東京工業大学は、創立から130年を超える歴史をもつ国立大学であり、日本最高の理工系総合大学です。「東工大」と聞けば「理系」「専門性」という言葉をイメージする方も多いのではないでしょうか。
今回は大岡山キャンパスを訪ね、イノベーション人材養成機構(IIDP)の機構長・安岡康一教授、秋葉重幸特任教授、そして学生支援センターキャリア支援部門の守島利子特任教授にお話を伺いました。

ゲスト

  • 安岡康一 氏

    安岡康一 氏

    国立大学法人 東京工業大学
    工学院 電気電子系
    教授・系主任・イノベーション人材養成機構長 工学博士

  • 秋葉重幸 氏

    秋葉重幸 氏

    国立大学法人 東京工業大学
    イノベーション人材養成機構
    特任教授 工学博士

  • 守島利子 氏

    守島利子 氏

    学生支援センターキャリア支援部門
    特任教授 キャリアアドバイザー
    2級キャリア・コンサルティング技能士(国家資格)

第4回 東京工業大学:理系人材の宝庫、東工大が推進するキャリア教育の先進事例

修士・博士後期課程のキャリア教育を統括する「イノベーション人材養成機構」

安岡康一

東京工業大学は広く理工系分野における研究者および教育者、さらには産業界における技術者および経営者として指導的役割を果たすことのできる、善良・公正かつ世界に通用する人材を育成することを使命とします。また、長年に渡り教養教育・キャリア教育の強化にも取り組んでいます。近年では、教養教育については「リベラルアーツ研究教育院」が、キャリア教育については「イノベーション人材養成機構(Innovator and Inventor Development Platform:IIDP)」が全体を統率しています。

IIDPの歴史は10数年前に遡ります。前身となる学内キャリア支援プログラム・組織「アジア人財資金構想プログラム」(2006年発足)、「プロダクティブリーダー養成機構(PLIP)」(2008年発足)、「学生支援センターキャリア支援部門」(2006年発足)などを統合する形で、2013年4月にIIDPがスタートしたのです。

前身となる人材育成プログラムは、博士後期課程の学生が対象でした。その背景には、博士(ドクター)が社会になかなか受け入れられていないという事情がありました。それまでの博士後期課程の教育は専門性を磨くことに重点を置いていましたが、「キャリア教育によって社会で活躍する博士人材を輩出する」ためにPLIP が作られ、2013年にIIDPへと改組されたのです。
第4回 東京工業大学:理系人材の宝庫、東工大が推進するキャリア教育の先進事例
現在では博士後期課程だけでなく、修士課程の学生にも対象を広げています。その端緒は2016年の教育改革にありました。それまでは「3学部、6大学院研究科」体制でしたが、学科と専攻という区別をなくし、学部と大学院を一体化し「6学院」に改組したのです。そのタイミングで、IIDPのキャリア教育の対象も博士後期課程だけでなく修士課程にも広げました。

大学院修士課程/博士後期課程修了にはキャリア科目の単位取得が必要であり、修士は2年間で2単位、博士は3年間で4単位の取得が義務づけられています。

学生支援センター設立の背景は、理系学生の就職プロセスの変化

守島利子

わたしは学生支援センター キャリア支援部門に所属しています。学生支援センターの設立は2006年11月ですが、設立の背景として理系学生の就職プロセスが変わってきたことが挙げられます。

かつての理系就職は、学校推薦、研究室推薦が主流でした。教官と企業との絆が強く、企業は学生を推薦してもらい、その推薦に基づいて採用していたのです。推薦の場合には、同時に複数の企業に応募することはできない代わりに、教官と企業の強い信頼関係により、学生はほとんど内定を取得することができていました。

ところが、2000年頃から企業への推薦枠が減少し、自由応募が増えてきました。学生は推薦に頼らず、自分で企業を探して応募しなければならなくなったのです。そこで、大学として就職活動をする学生を支援する必要が生まれ、学生支援センターを設立することが決まりました。

