HRISをグローバルに導入するためのポイントとは?(第8回)

大変革時代における組織・人事マネジメントの新潮流

グローバル企業が世界で勝ち抜くには、国を超えてダイナミックに優秀な人材を最適配置する必要があります。そのためにHRIS(Human Resource Information System=人事管理システム)を導入するのですが、各国の拠点や子会社にスムーズに展開するのは至難の業です。今回はHRISの導入に際して理解しておくべき流れと失敗させないためのポイントをご紹介します。

HRテクノロジーの潮流

まずワールドワイドでの「Human capital management」 (人的資本管理、以下HCM)と「Payroll applications」(給与計算アプリケーション)のマーケット規模の予測を表したグラフ(図表1)をご覧ください。

ここから明らかなのは、サーバーなどの設備を自社で保有し運用する「On-premise」(オンプレミス)が完全に停滞する一方、「Public cloud」(クラウド)が2023年まで大幅に伸びており、その中でも特にHCMの領域でかなりの成長が見込まれているということです。

情報系SaaSと同じようにHRISの世界においても旧来型のERPからSAP SuccessFactorsやWorkdayといったクラウドソリューションへの移行がますます加速していくことはほぼ間違いないと言えるでしょう。



■図表1:オンプレミスとクラウドのグローバルマーケット規模(M$)予測(IDC調べ)
出典:IDC Worldwide Human Capital Management and Payroll Applications Forecast, 2019–2023, 2019


旧来のERPと最新のクラウドソリューションとの違いは多々ありますが、それぞれのベストプラクティスとされている導入モデルの差にHRISのグローバル展開を促進する決定的な要素があると筆者は考えています。

ERPでは人事・給与・勤怠といった各領域、さらには会計や調達・生産・販売といった人事以外のモジュールまでを、1システムで構築してシームレスに連携させることで、経営の意思決定をサポートすることがベストプラクティスモデルとされていました。ただし、各国の法規制に強く影響を受けるため法改正対応などの保守の観点からHRISをグローバル展開することは難易度が高いです。特に日本企業では人事の領域でERPのグローバル展開を実現できているケースは非常に稀といえます。また、タレントマネジメントの領域についてはERPの機能が十分でないことも多く、データを連携して別システムで実現していた企業のほうが主流でした。

対するクラウドのHRソリューションでは、ビジネスに資することに強くフォーカスしています。具体的には「誰が」、「どこで」、「どんな仕事をしていて」、「どのようなスキルを持っていて」、「どういうパフォーマンスをあげているのか」といったコアHR領域、そしてタレントマネジメントの領域で非常に強みを持っています。その反面、給与計算や勤怠管理といった、人事部門のオペレーションの要素が強く、かつ国ごとの法令に強く依存する領域については、そもそも機能を具備していなかったり、現状では非常に限られた国しかサポートしていなかったりという事情があります。それらの領域についてはローカルシステムやBPO(Business Process Outsourcing)を選択し、コアHRを管理するクラウドソリューションからデータ連携(インテグレーション)を構築することが一般的となっています。

つまりHRISのトレンドとしては、ERPからクラウドに移行することで、必然的に「一つの国の給与計算や勤怠管理といったオペレーション寄りの業務」を、ERPで効率的に運用するというステージから、「コアHRやタレントマネジメントといった戦略的な業務」をクラウド上でグローバルに統合しビジネスにインパクトを与える、というステージにシフトしつつあるということが言えると思います。

成功するグローバルHRIS

では、クラウドHRISをグローバルに展開する上でのキーポイントは何になるでしょうか。多くのケースでは各国ごとのHRISを段階的にもしくはビッグバンで一つのHRISに統合・集約していく導入スキームをとることになります。この時点では企業によってプロセスやデータなど様々な観点でのガバナンスのレベルはまちまちであり、導入へのハードルの高さは当然のことながらそれぞれ異なります。関係する全員が同じ方向を向くためにも、置かれた状況に応じて適度にストレッチでかつ実現可能な成し遂げたいビジョンを明確に掲げることがとても重要であり、事例を踏まえて導入フェーズや運用面でクリアーしないといけないポイントをご紹介します。


■図表2:EYにおけるSAP SuccessFactors導入プロジェクトのデザインプリンシプル

こちらに掲載した図をご覧ください。EYがグローバル(150以上の国と地域、約28万人以上)に対してGlobal HRISとしてSAP SuccessFactorsの導入を進めているプロジェクトにおけるデザインプリンシプル(設計する上での原理原則となる方針)になります。元々、コアHRの領域は、オラクルのERP「PeopleSoft」のシステムに統合されていること、業界特性上、国によるビジネスモデルの違いがあまりないこと、英語が共通言語として浸透していることなど、標準的な日系グローバル企業よりは取り組みやすい状況にあったことは間違いありません。

それでもEYでは原理原則を明文化し、プロセスにおける国ごとの例外は認めない、従業員の属性項目のキーとなる要素は完全にグローバルで統合する、といったルールを設定しています。モジュール毎に全世界一斉導入というビックバン方式での導入を進めており、既に複数のモジュールが稼働していますが、150以上もの国と地域からコンセンサスをとるのに収拾がつかないような事態に陥らないよう、常にこの原理原則に立ち返って議論を進めています。

もう一つ、以前に筆者が経験したプロジェクトを紹介します。日系のハイテク企業で約20カ国、約1万名に対しての段階的な導入(日本⇒アジア⇒米国⇒欧州)というアプローチをとりました。プロジェクトの開始時点ではシステムも制度も国によってばらばらで、現状のままHRISを導入しても国を跨いで横串を通してデータを参照することができないという状態でした。そこでHRISの導入プロジェクトという位置付けより一段上の枠組みとして、「人事制度」、「HRIS」、そして「組織におけるHR役割・体制」を、どのようなタイムラインでそれぞれ整合性を持って変革していくのか、ということをプログラムレベルで管理し、人事としての目指す姿を段階的に実現させました。そして今もその計画は更新され続け、常に1年先、3年先といった具合に、制度やHRISが有機的につながりながら変革を続けています。まさに本連載の第6回で「ポリシー・ハーモナイゼーション」として触れた内容をグローバルHRISの導入と並行して実行することで企業にとって価値のあるHRISを導入したケースと言えるでしょう。

これらの事例から分かるのは、グローバルHRISの導入には、HRとして実現したいビジョンや優先順位を明確にしてそのための原理原則を言語化して関係者が共通認識を持つこと、さらにシステムだけでなく制度や体制といった領域での変革とセットで取り組むことが非常に重要だということです。

次回はグローバル企業としてHRの体制・役割がどう変わっていくべきか(HRターゲットオペレーティングモデル)についてご紹介します。
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著者プロフィール

EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社
ピープルアドバイザリーサービス シニアマネージャー
山本 剛

米系大手ITファーム他、他Big4会計ファームを経て、2017年10月より現職。17年にわたり一貫してHRトランスフォーメーションの領域でのテクノロジー・プロセス両面からのコンサルティングサービスに従事。近年はグローバル企業におけるコアHRを含めたクラウドHRソリューションのグローバル導入を中心としたHRオペレーティングモデルの刷新を専門として担当。
EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社

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