ツール導入が戦略にならない理由

ビジネス・デザイン・コンサルティング株式会社
松木 剛

タレントマネジメントが日本の人事部に語られるようになってから、既に15年ほど経っているといわれます。またタレントマネジメントシステム(TMS)は、当初は米国製のパッケージが紹介され、なかなか浸透せずに苦戦していましたが、昨今は国内企業が日本に合う製品を開発して、徐々に浸透し始めているようです。業種や業界、企業規模による差もあるものの、誰がみても、人事部門はタレマネを大きな重要なテーマとしてとらえていることに間違いはありません。

 しかしながらその活用はといえば、問題意識や課題を抱えている企業が多いことも事実のようです。導入をしたものの、社員は「データ入力が増えても、何のためにやっているのか不明」と不満が募り、管理職は「業務負荷が上がった割りにはメリットを感じない」とか、また当の人事部は「現場が協力してくれない」などの声が上がっているといいます。

 導入時にスキルの棚卸や体系化、不足データの収集など、あれだけ苦労した割りには効果がいまひとつ、という評価に留まりがちです。或いは人材の見える化と評価システムの導入ができて、それで満足してしまったという状態に止まっているなど、今いちど効果について検証してみる必要がありそうです。

 給与計算から人事管理へ進化してきた情報システムは、個別人事のレベルへアップグレートし、さらに勤怠や申請システムなどの採用によってデータの収集・拡散が可能になりました。ただシステムを利用することについては、現場サイドの積極的な意識や行動には現れていないような気がします。更にタレントマネジメントシステムを導入する際、これまでのオペレーションを軸としたデータ管理では不十分だと気がつく企業は少なくありません。そこで現場は導入時にいわれるままスキルの棚卸やデータ整備をしたけれども、どう使って良いか悩んでいる状態に止まっているのではないでしょうか。

 人材の見える化をしてどうするのか、スキルの一覧がどう活用されるのか。経営戦略としてトップダウンで展開された計画が、現場に理解されないと、デジタル化された人材データが死蔵してしまうことになりかねないのです。

 人事部門として必要なのは、一歩下がって全体を俯瞰し、構造的にどこに問題があるのかチェックすることです。また人材マネジメントに関係する重点施策の整合性や優先順位を見直す必要もあるかもしれません。 

 人事部門の本来業務は人事管理ですが、重要なのは自社のバリューチェーンに対する人的資源の提供責任です。各工程で必要とされる人材を、適切なタイミングで戦略的に供給すること──それが人事の供給責任です。そこには量と質の問題が伴いますが、タレントマネジメントシステムは、これまでの給与計算などのインフラ的な機能とは異なり、本質な人事部のミッションを支援する機能を備えています。この潜在力の高いシステムを使いこなすには、それなりの条件整備が必要となってきます。

 人材の適所適材では、ビジネスプランが必要とする理想と現実のギャップを、データを基に捉え、期待に応えなくてはなりません。また人材育成が抽象論ではなく、自社のビジネスモデルの成功に寄与する具体論で語られるためには、「誰を、何のために、どう育てるか」を議論していくことが重要です。 更に若手社員の意識が変わりつつある現代は、キャリアの自律が求められているため、会社と社員のバランス調整も無視できなくなっています。

 こうした現実を前に、御社のタレントマネジメントに対する期待は高まるばかりだと思いますが、十分な準備ができていますか。

 人材マネジメントをうまく運用するためには、「等級制度」「評価制度」「報酬制度」の三制度に加えて、「育成制度」が連携して機能することが大事です。それに乗って成長する社員にとっては、エンゲージメントを向上させるようなキャリアの絵姿がそこになければなりません。

 具体的なキャリアプランがあってこそ、獲得し育成し配置して成果を得てまた成長するという理想的なサイクルが回ります。つまりタレントマネジメントシステムという枠組みの中で、人事部門のミッションをコンプリートさせるためには、その環境で活かされる人材の自律意識と支援構造が必要なのです。

 ともすれば自社のビジネスモデルに疎い人事部門には厳しい問いかけですが、この社員の自己設計を支援することなしには、タレマネは空洞化していくでしょう。

 同じ業種、業界であっても個別企業のSWOTが違う限り、とるべき戦略は異なります。タレマネも同様で、更に社員ひとりひとりも個別のニーズがあります。つまりすべての企業に当てはまり最適なタレマネなどは存在しないという前提からスタートすべきなのかもしれません。

 道具である「タレントマネジメントシステム」は、構造や機能は似ているかもしれません。しかしそれを利用して成長する人材の目論見も、ビジネスプランもダイナミックに変動するという意味では、システムを正しく理解して、どう使っていくかを問い続ける姿勢こそが、人事部門の本来あるべき姿勢なのかもしれません。