「人事の実務に使える科学」をテーマに、前回は「エンゲージメント」について解説しました。エンゲージメントは、人事の現場では「従業員のやりがい」や「会社とのつながり」といった幅広い言葉で使われています。しかし、「会社とのつながり」を表す正確な人事用語は、「組織コミットメント」のほうが適しているといえます。そこで、今回は組織コミットメントについて実務的な観点から解説します。
組織に関する研究:あなたの会社は、社員が会社を「好き」といえるか? ――組織コミットメントの観点から【61】

リモートワーク拡大で注目されている、「組織コミットメント」という尺度

リモートワークが普及する中、「会社と従業員との結びつき」を改めて見直す企業が増えているように感じます。特に大企業では、リモートワークが拡大したことで、上司による部下の管理・フォローがさらに難しくなり、部下の離職や休職が増えている企業もあるようです。

また、経営陣側も「リモートワーク環境では社員の考えていることがわからない」として、いくつかの大企業では、オンラインで社員との“カジュアルミーティング”を積極的に行っています。このように、企業の人事部では、エンゲージメントの観点から「会社と従業員とのつながりを見直すアプローチ」を始めています。

なぜエンゲージメントなのかというと、最近はエンゲージメントの測定や向上をはかる便利なツールが増えてきたことが大きいといえます。ツールを導入すれば、比較的簡単に改善が可能、という理由がほとんどなのではないでしょうか。

一方で、仕事に関わる対象への関与や思い入れを表す概念として、「ワーク・コミットメント」があります。「ワーク・コミットメント」は、3つの要素から構成されています。1つ目は従事している職務に対するコミットメントである「ジョブ・インボルブメント」、2つ目はキャリアに対するコミットメントである「キャリアコミットメント」、そして最後が組織に対するコミットメントである「組織コミットメント」です。

愛社精神や会社とのつながりを表す言葉としては、エンゲージメントよりも「組織コミットメント」が適しています。組織コミットメントは、厚生労働省が所管する独立行政法人 労働政策研究・研修機構でも研究が行われており、同機構が発行する「HRMチェックリスト」にも調査票が含まれています。

組織コミットメントに関する学術的研究も進んでおり、実際に「組織コミットメントを測る尺度」も確立しています。さらに、組織コミットメントの状態から「離転職」の可能性を予測することや、組織コミットメントを高めることで社員のパフォーマンスを高め、欠勤や遅刻を減少させることも可能です。

組織コミットメントは、分かりやすく言えば「個人と組織との一体感」や「この組織で働きたいという意欲・願望」と定義されます。前回にご説明したように、エンゲージメントは「ワーク・エンゲージメント」以外には明確な定義がなく、学術的な観点から見ても曖昧な言葉です。もし“組織と個人とのつながり”や、“愛社精神”を高めたいなら、「組織コミットメント」の概念を採用するべきでしょう。

組織コミットメントを構成する3つの要素とは?

労働政策研究・研修機構が発行する『高業績で魅力ある会社とチームのためのデータサイエンス』(松本真作著)によれば、組織コミットメントは「情緒的コミットメント」と「存続的コミットメント」、「規範的コミットメント」の3つに分かれます。

情緒的コミットメントは“組織に対する愛着や同一化”を意味しており、存続的コミットメントは“その組織を去る時の代償”に近く、存続的コミットメントは“理屈抜きにコミットする忠誠心”を表しています。もっと分かりやすく言えば、情緒的コミットメントは「この会社にいたい(WANT)」という感情で、存続的コミットメントは「ほかに選択肢がないから、この会社にいなければならない(NEED)」という気持ち、規範的コミットメントは「この会社に忠誠を誓わなければならない(MUST)」という想いであると言えるでしょう。

情緒的コミットメントや規範的コミットメントが高い場合、組織パフォーマンスが高まることが研究者により示唆されています。一方で存続的コミットメントは、数値が高くてもパフォーマンスには無関係か、マイナスの影響があるとされているそうです。存続的コミットメントは、現在の職場よりも他によい転職先がない場合などに数値が高くなります。よくいわれる「会社にしがみついている社員」は、存続的コミットメントが高いと考えられます。

こうした3つのコミットメントは、組織環境に大きく左右されることも明らかにされています。情緒的コミットメントは、「仕事への満足度」、「経営者や経営方針への満足度」、「能力開発の機会」や「福利厚生」など、社員に対するサポートへの満足度に影響されます。また、存続的コミットメントは「福利厚生などの社員へのサポート」の影響が大きく、規範的コミットメントは「仕事内容」、「上司のサポート」、「経営者や経営方針」、「処遇・報酬」、「社員へのサポート」の要素が影響を及ぼします。

「愛社精神がある状態」は、まず基本として情緒的コミットメントが高く、規範的コミットメントも高い状態と定義できるでしょう。逆に、情緒的コミットメントや規範的コミットメントが高くない組織では、よい転職先やよりよい選択肢があれば、社員は会社を辞めていく状態にあると言えます。

また、愛社精神を高めたいのであれば、従業員の仕事への満足度や、社員へのサポートを充実させるといった施策が有効であると考えられます。このように「組織コミットメント」の観点から組織の状態を観測すれば、社員の愛社精神やパフォーマンスを高めることができ、離職対策も可能になるのです。

先ほどご紹介した書籍『高業績で魅力ある会社とチームのためのデータサイエンス』には、組織コミットメントの状態を調整できる調査票を含む「HRMチェックリスト」が付属しています。組織コミットメントの状態を知りたいと思ったら、活用してみてはいかがでしょうか。

あなたの会社は「好き」と言える会社か?

私はこれまでいくつかの会社で働き、また多くの企業の人事部の方々とお会いしてきました。その中で業績もよく、社員がなかなかやめない会社には、1つ共通した特徴があります。それは社員が「会社を好き」ということです。

少し前にお会いした不動産業界のある中堅企業の人事担当者は、「うちの社員は共通して会社のことが好きだと思う」とお話しているのが印象的でした。その企業は、離職率が高い不動産業界において低い離職率を維持していて、社員が長く働けるように能力開発の機会や福利厚生を充実させていました。また、ある大手人材系企業の人事担当者にお話をお伺いした際には、「会社のことが好きだし、会社のことを好きと言っている先輩社員がたくさんいる」とお話してくれました。

最近の日本企業では、「愛社精神」といった精神論が少し敬遠されてきたように思えます。しかしエンゲージメントがもてはやされる今、組織コミットメントの観点から組織を見てみると、「会社を好き」という愛社精神が組織のパフォーマンスを高めると理解できるでしょう。

社員が「会社を好き」と言えなくなった時、それは情緒的コミットメントや規範的コミットメントが低下して、「仕方なくこの会社にいるしかない」という存続的コミットメントが高い状態だと言えます。実際にこのような状態になっている企業は少なくはないのではないでしょうか。

あなたの会社は、「この会社が好きだ」と言える会社ですか? もしそうでなければ、ぜひ組織コミットメントの観点から、組織の状態を見直してみましょう。
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