従業員が病気やケガが原因で働くことが難しくなった時に、本人やその家族の生活をどう守るか。人事担当者や経営者にとっても非常に重要なテーマだ。病気やケガで休業せざるを得なくなった際のために設けられている公的な制度が、「傷病手当金」である。仕事ができない期間中、公的医療保険制度(健康保険)から一定額の手当金を受け取ることができる。この制度を活用しない手はなく、従業員も企業側も理解しておきたい。そこで本稿では、「傷病手当金」の定義や支給条件、もらえないケースのほか、支給額の計算方法や申請手続きについて解説していく。
「傷病手当金」とは? 支給条件ともらえないケースを期間・金額計算と併せて解説

「傷病手当金」とは

「傷病手当金」とは、業務以外の原因・理由によって発症した病気やケガの療養のために、仕事を一定期間休まざるを得ず、しかもその期間は給料が出ないという場合に、支給される手当金である。基本的に対象者は、健康保険に加入している被保険者とその家族が対象となる。例えば、うつ病を含む精神疾患によって休職した方もこの手当金をもらうことができる。なお、対象者が任意継続被保険者の場合には、「傷病手当金」は支給されないことになっている。ただし、健康保険法第104条による継続給付の要件を満たしている場合には除かれる。

「傷病手当金」が支給される条件

次に、「傷病手当金」が支給される条件を取り上げたい。以下の4つをすべて満たす必要がある。

●病気やケガで療養中であること

まずは、「傷病手当金」が支給されるためには、病気やケガで療養中である必要がある。しかし、入院していなければいけないということはない。自宅療養中であっても支給対象となる。また、健康保険給付として受ける療養だけでなく、自費で診療費を負担した際にも、仕事ができないことを証明できれば対象となる。ただし、通勤途中もしくは業務中での病気やケガは労働災害保険の範囲なので、あくまでも仕事以外で生じた病気やケガが対象とされる。判断がつきにくい場合には、労働基準相談所に相談するようにしたい。ちなみに、美容整形などは病気とは見なされないので、支給対象外となる。

●療養のための労務不能であること

労務不能とは、療養のためにこれまで手掛けてきた業務ができなくなってしまった状態を言う。この場合にのみ「傷病手当金」を受け取れる。もちろん、その判断をするのは本人ではない。医師の意見や診断結果、対象者の業務内容、その他の条件を考慮して総合的に判断される。

●連続する3日間を含み4日以上仕事を休んでいること

休みの期間も条件として関わってくる。具体的に、「傷病手当金」を受け取れるのは3日連続の待機期間が成立した後の4日目以降だ。「待機期間3日間」には、有給休暇・土日祝日等の公休日も含まれ、給与の支払いがあったかどうかは関係ない。もし、会社を2日間連続で休み、3日目に仕事を行った場合には、「待機3日間」は成立しない。あくまでも、3日連続で休んでいることがポイントとなる。ただ、3日間休みを取った後に1日だけ出勤し、その後休日が続いた場合は、「待機3日間」はクリアされているので、「傷病手当金」の受給対象となる。
待機3日間の考え方

引用:全国健康保険協会「傷病手当金」

●給与の支払いがないこと


給与をもらっていないことも条件となる。もし、支払われていたとしら「傷病手当金」は支給されなくなる。ただ、その場合であっても、支払われている給与の日額が「傷病手当金」の日額を下回っているならば、差額分は支給される。また、給与の一部だけが支払われている場合は、「傷病手当金」から給与支給分を引いた金額が支給される。なお、給料の支払いがあった・ないに関しては、会社の証明が必要となってくる。

「傷病手当金」がもらえない・調整されるケース

実は、前章で掲げた条件をクリアしていても、「傷病手当金」を必ず支給されるわけではない。どのようなケースだと全くもらえないのか、あるいは金額が調整されてしまうのかを紹介したい。

●給与の支払いがある

仕事を休んでいた期間に関して給与の支払いがあるケースでは、基本的には「傷病手当金」は支給されない。あくまでも、仕事に就けず給与を受け取れない方の経済的な負担を補うのが、制度の趣旨であるからだ。ただ前章でも触れたが、支払われている給与の日額が「傷病手当金」の日額を下回っているならば、差額分は支給される。

●障害厚生年金か障害手当金を受けている

同一の病気やケガを理由にして、厚生年金保険の障害厚生年金または障害手当金を受けている場合も、原則的には「傷病手当金」を受給できない。ちなみに、障害厚生年金とは病気やケガで仕事ができない場合に受け取れる年金。障害手当金は、障害厚生年金の条件をクリアできていない状態の場合に受け取れる一時金を言う。ただ、ここでも例外事項がある。一つは、障害厚生年金の額(同一支給事由の障害基礎年金が支給される際には、その合算額)を360で割った金額が、「傷病手当金」の日額を下回っているケース。その際には、差額分が「傷病手当金」として支給される。もう一つは、障害手当金が「傷病手当金」を計算した合計額に達したケース。その日以降の「傷病手当金」が支給されることになる。

●老齢退職年金を受けている

資格を喪失したにもかかわらず、「傷病手当金」を継続的に受け取っていた方が、老齢退職年金を受給していたら、原則的には「傷病手当金」の支給は受けられなくなる。ただ、老齢退職年金の金額を360で割った金額が、「傷病手当金」の日額を下回っていた際には、その差額分が「傷病手当金」として支給される。

●労災保険から休業補償給付を受けている

業務外の病気やケガにより仕事を休んでいても、労災保険から休業補償給付を受給していた場合には、その期間中での「傷病手当金」は受け取れない。ただ、休業補償給付の日額と「傷病手当金」の日額を比べた時に、前者の方が少ない場合には、差額分を「傷病手当金」として支給される。