もちろん、現在も推薦によって就職する学生は数多く存在します。東工大は、2016年の教育改革により、日本の大学で初めて学部と大学院を統一した「学院」を創設し、学部に当たる学士課程の教育プログラムを「系」、大学院の修士課程と博士後期課程の教育プログラムを「コース」と呼んでいます。「機械系」「機械コース」などの系とコースにはそれぞれ専任の就職指導の教員がおり、必要に応じて推薦状を書いています。

また、東工大の学生を欲しいという企業は製造業ばかりではありません。学生の意識も変わってきており、理系の専門知識と関係のない業界を志望する学生も数多く存在します。

しかし、就職指導教員は専門性を持つ業界や企業については詳しく指導できますが、他業界については造詣が深いわけではありません。例えば、電気・電子の教員はコンサル系ファームについては詳しくない方が多いでしょう。そこで産業界全体について指導する支援部門が必要になったのです。学生の意識が変化してきていることも、学生支援センター設立の要因の一つです。

有名企業400社の就職率ランキングはトップの57.4%

守島利子

東工大生の就職状況は、就職率で言えば94.9%です。大学通信が発表している「有名企業400社の就職率ランキング2019」では、就職率57.4%でトップでした。ただ、意図して就職率を上げようとか、有名企業に行かせようとしているわけではありません。わたしたちは学生のキャリア意識を高め、自らの意思で進路を決めて行動できる人材を輩出したいと考えており、就職率はその結果と認識しています。

専門性と進路には相関があります。東工大は1学年約1000名です。9割が進学するので、学士卒で就職するのは1割の100名ほどですが、製造業に就職するのは25%くらいにとどまっています。しかし、専門性が高まる修士になると製造業が5-6割になり、博士では4割程度となっています。
第4回 東京工業大学:理系人材の宝庫、東工大が推進するキャリア教育の先進事例

就職のためではなく、入社後のキャリア構築のためのキャリア教育

秋葉重幸

就職先のトップ10は日立製作所、本田技研、三菱重工、富士通、ヤフー、野村総研、ソニー、トヨタ自動車、キヤノン、NTTデータ。大手メーカーが多く、製造業に次いで情報通信系大手が目立ちます。東工大生へのニーズは強く、学生が就職で苦労することはあまりありません。卒業生に聞いても、「東工大の大学院まで出ているから将来は安泰と思っていた」と言うのです。

ところが、いまの時代、企業も、そこに勤める社員も安泰ではありません。グローバル企業の盛衰も起こるし、大企業の業績が急落して大がかりなリストラに発展することもあります。そのような産業や企業の変化を前提にする視点を身に着けてもらうことも、重要なキャリア教育と言えるでしょう。

IIDPのキャリア科目はそういう観点で作られており、就職に役立つノウハウを教えるキャリア教育ではありません。したがって、講師のキャリアも多彩です。ある講師は東工大の電子工学分野の修士課程修了後に、日本、アメリカ、欧州の大手金融で働いた経歴を持っています。学生たちには、そのような経験を聞いて、キャリアプランをより柔軟に考えられるようになってもらいたいのです。

専門分野の異なる学生同士の議論の場「東工大立志プロジェクト」

守島利子

東工大というと典型的な理系というイメージがあり、一般の人には難解な技術用語を使って会話する特殊な集団、ふつうのコミュニケーションは苦手なのではと思っている方もいると思います。確かに昔はそういう傾向があったかもしれません。しかし、現在の東工大生の気質はだいぶ変わってきました。その転機は2016年の教育改革です。

この改革によって新設された「東工大立志プロジェクト」は新入生の必修科目です。このプロジェクトのテーマは、「自分の学びがこれからの社会へ与える影響」です。講師も文系出身者が多く、例えばテレビでおなじみの池上彰特命教授も講師を務めています。一般の授業は教員の講義を聴くことがメインになりがちですが、立志プロジェクトではそれだけではなく、異なる専門分野の学生4-5人のグループでのディスカッションを積極的に行っています。

