「デザイン思考」は、デザインの制作過程だけで活用されているわけではない。AppleやGoogle、P&Gなどのグローバル企業では、早くから経営や事業を展開していく上で積極的に取り入れている。日本企業でも近年、市場構造の変化を背景に一段と関心が高まってきている。そこで、今回はデザイン思考の意味や思考プロセス、相性の良いフレームワークなどを解説していく。

「デザイン思考」の意味や注目されている背景とは

「デザイン思考」とは、デザイナーやクリエイターが業務で使う思考プロセスを活用し、前例のない課題や未知の問題に対して最適な解決を図るための思考法だ。英語では、Design Thinkingと表記する。

「デザイン思考」には、3つの特徴がある。

(1)問題解決に向けて最も重きを置く要素は、ユーザーの「共感」、「満足」である
(2)問題の定義付けと解決意図を明確にした上で、アイデアの創出と組み合わせの試行錯誤を繰り返しブラッシュアップしていく
(3)バイアスや固定観念を取り去り、前例にも捉われない

●「デザイン思考」が注目されている背景

「デザイン思考」が注目されている背景としては、市場構造の変化がある。これまで、製品やサービスなどを開発する現場では、マーケットやユーザーニーズを調査し、仮説を設定・検証して製品を開発するという、「仮説検証型」のアプローチが主流であった。

ただ、変化が激しく予測困難なVUCAの時代では、このスタイルがもはや通用しなくなってしまっている。リサーチを行っても、課題の本質を迅速に捉えることが難しい案件が急増しているのである。また、急速な技術革新により、社会構造が大きく変化していることも見逃せない。それらの結果として、イノベーションを導きやすい「デザイン思考」がクローズアップされていると言える。

●アート思考との違い

「デザイン思考」と混同しやすい言葉にアート思考がある。実は、この二つはいずれも、アイデアを創出するためのものだが、明確な違いがある。「デザイン思考」で基盤になるのはユーザーニーズであり、すでにある製品やサービスをさらに進化させる場合に有効だ。一方、アート思考で起点となるのは自分が持つ自由な発想である。ありえないことも含めて発想するので、誰もが思いもつかなかったアイデアを生み出すこともあり得る。どちらが良い、悪いではなく、目的やシーンによって使い分ける必要があると言えるだろう。

「デザイン思考」の5つのプロセス

スタンフォード大学のハッソ・プラットナー・デザイン研究所では、「デザイン思考」を実践する際には、以下5つのプロセスを踏んでいく必要があると提唱している。

(1)共感(Empathize)

「デザイン思考」は、まずユーザーの共感を得ることから始まる。具体的には、インタビューやアンケートを行ったり、観察したりすることにより、ユーザーが何に共感しているのか、本当に求めているものは何かを見つけ出していく。ここで、注意しなければいけないのは、聞き取ったユーザーの意見を鵜呑みにしないこと。ユーザーがどういう想いでそう回答したのかという、本音をしっかりと探り出す必要がある。

(2)定義(Define)

ユーザーの「共感」をヒントに、ユーザーのニーズを定義する。本当は何を実現したいのか、潜在的な課題は何なのかを深掘り、抽出していく。なかには、ユーザー自身でもまだ気付いていないニーズもあるだろう。言語化されている背景にあるユーザーの想いも分析していきたい。それができれば、目指すべき方向性やコンセプトはかなり策定しやすくなるだろう。

(3)概念化(Ideate)

ユーザーが実現したいこと、ユーザーのニーズを定義できたところで、ブレーンストーミングなどの手法を用いて、それを解決するアイデアやアプローチ手法を話し合っていこう。ここで大切なのは、質ではなく量を意識することだ。制限を設けずアウトプットするようにしたい。

(4)試作(Prototype)

アイデアが固まったところで、次はチームの支持を得たものの試作品を作ろう。時間やコストをできるだけ掛けずに、取りあえず一度形にしてみる。そうすることで、新たな視点や問題点に気づくことができる。

(5)テスト(Test)

試作品に対するユーザーテストを繰り返し、フィードバックされた意見を参考にブラッシュアップを図っていく。定義したユーザーのニーズや概念化、試作などが正しかったのかを確認し、より精度の高い製品やサービスを創り上げていこう。

これら5つのプロセスは順番に行っていかなくても良い。同時並行でも、行ったり来たりでも構わない。包括的に捉えることが重要と言える。

「デザイン思考」がもたらす4つのメリット

「デザイン思考」を実践するとどのような効果がもたらされるのであろうか。ここでは、4つのメリットを取り上げたい。

(1)アイデア提案の習慣化

「デザイン思考」では、“とりあえず”アイデアを提案してみる。“とりあえず”やってみるというスタンスが奨励されている。失敗したらどうしようという意識を持たなくても良いので、提案が習慣化しやすい。

(2)イノベーションの創出

イノベーションの創出も「デザイン思考」のメリットだ。「デザイン思考」は、従来のような市場中心型のアプローチではない。ユーザー中心設計の考え方だ。ユーザーのニーズと向き合い、課題の本質に迫っていくものであり、全く新しいアイデアが生まれやすくなると言って良い。