●出産手当金を受けている

出産手当金を給付されていたら、「傷病手当金」は受け取れない。出産手当金とは、女性が出産を理由に会社を休んでいる期間で給料が支払われない場合に支給される制度を言う。もし、出産手当金と「傷病手当金」をもらう期間が重なる場合には、前者が優先されることとなる。ただし、「傷病手当金」の金額が出産手当金の金額よりも多い場合は、その差額分は支給される。

「傷病手当金」の支給額と計算方法・期間

次に、「傷病手当金」はいくらもらえるのか、どのように計算するのか、どのくらいの期間に渡って受け取れるのかを紹介しよう。

●支給額と計算方法

「傷病手当金」の支給額は、給料のおよそ3分の2である。具体的には、1日当たりの支給額が計算されて1日単位で支給される。計算式は、支給開始日から遡って12ヵ月間の各標準報酬月額の平均額÷30日×2/3となる。なので、標準報酬月額が30万円の場合には1日当たりの手当金が6,667円。月あたりが20万円となる。なお、ここでいう標準報酬月額には給与だけでなく、残業手当や通勤手当、住宅手当なども含まれる。

1日当たりの手当金計算式
支給開始日から遡って12ヵ月間の各標準報酬月額の平均額÷30日×2/3


補足となるが、対象者が支給開始日以前の期間が12ヵ月以下の場合には、以下のいずれか低い額を用いて計算することとなる。

(1)支給開始日の属する月以前の各標準報酬月額の平均額
(2)全被保険者の標準報酬月額の平均額
・30万円(※):支給開始日が平成31年4月1日以降の方
※当該年度の前年度9月30日における全被保険者の同月の標準報酬月額を平均した額

●支給期間

「傷病手当金」をもらえる期間は、令和4年1月1日より支給開始日(一番最初に傷病手当金が支給された日)から最長で通算1年6ヵ月とされている。この期間は、途中で職場に復帰して給与の支払いがあったとしても変わらない。もし、その期間を過ぎても回復の兆しが見えない場合には、症状が固定していると見做されるので障害厚生年金の申請を考えるようにしたい。なお、支給開始日が令和2年7月1日以前の場合は、支給開始日から給与支払いがあった期間も含めて最長1年6ヵ月までの期間となっていた。
支給期間の考え方

引用:全国健康保険協会「傷病手当金」

「傷病手当金」の申請手続き

ここでは、「傷病手当金」に関する申請の流れを説明しよう。

「傷病手当金」を申請する流れは以下の通りとなる。
(1)「傷病手当金」の申請に必要な書類を取り寄せる。
(2)必要項目を記入する。
(3)医師や事業主に必要な欄の記載を依頼する。
(4)添付書類が必要な場合は用意をする。
(5)会社に提出する。

なお職場によっては、申請方法が異なることもあり得るため注意が必要だ。

また事業主側は、「3日連続で仕事を休んでいること」、「給与が発生していないこと」などが確認・記入する事項となる。

●申請期間


「傷病手当金」の申請期間は、労働不能となった日ごとにその翌日から2年以内となる。2年を越えると手当を受けることができなくなる。

退職後も「傷病手当金」をもらえるのか?

従業員が「傷病手当金」をもらっている途中で退職したら受給はどうなるのか。この点を解説したい。

結論としては、退職後も一定の条件を満たせば継続して「傷病手当金」を受け取ることができる。その条件として以下の3つが挙げられる。

(1)退職までに1年以上の期間、健康保険の被保険者であること
(2)退職するまでに「傷病手当金」を受給していた、または受けられる状態であること
(3)「傷病手当金」が受給されていた場合、期限である1年6ヵ月を超えていないこと


以上をすべてクリアしていれば、退職後も「傷病手当金」をもらうことができる。ただし、この場合であっても挨拶を兼ねて退職日に出勤してしまうと、「労働不能」な状態ではないと判断されてしまい、「傷病手当金」を受け取れなくなる可能性がある。他にも、退職した後に受給期間中にもかかわらず再び働いてしまうと、それ以降は「傷病手当金」をもらえない。いずれであっても、注意を要したい。

まとめ

「傷病手当金」の受給者にはケガだけでなく、うつ病をはじめとする精神疾患で、休職せざるを得なくなってしまった方が多い。現代はストレス社会ゆえ、精神疾患者がますます増えている。しかし従業員としては、会社や上司から休職を勧められたとしても、収入面に不安があればじっくりと療養してはいられない。それだけに、「傷病手当金」はありがたい制度と言えるだろう。ただ、これは他の制度との絡みで受け取れないケースがある。それが、どんな場合なのかと相談を受けた際に、人事担当者やマネジメントとして基本的なレベルは説明できるようにしておきたいものだ。ぜひ、今回の記事内容を理解しておいていただきたい。

よくある質問

●「傷病手当金」がもらえないケースは?

病気やケガで休業しているにもかかわらず、「傷病手当金」がもらえない、あるいは減額となるケースがある。それが以下のような場合だ。
・給与の支払いがある
・障害厚生年金か障害手当金を受けている
・老齢退職年金を受けている
・労災保険から休業補償給付を受けている
・出産手当金を受けている

●「傷病手当金」が支給される条件は?

「傷病手当金」が支給されるのは以下4つの条件すべてを満たす人だ。
・病気やケガで療養中であること
・療養のための労務不能であること
・連続する3日間を含み4日以上仕事を休んでいること
・給与の支払いがないこと

●「傷病手当金」はいくら支給される?

「傷病手当金」の支給額は、給料のおよそ3分の2。以下の計算式で計算できる。
「支給開始日から遡って12ヵ月間の各標準報酬月額の平均額÷30日×2/3」
標準報酬月額が30万円の場合には1日当たりの手当金が6,667円。月あたりが20万円となる。
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