テレワークにより同期などの「非公式・脆弱なコミュニケーション」が減少

セミナーの後半は、ビジネスリサーチラボのテクニカルフェローであり、東京女子大学心理学専攻・専任講師の正木郁太郎氏が講演した。正木氏は、本セミナーの3テーマのうちの2つ、「テレワークによって社員同士のコミュニケーションの質は変わるのか」、「テレワークの導入が社員のマインドセットを変えるのか」に焦点を当て、話を進めた。

正木氏はまず、「社員同士のコミュニケーションの質の変化」について、民間企業による調査結果から「業務以外の雑談の減少」、「“まだらテレワーク”による孤独感の助長」といった状況を例に挙げ、テレワークがコミュニケーションに与える悪影響を指摘。テレワークによって、「非公式・脆弱なコミュニケーションへの影響があったのではないか」との仮説を示した。

企業内には、「公式」、「非公式」の2つの組織が存在し、ここでいう「公式な組織」とは、部や課など、「制度や共通目的の裏付けがある組織」だという。対して、「非公式な組織」とは、同期のつながりや趣味の集まりなど、個人的なつながりで発生するものだ。

また、上述の「脆弱なコミュニケーション」とは、その言葉の通り、「普段から頻繁に顔を合わせる関係ではないが、時々連絡を取るような“弱い繋がり”」だとしている。大学時代の友人や、会社の同期・同僚などが、これにあたる。そして、こうした“非公式で脆弱なコミュニケーション”から、有益な情報や自分への支援を得られることが多いとのことだ。

では、そのようなコミュニケーションは、いったいどのようにして生まれるのか。正木氏によると、それは「偶発性によって生まれるもの」だという。そして、「テレワークはその“偶発性”を減らしたのではないか」というのが、先に挙げた仮説の真意だ。

ここで正木氏は、ある企業を対象に実施した「テレワーク下で組織内の感謝のコミュニケーションは減少したのか」に関する研究の結果を示した。これは、調査対象の企業で1年に1度行われる、社内の任意の相手に「感謝のメッセージ」を送る形でコミュニケーションを図るイベントでの、メッセージ授受の履歴を分析したものだという。部署を問わず、また業務連絡ではない“感謝”という形でのコミュニケーションであるため、“非公式で脆弱なコミュニケーション”の実態を探ることができる。

下の図表2にあるのが、「一人当たりの“感謝”の送信数」について、コロナ前である2019年とコロナ禍の2020年の調査結果をそれぞれ比較したもの。2019年には一人当たり18.7件送信されていた「感謝のメッセージ」が、2020年には16.9件と、平均でおよそ2件減少していたという。正木氏はこの結果から、「コミュニケーションの質」の観点で、「失われやすい弱い繋がりが、テレワークによって少しずつ失われているのではないか」という見解を示した。
一人当たりの“感謝”の送信数

【図表2】出典:セミナー投影資料より(ビジネスリサーチラボ作成)

ここで正木氏は、「特にどのような人のコミュニケーションが減ったのか」という点に注目。調査対象を“同期同士のつながり”に絞り、「1年目同士」、「2年目同士」、「3年目同士」の社員の「“感謝”の送信数」について、2019年・2020年のそれぞれの結果を比較している。すると、下記の図表3のように、「3年目」の社員については、およそ2件の減少であった。一方で、「1年目」、「2年目」の社員においては、それぞれおよそ5~6件の減少と、「3年目」の社員と比べて減少幅の大きい結果だったという。これに対して正木氏は、「テレワークは入社直後の、形成間もない“弱い繋がり”を特に減らした」と結論付けた。
一人当たりの“感謝”の送信数の平均

【図表3】出典:セミナー投影資料より(ビジネスリサーチラボ作成)

「誰とのコミュニケーションが減ったのか」は、新入社員からの同期/非同期それぞれへの「“感謝”の送信数」について、2019年・2020年の結果を比較している。下記の図表4のように、「非同期とのコミュニケーション」についてはほとんど変化がなかったのに対し、「同期とのコミュニケーション」では、3件以上の差があった。この結果から、コロナ前には「情報源」や「心の支え」となっていたはずの同期とのやりとりが、コロナ後では減少し、「コミュニケーションの相手」の観点でも、“弱い繋がり”を失っていると、正木氏は述べた。
一人当たりの“感謝”の送信数の平均

【図表4】出典:セミナー投影資料より(ビジネスリサーチラボ作成)

テレワークの導入は「会社は変われる」というマインドセットを醸成した

正木氏は講演の終盤で、本セミナーの3つ目のテーマである「テレワークの導入が社員のマインドセットを変えるのか」について話を展開。テレワークによる「社員のマインド」や「組織文化」の変化について話した。

「テレワークの主な目的」について、「福利厚生」、「ウェルビーイングの増進」、「感染症対策」といった基本的な項目を提示。それを踏まえた上で、「働き手にとってはそれ以上の意味を持っていたのではないか」との見解を述べた。従来、「働き方改革」は難航していたが、コロナ禍でその必要性が一気に増し、思いがけずに状況が急変したことで、働き手もその変化の中に何かを見出したのではないかということだ。ここで正木氏は、「人は様々な対象に“変われるか、変われないか”という信念を抱く」という、心理学における定説を示した。そして、この信念は人の行動を大きく左右するという。例えば、「変えられると信じるほど、努力・継続を促す」という“人の能力の可変性”という考え方もあるようだ。

ここから正木氏は、多くのテレワーク導入企業においては、社内に「組織は変わろうと思えば変われる」というマインドセットを醸成した一方で、逆に変革できなかった企業においては「諦観が広がったのではないか」との仮説を述べた。この仮説に対して、テレワーク導入企業・未導入企業のそれぞれにおいて実施した、「『組織は変われる』というマインドセットが醸成されているか」についてのアンケート結果を提示。すると、テレワーク導入企業で働く人は、そうでない人よりも「組織は変われる」という信念が強かったというのだ。また、そのようなマインドセットによって、提案・改善・変革行動などの「主体的な行動が増えた」との調査結果も示している。正木氏によると、「『組織は変われる』と信じることで、主体的な行動に対して個人が感じる『失敗のリスク』が減り、『成功確率』が上がるためではないか」とのことだ。

テレワークの導入は、日本のビジネスパーソンの仕事やコミュニケーションに大きく影響したようだ。コミュニケーションの変化によって、社員のパフォーマンスに直結する要素も変わりつつある。しかし、テレワークの導入によるポジティブなマインドセットの醸成などにより、企業や人材のさらなる成長にも希望が持てるはずだ。

今後も続いていくであろう、テレワーク下での「パフォーマンス向上」や「コミュニケーション」のため、いま一度社内での「仕事」や「人間関係」のあり方を考えてみてはいかがだろうか。
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