(3)多様な意見の受容

「デザイン思考」では、多様な意見を受容することが要求される。それぞれの意見に向き合い、合意形成を図っていくなかで、画期的な視点や発見を得られるからだ。多様性が重視される現代において、こうしたスタンスが社員に広がっていくのは好ましいと言える。

(4)チーム力の強化

「デザイン思考」はチームのメンバー同士でのコミュニケーションに重きを置いている。また、思考を進めるための5つのプロセスにはメンバー全員が参加し、役職や上下関係に関わりなく自由かつ公平に発言できる。自ずと、チームに対する貢献意識も高まるのでチーム力の強化につながるというわけだ。

「デザイン思考」のこのデメリットには注意

●ゼロベースでの創出には不向き

「デザイン思考」は、ゼロベースで何か新しい製品やサービスを生み出すのには向いていない。ユーザーの声から新しいアイデアを導き出し、イノベーションを起こしていく思考法だからだ。ユーザーの悩みや課題をもとに、従来発見できていなかったものを見出したい時に活用すべきである。

●プロセスよりも結果を重視しすぎてしまう

「デザイン思考」に固執するとプロセス(前提)よりも結果に重きを置きがちとなる。良いアウトプットが出れば問題がないが、広い視点から斬新な発想ができるメンバーがいないと、アウトプットがありきたりになってしまう。

●なくても困らないけど、あったら嬉しいものを生み出すのには向いていない

「デザイン思考」は、あったら嬉しいものを生み出すのにも向いていない。なぜなら。ユーザーの思考をベースにする思考法だからだ。

「デザイン思考」と相性のいいフレームワークとは

「デザイン思考」を実践する時に、ぜひ活用したいフレームワークがあるので、ここで紹介しよう。

●共感マップ

共感マップ(エンパシーマップ)は、以下に掲げる視点に基づいて、ユーザーの思考や価値観を把握するためのフレームワークだ。ユーザーの本質をより理解しやすくなってくる。

・見ているもの
・聞いていること
・考え、感じていること
・発言や行動
・痛みやストレス
・望んでいること

●SWOT分析と事業環境マップ

SWOT分析と事業環境マップは、それぞれ以下に掲げるようなカテゴリーによって、ビジネスモデルを精査していくフレームワークだ。精度の高いアウトプットを出すことができるのが特徴だ。

<SWOT分析>
・優位点(Strength)
・課題(Weakness)
・機会(Opportunity)
・外的脅威(Threat)

<事業環境マップ>
・市場
・業界
・トレンド
・マクロ分析

●ビジネスモデルキャンパス

ビジネスモデルキャンパスは、以下の9要素に関してポイントを整理し、ビジネスモデルを分析していくフレームワークだ。新たなアイデアのヒントを得る際に役立つだろう。

・顧客セグメント
・顧客との関係
・チャネル
・提供価値
・キーアクティビティ
・キーリソース
・キーパートナー
・コスト構造
・収益の流れ

「デザイン思考」の理解が深まる企業事例

「デザイン思考」を製品開発に活かしている代表的な企業と称されるのが、Appleだ。iPodの開発フローを事例として取り上げてみたい。

Appleが開発した「iPod」は、世界的なメガヒット商品だ。実は、その開発でも「デザイン思考」が活かされている。どんな流れで生み出されたのであろうか。

(1)共感

まずは、競合製品を分析し、ユーザーが音楽をどのように聴いているのかなどを調査した。その結果から、ユーザーがCDからPC、PCからプレイヤーへと音楽データを移行しなければならないことに非常に不便さを感じていることに気づく。また、選んだ音楽を「いつどこに居ても聴きたい」というニーズがあることも見つけ出したのである。

(2)定義

共感のステップで発見できたニーズから、「すべての音楽をポケットに入れて持ち運ぶ」、「音楽の聴き方にイノベーションをもたらす」といったコンセプトを策定した。

(3)概念化

コンセプトの具体化に向けて、円盤型のマウスによる画面操作、iPodやPCのデータとの自動同期など、これまでにない画期的なアイデアがもたらした。

(4)試作と(5)テスト

概念化のステップで得られたアイデアを盛り込んだプロトタイプが作成され、テストも繰り返された。その都度、当時のCEOであったスティーブ・ジョブズから、「ボタン操作は2回までに」、「より軽量に」、「大音量に」、「画質をシャープに」などといった厳しい要求が寄せられたという。


「デザイン思考」は、デザイナーやクリエイターだけに必要な問題解決方法ではない。「ユーザーの共感や満足感を得られる製品やサービスを生み出したい」、さらには「ビジネスをもっと豊かにしたい」と願っている、すべてのビジネスマンが取り入れるべき思考法と言って良い。事実、世界的な企業も、MBAトップスクールでも、その必要性を説いている。「デザイン思考」は、決して難しいアプローチではない。本記事で紹介した5つのプロセスやフレームワークなどをインプットしながら、ぜひ実践していただきたい。
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