日本における人事の世界では、数年ごとに新しい流行語が生まれています。少し前までは「働き方改革」が流行していました。しかし、今では「ジョブ型人事」にその座を譲り、この言葉を多くの場面で耳にします。しかし「ジョブ型人事」の意味は曖昧です。ジョブ・ディスクリプションがベースであることは基本ですが、それ以外は人によって解釈が違うようです。
「ジョブ型人事」は、人事制度の全面的な見直しがあってこそ価値がある

「ジョブ型人事」は日本企業に何をもたらすか

まず指摘したいのは、「ジョブ型人事」は英語由来の言葉ではなく、相当するような英単語はありません。日本以外の国においては、個々の職務の明確な記述に基づいて人事管理を行うことは、一般的であるため、言葉自体が存在しないのです。

要するに、日本では職務内容の記述が中心ではない「総合職」という形での人事管理が一般的であったため「ジョブ型人事」という言葉が生まれましたが、海外では「ジョブ型」がベースなのです。どうしても英語での表現を考えなければならないとしたら(例えば外国人同僚に説明するために)、「making job descriptions central to human resource management」という表現が最も正確でしょう。

しかし、この言葉を外国人の人事担当者が聞くと、ジョブ・ディスクリプションでない人事管理を想像することが出来ないため、混乱してしまうでしょう。

私は何年も(実際には何十年も)日本企業に人事管理のアップデートを求めてきましたし、日本において職務の役割が明確に定義されていないことに問題を感じていました。そのため、「ジョブ型人事」が最近のトレンドになったのはとても喜ばしいことです。

日本企業の従来の硬直した年功序列型の人事手法は、柔軟性が求められる今では現実的ではなくなっています。また、従業員を交換可能な部品のように扱う定期的な人事異動は、より深い専門性を求めるニーズに応えられないことが明らかになってきました。その上、日本企業のグローバル化が進む中で、日本と海外の人材が全く異なる人材マネジメントの枠組みで管理することは困難です。こういった問題の共通点の一つとして、職務内容の定義が曖昧ということが挙げられますので、ジョブ型人事は良い対策になると思います。

人事制度の全面的な見直しとセットで取り組む

しかし、「ジョブ型人事」が日本に適応したときに何らかの形で変容したり、無意味なものになったりするのではと心配しています。

一つの問題は、多くの人、特に人事管理の分野に詳しくない経営者が、ジョブ型人事を単なる取り組みの一つとして捉え、一過性の取り組みで終わってしまうのではという懸念です。ジョブ型人事を本当に本格的に実施すれば、「採用方法」、「報酬体系」、「業績評価の仕方」、「昇進を決める方法」、「後継者育成のやり方」などを全面的に見直すことが必要になります。また、「新卒の一括採用」や「人事異動」、「年功序列給料と昇進」、さらには「定年退職制」など、日本の伝統的な人事制度の定番を捨てることにもなります。

もちろん、現在のやり方からの移行が必要なので、これらの全てを一度に撤廃するのは現実的ではないでしょう。しかし、ジョブ型人事は、人事管理の方法を全面的に見直すための計画的なプロセスの一部である場合にのみ、行う価値があると思います。そうでなければ、他の人事管理の側面に繋がらないため、形だけのジョブ・ディスクリプションが出来上がるでしょう。

私自身が、日本の人事管理の方法で特に好きではない点は、出世の道が開かれる総合職カテゴリーに入る条件として、いつでも違う勤務地への異動に応じるという条件です。すぐに引っ越しが出来るか否か、言い換えると、突然の引っ越しが難しい個人事情(子供、配偶者の仕事、親の老後ケアなど)があるかどうかは仕事の内容とは無関係なはずです。企業の命令に絶対に服従するかどうかを測る意味しかないと思います。転勤を条件にすることによって、多くの女性が総合職を避け、女性マネージャー候補の不足に繋がっています。この問題を今話した理由は、人事管理を本当にジョブ型に変えるのであれば、このような条件も変えるべきだからです。そうしないと、論理矛盾になります。しかし、ジョブ型人事の関係で、この条件をなくそうという話をまだ聞いていません。ついでに言えば「総合職」と「一般職」の区別をなくす話も聞きません。

もう一つの例を言わせて頂ければ、最近の記事の中で、「ジョブ型の人事制度を導入する日本企業が増えているが、職種別給与を導入する企業はまだ少ない」と淡々と述べられていたのには驚き、目を疑いました。職種別に給与を決めていないのであれば、何のためのジョブ型人事なのかと感じます。

ジョブ・ディスクリプションを作り上げるだけになっていないか

ジョブ型人事関連の話を聞くと、ジョブ・ディスクリプションの作成・導入方法を中心とした話が多いようです。日本の多くの人事担当者にとって、ジョブ・ディスクリプション制度を作り上げることは新しい試みですから、徹底的に理解したいという気持ちは理解できます。しかし、「木を見て森を見ず」のようなことになり、とても綺麗なジョブ・ディスクリプションだけが用意されて、実際の人事管理はあまり変わらないという結果にならないか心配です。人事管理制度全体の変革に繋がらないような、狭く限定されたジョブ型人事になることを考えると「仏作って魂入れず」という日本語表現が頭に浮かびます。バインダーの中にきれいに書かれたジョブ・ディスクリプションが入っているだけになってしまうことは是非避けたいことです。

日本企業が従来の「メンバーシップ型」の人事慣行から、21世紀のビジネスの要求に応え、より柔軟な人事管理スタイルに切り替えるために「ジョブ型人事」を導入することは、とても良い第一歩だと思います。しかし、第一歩だけだということを意識して、その後に人事のトランスフォーメーションをどのように実現させるかを考える必要があります。日本の企業の伝統的な人事慣行は良い側面が沢山ありますが、これから変化が加速していく環境の中では、そのまま維持することは不可能です。「人事管理の方法が変わらなければならないということに早く気づく企業」と「その必要性を否定して今までのやり方を踏襲する企業」の差は益々大きくなると思います。将来への準備として、人事管理制度に真の改革をどうやって起こすかを考えるべき時期だと思います。ジョブ型人事はその道の第一歩なのです。
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