わが国では長らく、「新卒一括採用」「年功序列」「終身雇用」が一般的だった。だが、「ビジネスのグローバル化」「優秀人材の獲得競争激化」「価値観の多様化」「リモートワークの普及」などを背景に“職務遂行能力を持つ専門性の高い人材を雇用し、成果によって評価する”という「ジョブ型雇用」が注目を集めるようになってきている。ここでは、この「ジョブ型雇用」の定義や企業事例について解説・紹介していく。

「ジョブ型雇用」の定義やメリットとは

「ジョブ型雇用」とは、職務(ジョブ)の内容を明確に定義したうえで社員を採用し、仕事の成果によって評価・処遇(報酬)などを決める雇用形態だ。

日本では従来、職種・職務を限定せず新卒を一括採用し、さまざまな仕事をローテーションさせて育成する「メンバーシップ型雇用」が一般的だった。「メンバーシップ型雇用」では、スキルは徐々に身につけるものであり、勤続年数や勤務態度などに応じて報酬は決まり、転勤や部署の異動もある。

これに対し、欧米で浸透している「ジョブ型雇用」は、まず仕事・職務がある。その仕事・職務に相応しい人材、必要なスキルを持った人材を採用して割り当てることになるのだ。勤続年数や勤務態度、労働時間ではなく、職務の成果によって評価され、報酬も決まる。

●「ジョブ型雇用」のカギとなる所有スキルと職務記述書(ジョブディスクリプション)

資格、経験、スキルといった“職務の遂行能力”が重視される「ジョブ型雇用」では、通常、雇用にあたって職務記述書(ジョブディスクリプション)が作成される。職務内容、ポスト、責任範囲と権限、勤務地、労働時間、必要なスキル・資格・経験などを詳細に記述したもので、評価方法・評価基準も明記されている。従業員は職務記述書に基づいて報酬が支払われることになるのだ。

●「ジョブ型雇用」が注目を集めるようになった背景とは?


(1)ビジネス環境の変化〜国際競争力の低下と新たな法施行〜
スイスのビジネススクール『IMD』が発表している「世界競争力ランキング」において、日本は年々ランクを落としており、2020年版では34位という過去最低の順位を記録した。ビジネスのグローバル化が進む中で、日本の企業は諸外国に後れを取っているのが現実だ。とりわけIT人材・デジタル人材の採用においては、外資系企業との獲得争いに敗れるシーンが目立つようになっている。より優秀な人材を確保するために、スキルの高いタレントに好条件を提示できる「ジョブ型雇用」が注目を浴びるのは当然だろう。

(2)時代のニーズ〜ダイバーシティへの対応〜
趣味やボランティア活動に力を入れたい、夫婦で育児に時間を割きたい……など、労働者の価値観は多様化している。また高齢化社会が進む中で介護という問題も顕在化している。「メンバーシップ型雇用」では、こうしたニーズに応えることは難しい。そこで、あらかじめ勤務時間・勤務形態を職務記述書に盛り込める「ジョブ型雇用」が注目されているのだ。

(3)新型コロナウイルス感染症の拡大〜リモートワークに適した人事施策〜
コロナ禍において、多くの企業はリモートワークの実施を余儀なくされた。ただリモートワークは、個々の仕事の過程や勤務の実態が見えにくく、対面での指導・確認・評価が困難という問題がある。
「ジョブ型雇用」の場合、職務記述書に職務内容や評価基準が明記されており、上司が部下の仕事ぶりを逐一チェックする必要がなくなる。そのため、リモートワークに対応しやすいという利点がある。

●「ジョブ型雇用」のメリットとデメリット

「リモートワークに対応しやすい」という点のほかにも、「ジョブ型雇用」には多くのメリットがある。一方デメリットも存在するため、その双方を理解したうえで導入の可否を検討すべきである。

【メリット】
(1)職務に適した人材・専門性の高い人材の確保が可能

「ジョブ型雇用」では職務記述書に基づいて採用する人材が決まるため、専門性が高く経験も豊富で、職務遂行能力を持つ人材を確保することが可能だ。社員をイチから育てるのに比べて、すぐに成果が出やすいのも大きなメリットだ。

(2)仕事と人のミスマッチが発生しにくい
「ジョブ型雇用」では、従業員はあくまで職務記述書に則した業務だけを行い、勤務地や権限も決められている。そのため「思っていた仕事と違う」「勤務地は移りたくなかった」といったミスマッチを回避することが可能だ。

