人事領域の調査機関「HR総研」とテクノロジーの活用で採用と組織の再構築を手がけるThinkings株式会社は、共同でシリーズ「組織・人事再考計画」をお送りしている。このシリーズでは、Thinkings執行役員CHROで元リクルートワークス研究所『Works』編集長の佐藤 邦彦 氏がインタビュアーを務め、人事戦略や組織改革を推進している企業を訪問。取り組みの背景や具体的な施策、成果などをヒアリングして、読者となる人事担当者や経営者に戦略立案や日々の活動へのヒントを伝えている。

第2回目の今回は、ここ数年、常に総合商社の中でトップ争いを繰り広げている伊藤忠商事株式会社の経営・人材戦略、働き方改革に焦点を当てる。同社は他社に先駆けて働き方改革を進め、労働生産性(連結純利益/単体従業員数)をなんと5.2倍(2010年度比)に引き上げた。なぜこれほどまでに大きな成果を残すことができたのか。改革の背景には何があり、どんな施策を打ったのだろうか。執行役員 人事・総務部長(兼)グループCEOオフィス 垣見 俊之氏に詳細をうかがった。

プロフィール


  • 垣見俊之氏

    伊藤忠商事株式会社 執行役員 人事・総務部長(兼)グループCEOオフィス
    垣見 俊之 氏


    1990年慶應義塾大学経済学部卒業後、伊藤忠商事に入社。人事部にて、人事考査・労務問題・職務給制度導入・組合対応など人事制度全般を担当。2003年より4年間、ニューヨークに駐在し人事デューデリジェンスや北米地域の人事戦略全般を担当するとともに経営企画も兼任する。帰国後、企画統轄室長、人事・総務部長を務め、2019年にファミリーマートに出向。同社執行役員CAO(兼)管理本部長を務めた後、2023年4月より伊藤忠商事執行役員 人事・総務部長(兼)グループCEOオフィスに就任。

  • 佐藤邦彦氏

    Thinkings株式会社 執行役員CHRO
    佐藤 邦彦 氏


    1999年東京理科大学 理工学部卒業。同年、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)入社。業務改善・IT導入支援などのコンサルティングに従事したのち、2003年にアイ・エム・ジェイに転職し事業会社人事としてのキャリアをスタート。7年半の在籍中、採用、育成、制度運用、組織開発、労務などを幅広く担当し、後半はチームマネジメントを経験。2011年にIMAGICAグループに移りグループ人事を担当。以降、2014年よりライフネット生命にて人事総務部長、2017年より電通デジタルにて人事部長を歴任。2020年4月よりリクルートワークス研究所に参画し、2022年8月まで『Works』編集長を務める。2022年10月にThinkings株式会社 執行役員CHROに就任。

伊藤忠商事 執行役員 人事・総務部長 垣見氏に聞く。なぜ労働生産性を5.2倍に向上させることができたのか。人事戦略を実現する経営の覚悟とは?

2010年、他社に先駆け働き方改革に着手

佐藤氏:数年前から世間では働き方改革が注目されるようになりました。しかし、貴社は他社に先駆けて働き方改革に着手。2010年度時点の労働生産性を1とすると、2023年度現在で当時の5.2倍となっており大きな成果を上げています。まずはなぜ早い段階で改革に乗り出したのか、教えていただければと思います。
伊藤忠商事 執行役員 人事・総務部長 垣見氏に聞く。なぜ労働生産性を5.2倍に向上させることができたのか。人事戦略を実現する経営の覚悟とは?
垣見氏:背景には、事業戦略と人事戦略が経営戦略上の重要な両輪であるという考えがあります。私たち商社のビジネスを動かしているのは正に人であり、商社の強みとは人そのものです。この考えから、1990年代以降、評価や報酬・資格制度においても他社に先駆け、積極的に新たな制度の導入を進めてきました。

中には、制度先行や定量目標ありきで進めたケース、また働きやすさに配慮しすぎ、一部の社員からは過度な権利主張が起こったりもしました。例えば、女性活躍推進のケースでいうと、2000年度半ば頃は設定した定量目標を達成するために受け入れ体制など社内の環境が整っていないにも関わらず無理に採用を進め結果、定着せず退職に至るというケースが少なからず発生してしまいました。こうした反省を踏まえ、現在の代表取締役会長CEOの岡藤が社長に就任した2010年度に人事戦略を抜本的に見直し、本格的に働き方改革を進めることになったのです。2010年度は当社にとってエポックメーキングな年だと言えるでしょう。

佐藤氏:貴社で進めた人事戦略、働き方改革の全体像をご紹介ください。

垣見氏:当社がどんな会社を志向するのか、目指すべき姿を「厳しくとも働きがいのある会社」と定めました。文字通り、「仕事に求められる厳しさの中にも、社員一人ひとりが働きがいを感じる会社にしていく」という意味です。この言葉には「現場主義の徹底」「三方よしの体現」「多様性の重視」「能力発揮の最大化」の意味が込められています。さまざま制度を作り、施策を実行するのは、すべて「厳しくとも働きがいのある会社」を実現するため。そうした風土を作り、その上で、社員のモチベーションと会社への貢献意欲を向上させ、労働生産性と企業価値の向上の実現を図っています。

人事政策は全て繋がっていますので、施策を単独で行っては効果が半減します。当社では「優秀な人材の確保」「働き方の進化」「健康力向上」「主体的なキャリア形成支援」「成果に応じた評価・報酬」「経営参画意識の向上」を重点項目とし、それらが好循環を生み出すよう連動させています。また、一つ一つの施策の背景についてストーリー性を持って説明することで社員の納得感を醸成し、理解を深めて貰うよう、取り組んでいます。実際、ストーリー性があるのとないのとでは、納得感が大きく異なります。施策の成功を握る鍵と言っても良いでしょう。働き方改革については、「働き方の進化」を具体的に落とし込んだ施策となります。

本記事は、下記のトピックで構成されています。
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●施策は徹底した現場主義、エピソードドリブンから生まれた
●経営陣の覚悟と人事の汗が必要不可欠
●優秀な人材の確保に向け、企業ブランドの強化を図る
●施策の効果はある時期に一気に表れる

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