労働力人口の減少が進み、どの企業も人手不足に悩まされている。またビジネスのグローバル化によって海外から安価で高品質な製品・サービスが流入し、競争力を持たない日本企業は苦境に立たされている。こうした事態から脱却するために必要なのは、限られたリソースを最大限に活用し、大きな成果を生み出す取り組み、すなわち「生産性向上」である。ここでは「生産性向上」の意味や人事施策につながる取り組みの進め方について解説する。
生産性向上

「生産性向上」が意味するものとは?

「生産性向上」とは、保有する資源を最大限に有効活用し、小さな投資で大きな成果を生み出すことを意味する。企業にとって生産性とは、「投入した経営資源(インプット)によって、どの程度の成果・価値(アウトプット)を生み出せたか」であり、次のような計算式で表現できる。

「生産性」=アウトプット÷インプット

アウトプットは生産量・生産額や付加価値、インプットは従業員の数や労働時間などに置き換えればわかりやすい。100人の従業員が15,000個の製品を作り出しているなら、生産性は15,000÷100で150だ。もしも75人で同様の成果をあげられれば、生産性は15,000÷75で200へと向上する。あるいは100人の従業員が20,000個の製品を作り出すことができれば、生産性は20,000÷100で、やはり200ということになる。

このように、インプット(労働力などの投入資源)に対するアウトプット(得られる成果)を大きくすることを「生産性向上」と呼ぶのである。

「生産性向上」の目的やメリットとは?

「生産性向上」は、近年、主に2つの理由から必要性が強く叫ばれるようになっている。

●労働力人口の減少

総務省統計局『労働力調査』2020年版によると、日本の労働力人口(15歳以上のうち就業者と完全失業者を合わせた人口)は6868万人で、前年比18万人もの減少となった。15~64歳に限れば5946万人で、前年比34万人の減少である。

労働力というインプットが小さくなる中で、企業はこれまで通りのアウトプットを実現しなければならない。まさに「生産性向上」が求められる時代となっているのである。

●国際的な競争力の弱化

公益財団法人日本生産性本部の『労働生産性の国際比較2020』によれば、日本の時間あたり労働生産性は47.9ドル(約5,000円)。OECD加盟37か国中21位という低い水準で、77.0ドル(約8,000円)にも達するアメリカの約6割に過ぎない。またスイスのIMD世界競争力センターが発表した『世界競争力ランキング』2020年版で、日本は主要63か国・地域中34位。1997年以降では最低の順位を記録した。

日本の企業は生産性が低い=価値の高いモノやサービスを生み出せていないため、国際的な競争力も喪失しているのだ。こうした状況を打破するためにも、少ない資源で価値のあるモノやサービスを生み出すこと、すなわち「生産性向上」が不可欠なのである。

「生産性向上」への取り組みは方向性と指標の決定から始める

インプットとアウトプットに対する考え方の違いによって「生産性向上」の方向性も異なってくる。

●インプット縮小型

現場業務の効率化やコスト削減を進めることで投入する資源(インプット)を減らす。それでいて生産量や付加価値(アウトプット)は維持することで「生産性向上」を実現する。

●インプット大幅縮小型

不採算部門の縮小・撤退・売却、事業の統廃合、リストラなど、事業全体を整理して経営資源の投入量を大幅に縮小する。成果の減少は避けられないが、アウトプット÷インプットの値を良化させることを目指す。

●アウトプット拡大型

インプットを維持しつつ、アウトプットを増やすことを目指す。従業員のスキルアップやDX(デジタルトランスフォーメーション)などにより、労働量・労働時間あたりの成果を最大化することが求められる。

●アウトプット大幅拡大型

生産性の高い事業に投資を集中し、インプットを大幅に増やす。その結果としてアウトプットも大幅に増やすことを目指す。

また何をアウトプットと考え、何をインプットとして位置づけるのかによって生産性の意味も異なってくる。主に問題とされるのは、従業員1人あたり(または労働1時間あたり)が生み出す成果で、これは「労働生産性」と呼ばれる。さらに「労働生産性」はいくつかに分類される。

