私は日本企業における海外事業のコンサルタントとして、クライアントが海外赴任者の選択を誤ることで、会社や一緒に働く現地の社員、そして赴任者自身に深刻な不利益となる状況を数多く目にしてきました。海外赴任は会社にとって大きな投資であり、海外事業の成否に大きな影響を与えます。そういったことを考えると、海外赴任者の選定は慎重に行う必要があるでしょう。
「グローバル人事」の成功に欠かせない海外赴任者の選定ポイントとは
多くの日本企業では、海外赴任者を選ぶ際に「技術的な知識」や「勤続年数」など、限られた要素を優先しているように見受けられます。あるいは、定期的な「人事異動」や「ローテーション」の一つとしか考えられていないようです。このようなアプローチでは、海外赴任の適性に肝心である「人格」や「態度」といった重要な要素が見落とされがちです。

私がこれまで見てきた海外赴任者の話にはなりますが、特にうまくいかないタイプが3つあると考えています。まず、この3つのタイプに当てはまる人を派遣していないかどうか。これを確認する必要があります。これは、良い海外赴任者選びのための最低限の努力だと私は考えています。

海外赴任がうまくいかない3つの人物タイプとは

(1)内向的な人

アメリカ中西部のハイテク部品を製造する日系工場のケースです。この工場では、品質問題や従業員のモラルの低下など、さまざまな問題が発生していました。その一因は、海外赴任者である社長が工場の現場に出てこず、従業員とほとんど話をしないことにありました。社長はエンジニアであり、工場が生産している部品に関わる技術の専門家です。しかし、彼は非常に内向的な性格で、ほとんどの時間をデスクで過ごしていました。


部下、同僚、顧客、サプライヤー、提携先など、赴任者は現地の人々と密接に交流する必要があります。高度な技術職の場合も同様で、自分の知識を他人と共有する必要があるからです。このため、優れた対人関係スキルを持っていることは非常に重要です。また、海外赴任の場合は、国内赴任の場合よりも「性格」が成績を決定づけます。外向的な性格であればあるほど、海外赴任で良い成績を収める可能性が高いという研究結果もあるのです。

自分の専門分野で優れたスキルや経験、知識を持っている人でも、周囲と積極的に交流しなければ、海外赴任先でそれを活かすことは困難です。従って、パーソナリティのスクリーニングは、海外赴任者選定の重要なステップと言えるでしょう。

(2)海外に行きたくない人

ある日系企業のアメリカにある研究開発拠点に、日本人の赴任者が派遣され、アメリカと日本の開発チームとの技術的な連絡役を務めていました。その赴任者は、まさか海外に異動するとは思ってもいなかったので、英語もあまり話せません。家庭の事情で奥さんは日本に残っており、彼は単身赴任でアメリカへ行きました。チームとの関係はうまくいかず、仕事以外での趣味や友人関係も築けません。毎日、遅くまで仕事をし、家に帰ってから酒を大量に飲むのが日課でした。


日本企業は通常、海外赴任をするかどうかを社員に選択させません。終身雇用の風習の中で、社員は会社から与えられた赴任地に必ず行くことになっています。赴任を否定すると、人事部との間で深刻な問題になりかねないうえ、辞めることと同じであるとみなされることもあります。

そのため、会社は、従業員の個人的な事情を考慮して。配属を決める必要性についてあまり感じていません。「介護が必要な高齢の親がいる」、「受験を控えた子供がいる」、「配偶者のキャリアを捨てたくない」といった状況は、従業員の個人的な問題とみなされ、通常は考慮されません。このような場合、配偶者を残して一人で海外赴任するのが一般的です。これでは、孤独で惨めな思いをして、赴任が終わるのを指折り数えて待っていることになるでしょう。これは赴任の成功を後押しする状況ではありません。

私はコンサルタントとして、在米日系企業の人事担当者から、「赴任者がうまくいっていない」、「アメリカ人従業員に怒鳴るなど、好ましくない行動をとっている」という相談を受けることがあります。このような連絡を受けると、まず「この社員は単身赴任ですか、配偶者は日本にいますか」と聞くのですが、ほとんどの場合、答えは「イエス」です。

