ツール主導・現場任せ・定着しない構造
ビジネス・デザイン・コンサルティング株式会社松木 剛
HR総研の調査によれば、タレントマネジメントを「推進している」と回答した企業は、大企業(1,001名以上)で53%、中堅企業(301〜1,000名)で27%、そして300名以下の中小企業では20%にとどまります。大企業では一定の推進が見られますが、「必要なデータ収集が進まない」「導入効果を実感できない」という声が上位に挙がっています。中堅以下では、そもそも人事戦略や運用を担う人材が不足しており、運用に至らない段階の課題が大きいのが実態です。
私自身の経験や観察からも、大企業の現場では導入初期に少なからず「負担感」が生じます。たとえばユーザ検討会では、スキルの棚卸や体系化、情報収集の進め方をめぐって、部門ごとに異なる考えや視点が持ち込まれます。扱う製品や技術領域が異なれば、自然と定義の仕方や重要視するポイントも違ってきます。そのため調整に時間がかかり、合意形成に手間取る場面も多いのです。定義の一つを決めるにも丁寧な議論が必要で、進めば進むほど現場の作業は増え、結果として「工数ばかりが膨らんで成果が見えにくい」という感覚を持つ人が出てきます。
一方、中堅企業では「疲弊」するほどの取り組みには至っていません。タレマネの必要性は感じつつも、人事制度や評価基盤そのものが脆弱で、人材データの整備や育成プランの設計にまで手が回らないのが実態です。システムを導入したとしても「プロフィールや顔写真が見える」「人事給与システムと連携して目標管理や考課ができる」といった機能に満足し、戦略的人材育成に踏み込むところまでは到達していないのです。まさに「やりたいがやれない」というジレンマが横たわっています。
また、調査で課題として挙がる「必要なデータ収集が進まない」という声は、決して現場の努力不足ではありません。そもそもタレントマネジメントシステムは単独で完結するものではなく、基盤となる人事給与システムを中核とした人事インフラと密接に関わっています。従来の人給システムは、勤怠や給与といったオペレーション処理を目的として設計されており、タレマネに必要なスキルやキャリア情報を保持するには管理項目が不足しています。結果として、既存の申請システムや評価システムからデータを拾い集めようとしても網羅性に欠け、入力の二重管理を強いることになります。結局のところ、タレマネを本格的に運用するためには、データ収集の仕組みを「どこに置くか」を決め、人事データの管理基準そのものを見直す必要があるのです。基盤のアップグレードや項目設計の再構築を計画段階から検討しなければならず、この時点で立ち止まる企業が少なくありません。つまり「データが揃わない」という課題は、タレマネを取り巻くシステム構造と密接に結びついており、簡単に解消できるものではないのです。
この違いを一言で表せば、大企業は「頑張って疲弊」、中堅は「やりたくても進められない」と言えるでしょう。立場や状況は違っても、共通しているのはタレマネが「戦略的人材育成」に結びついていないという点です。ツール導入やスキル棚卸といった作業に追われるあまり、本来の目的が後景に退き、手段が目的化してしまっているのです。
さらに調査を読み解くと、日本企業の多くがタレマネを「キャリア開発の仕組み」としてではなく、「適正配置」や「次世代リーダー育成」の手段として捉えていることが見えてきます。経営者にとって後継者育成は共通の課題であり、ジョブ型が浸透していく未来を考えれば、適材適所の配置も人事部門にとって避けられないテーマです。しかし、その優先順位付けに偏りすぎると危険です。配置や後継だけに注力していれば、やがて「適材」そのものが育たず、適所に収める人材がいなくなるという深刻な代償を企業は支払うことになります。
同時に、忘れてはならないのは「タレントとは誰か」という問いです。米国でタレマネが始まった頃は、ハイパフォーマーや次世代リーダーなど、限られた人材を対象にしていました。しかし日本に導入される過程で対象は広がり、今では社員全員をタレントとみなす視点が主流になりつつあります。その意味で、タレマネは経営者や人事部門のためだけの仕組みではなく、社員一人ひとりがキャリアを考え、成長の機会を得るための仕組みでもあります。もし社員が「これは自分のキャリアや成長のためのものだ」と感じられるなら、タレマネはモチベーションやエンゲージメントの源泉になり、組織に持続的に根づくはずです。
タレントマネジメントを「適正配置」や「後継育成」に偏らせるだけでは、長期的に人材が枯渇し、企業の競争力は衰退してしまいます。その代償を回避するためには、社員全員を対象にした「戦略的人材育成」を軸に据え、タレマネを再設計することが不可欠です。次回は、その具体的な設計──人材要件の定義、キャリア構造の整理、学習施策の再構築──について考察していきます。
了