教育改革が行われる前の東工大では、入学すると化学は化学、電子は電子、バイオはバイオなど、同じ専門分野の学生同士で過ごすことが基本でした。入学から卒業まで同じ環境の中なので、発想や考え方が同質になりがちですが、バックグラウンドの異なる相手と議論することで、コミュニケーション力が磨かれていくのです。
第4回 東京工業大学:理系人材の宝庫、東工大が推進するキャリア教育の先進事例
リベラルアーツ研究教育院による新たな教養教育は2016年4月にスタートし、そのとき1年目として入学してきた学生は現在4年目ですが、すでに成果が出始めています。以前の東工大生は、キャリア相談に来てもうまく話せないことがありました。悩みや課題があるから相談に来るのに、その内容をうまく言語化して伝えられない学生も多かったのです。しかし、最近は学生の様子が変わってきたと感じています。「何に悩んでいるのか」「解決したい問題は何なのか」を具体的に伝えてくれるので、キャリア相談の場が今まで以上に生産的な場になっているのです。

同窓会が実施する学内合同企業説明会「K-meet」

守島利子

これまで東工大のキャリア教育についてお話ししてきました。就職のためではなく、未来の社会と自分の専門性の接点を見つけて深めていくためのキャリア教育です。

しかし、就職を軽視しているわけではありません。学生支援センターでは就職支援も行っており、4人のキャリアアドバイザーが年間約1,800件の相談を受けています。そのなかには、面接やエントリーシートの指導もあります。

具体的な企業との出会いの場としては、東工大同窓会の一般社団法人蔵前工業会が実施する合同企業説明会があります。「K-meet」という名称で、3月初旬の3日間に開催しています。1日約100社、計300社以上が参加し、学生は3日間で延べ3,500人以上が利用しています。
第4回 東京工業大学:理系人材の宝庫、東工大が推進するキャリア教育の先進事例
4月中旬には2日間で「K-meetⅡ」を開催し、約130社が参加、学生は合計400人ほどが利用しています。また、12月には「Dr’s K-meet」が開かれます。これは、博士後期課程の学生とポスドク向けの合同企業説明会で、博士に特化したものとしては国内最大規模です。昨年は参加企業82社、約250人の学生が利用しました。

専門分野別のOB会が活躍し、就職担当は学生全員と面談

安岡康一

企業と学生との面談の場は「K-meet」だけではなく、電気や機械などの系・コースにある、それぞれの同窓会でも企業面談会を実施しています。専門分野に近い企業ばかりなので、自ずと面談の内容も親和性の高いものになります。つまり、大学全体では蔵前工業会、専門分野別ではそれぞれのOB/OG会が活躍するのが東工大の就職支援です。

もちろん専任の就職担当教員も重要な役割を担っています。東工大全体では約30人の就職担当教員がおり、就職希望の学生全員と面談して指導します。また、むしろ、学生との面談より負担が重いのは企業との面談です。1社15分の面談としても300社となると、単純計算で75時間。就職担当を引き受けるにはかなりの覚悟が必要になるのです。

新しいインターンシップを模索する時期

安岡康一

現在のインターンシップは6月から選考が始まり、エントリーシートや面接を行うケースもあります。学士課程では3年目から、修士課程では1年目から落ち着かない状態になり、学業の大きな阻害要因となり得るのです。

また、同じ「インターンシップ」という名前であるのに、大学と企業側で目的が異なることも問題です。東工大ではキャリア教育の一環として、就業体験を目的とするインターンシップを実施し、単位を付与しています。そのようなインターンシップは、企業が採用のために行っているインターンシップとは別のものです。ところが、同じ「インターンシップ」という名称が使われているため、学生は混乱してしまうのです。今後は、学生が違いを理解して利用できるようにインターンシップについての整理も行っていきたいと考えています。
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