日本企業は従業員と職務をより入念に把握しなければならない時期に来ています。赴任者の数をできるだけ少なくすることは賢明です。単身赴任を歓迎する人もいるかもしれませんが、配偶者と離れて住むのは海外赴任のストレスを増やすだけです。会社からすれば、単身赴任はコスト削減になるように思えるかもしれません。しかし、生産性の低下、健康状態の悪化、深刻な問題が起こる可能性のほうが、コスト削減効果より随分大きなものになるでしょう。

(3)休暇にしか興味がない人

アメリカ南東部で自動車部品を生産している日系工場で、現地で採用された工場長と面談しました。その工場はさまざまな課題を抱えていました。それらの課題に対して、海外赴任者である社長の関与を尋ねると、その都度「意見はないようです」、「関わりたくないようだ」という意見が出ました。困惑しながらも「では、社長は何に時間を使っているのですか?」と聞くと、「ゴルフが多いですね」という答えが返ってきたのです。確かにその地域はゴルフ場が多く、気候も温暖で一年中プレーができることで知られています。「社長は親会社の社長と仲良しなんですよ。定年まであと2年というところだ。基本的にはご褒美のような形で、今の地位を与えられたようです。社長は、自分が工場の経営に携わる必要はないと考えているようです」と言われました。


日本企業の多くは、海外拠点の現地のトップに多くを任せ、何か問題がない限りあまり細かくチェックしません。これは、トップがやる気満々のセルフスターターである場合には有効ですが、そうでない場合には問題を招いてしまいます。このような監視が緩い環境では、組織トップの「怠けようという」考えを止めることはほとんどできません。

海外事業のトップは、形式的なポストではなく、組織全体の方向性を示す重要な人物です。その人物は年齢や年功序列ではなく、慎重に選ぶ必要があるでしょう。

海外赴任者を選定するうえでの3つのポイント

企業が海外に派遣する赴任者を選ぶ際に考慮すべき点をいくつか付け加えておきます。

(1)そもそも赴任者を海外に派遣する必要があるかどうかを考える

多くの日本企業では、前回の赴任者の任務が終了すると、自動的に次の赴任者を派遣する傾向があります。 まず、「現地組織のニーズが変わっていないか」、「現地採用の従業員でその役割を果たせる人がいないのか」を確認したほうがよいでしょう。

(2)「ジョブ・ディスクリプション」を作成する

多くの日本人赴任者が、自分のポジションで何をすべきなのか明確な職務内容が与えられたことがなく、漠然とした目標や指示しか与えられていないというのをよく聞きます。また、日本を出発する前に聞かされていた新しいポジションの職務内容と、赴任してから体感した職務内容が全く違っていたという赴任者もいるのです。さらに、現地の社員は日本人赴任者が何のために職場にいるのかを知らないため、誤解や摩擦が生じるケースも多く見受けられます。このような問題を避けるためには、職務内容を明確にし、全員が共通の認識を持つことが必要です。

(3) 現地の管理職や人事部の意見を聞く

海外事業における“現地採用”のほとんどのポジションは、現地の経営陣や人事部が採用活動に深く関わり、ポジションのニーズと人材のマッチングがうまくいくよう、慎重に採用を進めます。しかし、海外赴任者の選出に関しては、現地の経営陣や人事担当者は完全に蚊帳の外。誰が選ばれるかは完全に親会社の手に委ねられ、現地チームの意見は全く反映されません。このため、現地に合わない赴任者が選ばれる可能性があり、人間関係が悪化したり、現地従業員の離職につながったりすることもあります。現地の経営陣や人事の意見が赴任者の選考プロセスにうまく組み込まれていれば、多くのネガティブな状況を回避することができるはずです。
海外赴任のベストプラクティスは、新しい赴任者が現地文化の中で働きやすいよう、赴任前と赴任後の両方で異文化トレーニングを受けることです。しかし残念ながら、多くの日本企業は海外赴任者にこのようなサポートを提供しておらず、苦労したり文化的知識があれば避けられたはずのミスを犯したりするのです。今後起きる可能性のある問題や従業員のストレス、心労の大きさに比べれば、研修はわずかな投資でしかありません。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!