本連載2回目として、最初に確認しないといけないのは、イノベーション」という言葉の定義です。HRプロの「イノベーション」について解説している記事(※)では、「『イノベーション』とは、モノや仕組み、サービス、組織、ビジネスモデルなどに新たな考え方や技術を取り入れて新たな価値を生み出し、社会にインパクトのある革新や刷新、変革をもたらすことを意味する」と定義づけています。まずは、様々なアウトカムを生み出す「多様なもの」であるということを押さえておきましょう。
HRプロ:「イノベーション」とは? 意味や種類、企業が直面する課題を紹介
経営戦略の中心になぜ「イノベーション」が必要なのか

いま日本企業が最重点経営課題とすべきは「全社を挙げてのイノベーション」

ハーバードビジネススクール 教授のクリステンセンは、イノベーションを大きく二つに分けた理論を提唱しています。

・創造的イノベーション
顧客の意見や要望を取り入れながら進める

・破壊的イノベーション
既存の概念にとらわれず、新たな発想を積極的に取り入れることで、新製品や新サービスを生み出していく
  
「イノベーション」について論じるとき、誤解を生まないように、特に、どちらのことなのかを明確にして語らなければなりません。

以上の前提を踏まえた上で、現状の日本企業(主に、製造業)において散見される具体的な課題を2点挙げてみます。

(1)「破壊的イノベーション」について
日本の「失われた30年」では、GAFAMのようなビッグテックが世界で大きな成長を遂げたはかばかしい実績が見当たらない。また、過去の日本企業による破壊的イノベーションの支えとなった「基礎研究」への投資は、先進国に劣後してきている。そのため、今後の破壊的イノベーションが起こる可能性に関して、憂慮されている。

(2)「創造的イノベーション」について
元々現場レベルの「改善」が得意な日本企業は、決して他の先進国に劣後しているわけではない。「モノ作りに拘泥し、マーケティング的な発想が商品開発に採り入れられなかったこと」がグローバルな競争におけ課題となっている。

(1)は、一朝一夕には解決できない大きな問題です。

歴史を振返ってみると、80年代は「ジャパン・アズ・ナンバー1」といった身の丈以上のキャッチフレーズに踊らされ、バブルが崩壊した90年以降は3つの過剰(過剰債務、過剰設備、過剰雇用)を温存、つまり破綻企業をなるべく出さない、人員削減もしない道を日本企業は選んでしまいました。グロバリズム進展の中で国際競争力を高めるための様々な改革が実行されていった米中などとは対照的だったわけです。

結果として、日本では基礎研究などの投資は一様に削減され、国内では販売量確保のために安売りが進みました(デフレーション)。正に、「失われた30年」です。

(2)についても、「ものづくり大国」の幻想から、「プロダクトアウト発想(良いものを作れば売れる)」から「マーケットイン発想(市場や顧客の欲しい商品、買える値段)」への転換が進みませんでした。最近でこそ、イノベーション(創造的イノベーション)の必要性が日本企業でもかなり意識され、改善途上にあるように思われますが、まだまだ対応は十分ではないでしょう。

さらに退職する熟練技術者の技術継承の問題、企業内の管理的業務の肥大化、効率化経営などによって、イノベーションを起こすための「時間的、精神的な余裕」が職場から失われてきています。現場のイノベーションに関する活力を徐々に奪っていくことによって、さらに悪化することも想定されます。

視点を単に製造、開発部門に限らず会社全体の広い意味での「イノベーション」と捉えた場合には、働き方改革や、コロナ禍でのリモートワーク拡大によって雑談が減るなど、本業以外での社員間のコミュニケーション時間の削減が、中長期的な「会社全体のイノベーションマインド」の減退に結びつく懸念もあります。

先述したイノベーションの概要についてまとめたHRプロの記事でも明確に書かれているように、イノベーションにも色々な種類があり、変化の激しいVUCAの時代には、会社内の全てにおいてイノベーションを推進していかなければいけないのです

言葉を換えれば、全ての日本企業は今こそ、会社をあげて「イノベーションカンパニー化」即ち、経営戦略の中心に「イノベーション」をドーンと大きく据えて、そのための組織改編、人財育成を強力に進めていくことが必要なのです。

「イノベーション人財育成」をうまく進めていくためには

例を示しましょう。

日本を代表する電機メーカーであるソニーについては、2000年代初頭以降業績が低迷、あるいはパッとしない状況が続いていましたが、ここ3~4年で業績はかなり上向いてきています。

元々ベースにあったイノベーションマインドを同社が再び前面に押出した結果だと私は見ています。ソニーの現在のpurpose(存在意義)は「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」。これは、名実ともにイノベーションカンパニーであるアイデンティティを示したものと言えるでしょう。

本連載では、いま日本企業のほぼ全てが会社を挙げて取組まなければならない「イノベーション」について、特に人財面にフォーカスして書いていきたいと考えています。今回ことさら「イノベーションカンパニー化」ということを強調しているのはなぜか。それは、「イノベーション人財の育成」自体の難易度が高く、「会社を挙げて取組む(イノベーションカンパニー化)」という、「形」から入らなければ上手くいかないのではないかと考えるからです。

「破壊的イノベーション」であれば、実は社内評価の高い「優等生」よりも、社内では理解されない「変人」が起こすことが多いと言われています。「創造的イノベーション」においても、仕事の現場で出てきた良いアイデアは、上司や同僚によって握りつぶされることも多いというのが現実ではないでしょうか。

アイデアを考えるのも、それを理解し発売に結びつけるのも、「社内」におけるいくつもの高いハードルを乗り越える必要がある。それが日本企業の現状なのです。「イノベーションを推進しなければ会社は衰退する」とはっきり認識し、社内のハードルを出来るだけ低くするために「イノベーションカンパニー化」が今重要なのです。

と言うのも、そもそもビジネスパーソンは、自分が経験したこと、知っていること以外のモノ、事象が目の前に現れたときには、まず「否定」から入ることが多いのです。なぜなら、新しいことを認めると言うことは、時には現在の仕事を否定することを意味し、自分たちの存在意義を脅かされることがあるからです。

例えば、タッチパネルです。2007年のiPhone発売、そしてそれに先駆けては発表されたiPadで採用され大ヒットとなったわけですが、技術的には90年代に開発され、ソニー社内でもアップルよりも早く商品化は出来たのに、結局商品化は見送られたという話です。

イノベーション人財の育成・確保についても、ミニ・ジョブスのような人が未来のタッチパネル級の商品開発アイデアを出しても受け入れられるよう、まずはイノベーションを経営戦略の筆頭に置く「形」が必要なのです。

次回以降で、イノベーションに関する具体的なニュースやトピックスを挙げながら、イノベーション人財の育成方法、イノベーションの推進について考察していきたいと思います。「空理空論」や、「べき論」に堕すことがないよう、沢山の方々に広く興味を持っていただくような内容を目指したいと思います。ご期待下さい。

※なお、本連載から、新たな試みとして、読者の方々からの質問・意見を連載中に受付ける仕組み(と言ってもメールをいただくだけなのですが……)を設け、その内容、私とのやり取りを連載の内容に反映させながら、より読者のニーズに沿った内容にしていきたいと思っています。忌憚なきご意見、ご質問を宜しくお願いします。
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