第29回では、「SWP(Strategic Workforce Planning)の外観と実現できる世界」について説明する中で、SWPを(表計算シートなどを用いて)マニュアルで行おうとすると、データ量が増加したり、それを管理するための手間がかかったりするため、実践の難易度が跳ね上がることについて触れました。難易度を下げるため、SWPの実践にはシステムが重要となってくるわけですが、SWPに取り組んだことがなく、初めて経験する企業にとっては、テクロノジーの活用に至るまでのハードルが高く見えてしまい、二の足を踏んでしまうケースも多いのではないでしょうか。

SWPの実施にあたっては、業務とテクノロジーを同時に検討し、導入することが重要です。今回は、筆者が実際に支援したクライアント(以下、X社)の事例を交えながら、「SWPにおけるテクノロジーの必要性」や「導入ポイント」をご紹介していきます。
Strategic Workforce Planningで効率向上のイメージ

人事部門が抱えていた課題

SWPの実施にあたっては、業務とテクノロジーを同時に検討し、導入することが重要です。今回は、筆者が実際に支援したクライアント(以下、X社)の事例を交えながら、「SWPにおけるテクノロジーの必要性」や「導入ポイント」をご紹介していきます。

数千人規模のX社において、人事部門は人件費や採用者数、退職者数といった数種類のKPIの実績値について経営層に毎月報告をしており、また、経営層や事業部門からのリクエストに応じて人材に関するデータを各事業部門へ提供していました。しかしながら、これら作業は、表計算シートを用いてすべてマニュアルで行われており、必要なデータを集めて計算するだけで膨大な時間を要していました。

これにより、部門別やグレード別など、数種類の単体の分析軸でしか実績値をモニタリングできていませんでした。

このような状況から、X社は、経営層や事業部門に対し、組織・人事観点からの提言や情報提供を十分には行えていないことに課題を感じ、テクノロジー導入の検討を開始しました。

人事部門が定めた「目指すべき姿」と、それを実現するための「テクノロジー」

前述のような背景を踏まえたうえで、X社の人事部門は、「目指すべき姿」を3つ定めました。1つ目は「分析作業の効率化」を実現することです。具体的には、経営層への月次報告のためのデータ集計作業時間を短縮したり、経営層からの質問やリクエストに対し、持ち帰りではなくその場でクイックに分析・回答したりすることです。結果として、分析作業の所要時間は、8時間から、1~2時間程度に短縮できました。

2つ目は、「分析の多角化」の実現です。例えば、それまでは人事データのみを使って採用者数や退職者数をモニタリングしていましたが、新たに事業部門が保有する売上高といった業績データも使用することで、生産性分析も行う事ができるようにする。さらに、部門や職種、等級といった複数の軸を掛け合わせての分析、KPIごとにメッシュを変えての分析も可能とすることです。

そして、3つ目は、「経営層や事業部門との議論の活性化」を促すことです。具体的には、過去や現在の要員構造(例えば、等級別要員数など)だけでなく、将来も予測して、経営層や事業部門とその確保施策(新卒・中途採用や外部活用など)も含めて、どのように要員数を適正化していくのか本質的な議論を行い、これまで以上にピンポイントでの人事施策を検討・実行することを望まれていました。

このような「3つの目指すべき姿」を実現するため、X社は導入するテクノロジーに関して、以下の4つの要件を定めました。

(1)分析軸および表示するグラフの多様性・柔軟性
分析の目的に応じて、ユーザー自ら計算式や管理項目を設定することができ、バリエーションに富んだグラフパターンの中から適したものを選択しダッシュボードで可視化することができること。

(2)メンテナンス性
計算ロジックや項目の定義等を変更しても、1ヵ所変えれば関連する他の箇所へ同じ変更が自動的に反映されること。

(3)操作性・ユーザビリティ
高度なコーディング技術を持たなくても業務担当者自ら分析のためのシステム設定作業を短時間でできる。また、ダッシュボードのデザインがモダンで直観的であり、簡単な操作でカスタマイズできること。

(4)データ統合性・インテグレーション
さまざまな構造化データを取り込むことができるデータ共通基盤が備えられており、ユーザーは部門の枠を超えて必要なデータに必要な時にアクセスしグラフやテーブルとして可視化することができること。

図1: X社の目指すべき姿実現に必要とされるテクノロジー要件

目指すべき姿実現に必要とされるテクノロジー要件の一覧
図1に示したように、「目指すべき姿」と「必要とされるテクノロジー要件」の関連性を明確にした結果、X社は最適なソリューションを選ぶことができました。また、同時に、経営資源であるデータを介して人事部門・経営層・事業部門が同じ指標を共有しながら経営へ貢献するビジョンに、大きな可能性を感じていました。

テクノロジーの導入アプローチとポイント

次に、X社における「テクノロジー導入」のアプローチについて説明します。下図2に示した通り、いきなり大がかりな本格導入が行われたのではなく、まずは、扱うデータの量や分析パターンを、人事部門管掌のものに限定して新テクノロジーの効果や導入可否を判断する「Proof of Concept(PoC/概念実証)」を行い、その後に、経営企画や事業部門を含む会社全体に導入範囲を広げていくことにしました。

図2:アプローチイメージ

テクノロジー導入へのアプローチイメージ図
「SWP」という今までにない業務を実現することとなるため、PoCでは主に運用のイメージをつかみ、関係者が有用性を理解することが重要であると考えました。特に意識して取り組んだポイントを3つご紹介します。

(I)マネジメント層・事業部門の巻き込みとインプット獲得
SWPは経営や事業が意思決定を行うために実施するものであり、人事部門単独での導入は難しいでしょう。そのため、PoC開始時から経営層や事業部門を巻き込み、見たい指標や意思決定の際にインプットとしている情報についての確認を行い、実機でその情報をご提示してみせることで支持を獲得しました。

(II)分析イメージの具体化
SWPは、基幹システムといったものからデータを集めれば何とかなるというものではありません。各KPIを基に分析シナリオを作成し、分析手順やアウトプット、必要なデータ、加工方法を具体化しました。

(III)運用メンバーのプロジェクトアサイン
運用となった際の中心メンバーに、テクノロジーを理解した人材は必要不可欠です。テクノロジーに自ら興味をもち、触れてみたいという「マインド」と「行動力」をもった従業員を早い段階で選定し、プロジェクトメンバーの一員として巻き込んでいくことで、運用のスムーズな立ち上げを狙いました。

まとめと次回予告

今回はX社がSWPを実施するに際した「テクノロジーの重要性」と「導入ポイント」について、弊社の経験をもとに解説しました。ポイントは、以下2点です。

●人事部門が定めた「目指すべき姿」と、それを実現するために必要な「テクノロジー要件」をまとめること
●PoCを行い、運用のイメージをつかむこと

これらを実直に行うことによって、経営者に対しては必要なKPIを必要な時に提供可能となります。まら、運用者側も、効率的で高付加価値な業務遂行が可能となり、企画・実行両者ともにメリットを享受することができます。また、SWPの仕組み構築の上流から下流までのポイントも網羅しているため、導入をスムーズに進行させることが可能となるのです。

次回は、前回(第29回)で予告した通り、人材の「質」に着目した「SWPの実践時における人材確保の手法」についてご紹介します。
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