報」や「仕事を進める上で必要な情報」をどのように当事者へ提供していくかを考えましょう。

朝礼の進行など、誰が話すのかがわかっていると、状況を理解しやすくなりますが、会議でのディスカッションなど、話し手が次々と変わるような状況であると、当事者は話の流れについていくのが難しいこともあります。事前に、会議の進め方やルールを決めておくとよいでしょう。

●危険箇所や危険の発生を視覚で確認できるようにする
聴覚障がい者は、火災報知器や事業所内の緊急放送など、音による通知に気づかないことがあります。危険が発生した場合の合図・連絡は、視覚で確認できるようにしておくことが必要です。例えば、災害や危険が生じると緊急ランプが点滅するようにしている職場があります。

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