この話は、現実に起こった事件です。「おねがい。男のひとにつれさられてるの。たすけて」。今回の対談相手である清水さんにある一通のメールが届きました。それは女友達からのメールでした。誘拐だ! すぐさま警察に連絡し、警察官に彼女のことを話していると、突然「誘拐犯」が彼女の携帯を通じて清水さんにコンタクトを取ってきました。「某所の○○の電話ボックスに××円を一人で持ってこい。彼女を返す」。“あ、彼女の携帯が誘拐犯にみつかってしまったのか……”。このとき清水さんは最悪の事態を想定していました。清水さんは身代金を持って指定の場所へ向かいます。周囲には覆面警察官が張りこんでいます。しかし、約束の時間になっても「犯人」は現れません。焦る清水さん。緊張が続く数十名の私服警察官。その後何度も身代金の受け渡し場所が変更され、身も心も翻弄される中、ついに捜索中の捜査員が「犯人」を確保しました。驚愕の事実が判明します。誘拐犯は彼女自身だったのです。
第27話:FBIやピクサー映画も取り入れた「表情を読む力」から学ぶ異文化コミュニケーション

表情から嘘を見抜く技術を習得しようとしたきっかけとは

稲垣:本日の対談のお相手は、株式会社空気を読むを科学する研究所、代表取締役の清水建二さんです。清水さんは、FBI・CIAでも使われる「人の感情を読み解く理論・技術」の専門家で、表情・微表情分析を得意とされています。冒頭のお話、赤川次郎の推理小説のようですが、事実なんですね。

清水:はい。今から18~19年前くらいですね、私が20歳くらいの時でした。警察が携帯の電波を探して、場所を突き止めてくれました。その場所に行ったら男と彼女がいて。男はもちろん逮捕されて彼女は保護されました。男は取調室に連れて行かれて、事情徴収をされたのですが、何を聞いても、「何を言ってるんですか、誘拐ってなんですか」って言うんですよ。この期に及んで誘拐をとぼけるなんてありえないじゃないですか。普通じゃない。これはおかしい、本当にこの男は何も知らないんじゃないかってことで、彼女に事情を聞いたらぽつりぽつりと話し始めて。実はこれ全部彼女の自作自演なんだと。その男は、もしかしたら男の声が必要になることがあるかもしれないから一応連れてきただけで本当にその男性は何も知らないと。今日一日何も知らずに彼女に付き合っただけだったんです。さらに驚くべきことは、友人である私に彼女が伝えていた名前・年齢・仕事が全部嘘だったということです。全く架空の人物でした。

稲垣:小説の世界の話のようですが、そんなことがあるんですね……。そこから人間の気持ちや心に興味を持たれたんですか?

清水:はい。なぜ人間は嘘をつくんだろうとか、その嘘を見抜くにはどうしたらいいんだと。そんなことを20歳の頃に体験して、答えはどこかと思った時に私は学問だと思いました。科学的に解明すれば普遍的なスキルが手に入るんじゃないかと思って、科学に答えを求め始めたんです。

稲垣:その時に、表情を見抜いていればもっと早く事件が解決したり誤解が解けたりしたと思いますか。

清水:はい。今考えれば、彼女には嘘のサインが出ていたんですよ。専門家としてみれば。あの時彼女はこう言っていたな、確かにあれはおかしかったなと。今はそう思えますが、当時はもちろんわかりませんでしたね。

稲垣:東京大学大学院でコミュニケーション学を学ばれて、そこから表情の研究に入っていかれたんですか?

清水:大学院でコミュニケーションの研究をしていたんですが、なぜ人と人はやり取りがうまくいかないことがあるのだろうと思っていました。普遍的にコミュニケーションが成立する条件はなんだろうと思っている時に、たまたま普遍的な「7つの表情」に行き当たったんです。それがポール・エクマンの理論で、彼は1970年代に、7つの表情が万国共通だっていうことを発見しました。私はこれが万国共通ならば、全世界の人間とコミュニケーションができると思ったんです。更にポール・エクマンは、微表情を見抜くことができれば嘘を見抜くことができると言っていまして、実際警察やFBIなどでも検証をしています。彼はピクサーの映画のアニメーションも監修しています。表情・感情を扱っている映画、トイ・ストーリーとかそういうアニメーションの表情を作るという会社のコンサルもしているんです。そういう発見があって、じゃあ微表情を研究すれば嘘を見抜けるんだと思って、そこから始めました。

稲垣:日本で研究している人はいたのですか?

清水:日本で研究する人はほぼいませんでした。私の持っている専門資格で「FACS(Facial Action Coding System)」というものがあるのですが、これは表情を客観的に計測するツールです。私が取得した頃、日本人で持っている人は5~6人しかいなくて、教えてくれる先生もいませんでした。なので独学ですね。

稲垣:この特殊技術をいまお仕事ではどのように生かしているのですか?

清水:仕事は執筆や研修、そしてコンサル業ですね。

稲垣:例えばどのようなところへにコンサルをされるのですか?

清水:最近はAIで表情を分析するソリューションを作るためのお手伝いや、警察の犯罪捜査協力もしています。また、VIPや各国の首脳の表情分析なども某公安機関から依頼されることがあります。

稲垣:犯罪捜査協力って例えばどんな仕事になるんですか。

清水:ざっくりしか言えないのですが、例えば防犯カメラに写っているこの容疑者はどういう気持ちでこの行為をしたんだろうとか、犯罪に至るまでの心理を紐解くとか。また誰かを傷つけた傷害事件だったならば、この傷害は意図的にやっているものなのか、意図性がないものなのか、表情から読み取れる心理を解説します。

稲垣:各国の首脳の表情分析というのは、どんな依頼なのでしょうか。

清水:発言していることは本当なんだろうかとか、どれだけやる気があるのかを読み取ります。ただ、皆さんがイメージするような、簡単にスパッと割り切った言い方ではなく、5つの話題をしゃべっているけども3つが1番怪しいとか、相対的なものになります。いきなりこれが嘘かどうか、白黒はっきりできる世界ではないですね。例えば、ある国の外交官のような立場の人が北朝鮮のミサイル発射に対して国連の決議違反で断固反対だと強い言葉で非難するんですけど、一瞬だけ笑うんですよ。一瞬だけ幸福の微表情が出るんです、ニコッて。そうすると、これって言葉では断固反対だって言っているけども、これは断固反対ではないんじゃないかと考えられます。この人はもしかしたら北朝鮮寄りの立場の人間かもしれない、とかそういうことです。
第27話:FBIやピクサー映画も取り入れた「表情を読む力」から学ぶ異文化コミュニケーション

文化背景にも影響される表情の違い

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