●付加価値労働生産性

生産額・売り上げから、原材料費や外注費といった原価を引いたものを「付加価値」と呼ぶ。この付加価値をアウトプットとし、それを生み出すために投入された労働力をインプットと考えるのが「付加価値労働生産性」である。

「付加価値労働生産性」=付加価値額÷労働量(労働者数や労働時間)

●物的労働生産性

物理的な量(生産個数、生産量など)をアウトプットとして考えるのが「物的労働生産性」である。目に見える成果をアウトプットとして計算することで、労働生産性をわかりやすく示そうというものだ。

「物的労働生産性」=生産量÷労働量(労働者数や労働時間)

「生産性向上」の取り組みにおける重要な5つのステップ

「生産性向上」を目指す際の具体的な施策について、ここでは5つの取り組みについて説明しよう。

(1)業務の可視化

業務フロー、コスト、労働時間、従業員のスキルやポテンシャル、実際に発揮しているパフォーマンスの質と量などを可視化することで、インプットの種類と量、インプットに対するアウトプットの量も明らかとなり、ムダな部分やボトルネック、不足しているスキルや人数など、「生産性向上」へ向けての課題も浮かび上がってくる。「生産性向上」のPDCAサイクルを回すためにも、業務の可視化は重要である。

(2)ノンコア業務のアウトソーシングとコア業務への投資集中

業務を可視化した結果、ノンコア業務が肥大化していて、本来注力すべきコア業務にリソースを振り分けられていない実態が判明することもある。ノンコア業務の分割やアウトソーシングによって従業員の負担を軽減できれば、アウトプットを直接生み出すコア業務への集中を促すことになる。ノンコア業務の引き継ぎや指導が不要となるのもアウトソーシングのメリットだ。もちろんコスト的な問題や、外部業者との連携が確立するまでは一時的に生産性が落ちる可能性などもある。そのため、中長期的な視点で考えるべき施策といえる。

(3)適材適所の配置と人材育成

各従業員について、スキルやパフォーマンス、将来的なビジョン、ワーク・ライフ・バランス、周囲との人間関係など、さまざまな要素を可視化することで、生産性を最大限発揮してくれるような人材の配置・配属が可能となる。

従業員の教育も不可欠だ。個々のスキルアップは作業の精度や効率を向上させ、「生産性向上」へとつながる。将来的に必要となる人材の計画的な育成も実現できれば、中長期的な視点での「生産性向上」も図れることになる。社員教育を通じて個々の従業員が生産性を強く意識しながら働くようになれば、企業全体としての「生産性向上」もスムーズに進むだろう。

こうした戦略的な人材配置と活用、人材育成には「タレントマネジメント」の導入が効果的である。

(4)従業員のモチベーション維持・向上

エンゲージメントやモチベーションが高い従業員は、生き生きと働き、大きなアウトプットをもたらしてくれる。逆にエンゲージメントやモチベーションが低いと、ミスが増え、効率は落ち、生産性も下がる。またエンゲージメントやモチベーションを高めることで、優秀な人材の外部流出と、それにともなう生産性の大幅な低下を防止することも可能だ。

適切な人材配置と人材育成、働き方改革の推進、労働環境の改善、メンタルヘルスケア、提案制度など、各種の施策でエンゲージメントおよびモチベーションの維持・向上に取り組みたい。

(5)テクノロジーの導入

デジタルツールの活用、モバイル端末の導入、ペーパーレス化、クラウドサービスを利用した情報の共有など、各種テクノロジーの導入は、従業員の負担を軽減し、作業効率を上げ、「生産性向上」の効果を発揮する。

とりわけ注目を集めているのがRPA(Robotic Process Automation)である。RPAは、データ入力、在庫確認と発注、ユーザーからの問い合わせに対する回答といった定型業務を、AIに学習させて自動化する取り組みだ。ミスやロスの抑制、作業効率の上昇、人件費の削減、コア業務への集中促進など、RPAには多くのメリットがあり、「生産性向上」に欠かせないものとして各企業で導入が進められている。

課題となってしまう「生産性向上」の取り組みで陥りがちな過ちとは?

「生産性向上」のための取り組みは、十分な検討や計画性もないまま拙速に進めてしまうと、望ましくない事態に陥ってしまう恐れがある。

●過度なマルチタスク化は避ける

各業務に専任の者を置くのではなく、ひとりの従業員が複数の業務を担当する「マルチタスク化」を進めることで、労働者数というインプットは減るため、生産性も上がると思われがちだ。だがマルチタスクは、より大きなエネルギーを要し、ストレスを生み、判断力を低下させ、結果的に作業効率を下げることが知られるようになってきている。

マルチタスクに向いている業務はあり、マルチタスクに適性を発揮する人材もいるが、異なるスキルや知識を必要とする種々の業務をひとりに背負わせてしまうような施策は極力避けるべきである。

●長時間労働・時間外労働につながらない施策を

労働者数を抑えつつ一定の労働量を確保するため、ひとりあたりの労働時間を増やすという施策を取る企業がある。確かに見た目の生産性は短期的に上がるだろうが、従業員にとっては過度な負担となり、本質的には「生産性向上」に寄与するものではない。過労死というリスクも生じる。

逆に労働時間というインプットを制約しすぎるのも考えものだ。労働量に比べて少ない時間しか与えられないと、仕事を持ち帰らざるを得ず、時間外労働が増え、ワーク・ライフ・バランスが崩れてモチベーション低下を呼んでしまう。

業務内容と業務フロー、人員の数とスキルなどを総合的に勘案し、無理のない施策を立案・実行すべきである。

●「業務効率化」のみに特化するのではなく全体的な施策が重要

業務の中に潜む“ムダ”を省くことは、どんな現場においても意識しなければならない課題だ。ムダを省くことで、工数、所要時間、コスト、人員、総労働時間などを抑えられれば、生産性も向上することになる。ただし、ムダの省略は、いわば「業務効率化」であり、インプットを小さくするための取り組みに過ぎない。重要ではあるものの、あくまで「生産性向上」へとつながる“施策の1つ”であると捉えることが望ましい。

ムダを省略して作業時間を減らしつつ、従業員のスキルアップを図って生産量を増やすなど、インプットとアウトプットの双方を考慮しながら「生産性向上」を目指すべきである。

「生産性向上」への取り組みを効果的に進めるために

「生産性向上」を目指す場合、経営陣が一方的に数値目標だけを現場へ押しつけたり、業務や人員の過剰な整理削減を推し進めたりすることは避けなければならない。一時的に数字は向上し、生産性は上がるかも知れないが、どこかでマルチタスク化や労働時間の増加が生まれ、従業員のモチベーションは下がり、すぐに限界を迎えてしまうだろう。「生産性向上」のための各種施策は、現場の状況に合わせて中長期的かつ総合的な視点で立案・実施すべきである。

また従業員個々の生産性を上げようとすることも望ましくない。一人ひとりが数値目標に追われるような状況では、ストレスが生じ、逆に生産性を下げてしまう恐れがある。チーム単位やプロジェクト単位で「生産性向上」に取り組むことがベターである。

昨今では、新型コロナウイルスの影響も看過できない。テレワークの普及など働き方は大きく変わり、リモート会議や“ハンコレス”の推進など商慣行もアップデートされつつある。ニューノーマル時代に合わせた施策を検討・実現していくべきだ。

もっとも重要なのは目的・目標の明確性である。前述の通り、労働力人口の減少や国際的競争力の弱化といった問題を解決するために「生産性向上」は必要とされている。つまり「少ない労働量でも十分な成果をあげる」、「価格競争力をつけて国際市場で生き残る」といったことが目標となるわけだ。

そのうえで、何をインプットとし、何をアウトプットとして設定するのか、具体的な指標、成果が出るまでに見込む期間などを明確にし、会社全体・チーム全員が同じ価値観を共有することが、「生産性向上」の実現に向けては重要である。
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