(3)評価の方法と基準が明確で客観的
「ジョブ型雇用」では、職務記述書に記載された職務を遂行できているか、求められている成果をあげられたかで評価される。上司や人事担当者による主観が排除されるため、客観的な評価を実現することができる。

【デメリット】
(1)業務内容や勤務地が厳密に決められている

「ジョブ型雇用」では業務内容や勤務地が職務記述書によって決められているため、会社都合による転勤・異動は原則不可となる。新たに有力なビジネスや必要な職務が発生したとしても、優秀な人材をすぐに配置転換できない。

(2)失職・転職のリスク
景気の動向や、コロナ禍のような想定外の事象によって、ある業務・職務がなくなってしまう可能性がある。担当すべき職務の喪失は、退職・解雇につながるだろう。また、「ジョブ型雇用」は従業員が高い専門性を持った人材に成長したことによって、より条件のいい雇用を求めて他社に転職してしまうリスクもある。

(3)新卒採用との親和性が低い
「ジョブ型雇用」ではスキルや経験、専門的な知識が重視されるため、新卒社員の雇用が難しいとされている。

(4)社内での浸透や周辺環境の整備に時間を要する
「ジョブ型雇用」では、場合によっては給与が下がることも考えられるため、導入に際しては、従業員への十分な説明が不可欠となる。また企業は単に「ジョブ型雇用」へと切り替えるだけでなく、人材管理・評価システムの一新、より高度なジョブへと移行してもらうための成長機会の創出、多彩な働き方に対応した環境の整備などに取り組む必要もある。

「ジョブ型雇用」の企業事例5選

ここでは「ジョブ型雇用」を積極的に導入・推進している企業の事例をいくつか紹介したい。

(1)日立製作所〜ジョブ型の人事制度でグローバル化に対応〜

2008年度に“日本の製造業史上最大級”とも言われる7873億円の赤字を計上し、倒産危機まで叫ばれた日立製作所。だが国内市場からグローバル市場へのシフトを進めた結果、業績は急回復。2021年3月期の連結純利益は3,000億円に達するまでとなった。同社は海外拠点で働く海外人材や経験者の中途採用が増え、それに伴いグローバルな人事制度として「ジョブ型雇用」を推し進めている。

まず2020年から、一律の初任給ではなく個別の処遇設定を盛り込んだ「デジタル人財採用コース」を新設するなどジョブ型の雇用・採用を強化。2021年3月までにはほぼ全社員の職務履歴書(300〜400種類程度)を作成し、同年4月からジョブ型人事制度の運用をスタートさせている。

リモート環境の整備拡大によって在宅勤務を支えるほか、1on1ミーティングの導入や自律的キャリア形成のサポートなども推進。働きやすさの創出と従業員のスキル向上支援などにも取り組むことで、「ジョブ型雇用」の浸透を円滑に進め、2024年度中に「ジョブ型雇用」へ完全移行することを目指している。

(2)富士通〜報酬体系を職能ベースから職責ベースへと切り替え〜

「日本と海外で人事制度が異なる」ことの改善と、「ビジネスプラン実現のために必要な人材を採用するのが本来の人材マネジメント」という考えに基づき、「ジョブ型雇用」を同社は推進している。

まずは2020年、国内1万5,000人の幹部社員について、報酬体系を職能ベースではなく職責ベースとする『FUJITSU Level』へと切り替えた。職責はグローバルに統一された基準で7段階に分けられ、この格付けが報酬に反映される人事制度だ。なお一般社員6万5,000人については労働組合との話し合いを経て数年後の導入を目指すとしている。

また、能力発揮の機会増や、より高い処遇への挑戦を促すため、自分の強みを活かせるポジションへの移籍を励行するなどポスティング制度の大幅な見直しにも同社は取り組んでいる。

(3)カゴメ〜社長・役員や管理職に絞ってジョブ型の評価・報酬制度を導入〜

同社は世界中どこにいても、どんな仕事であっても公平な評価・処遇を受けられるグローバル人事制度を実現すべく、等級制度を「年功型」から「職務型」へと改訂。海外子会社から導入を開始し、2013年には国内でも運用をスタートさせている。

まずは社長と役員について、業績に連動した変動報酬などを特色とする「取締役評価・報酬制度」を施行。2014年にはこの制度を「執行役員・コミットメントスタッフ評価・報酬制度」へと拡大。職務の大きさと市場価値を考慮して設定されたジョブ・グレードに応じて各種の人事施策を実施するようになった。さらに2015年には、このグローバル・ジョブ・グレードを課長職にも拡げた「課長職評価・報酬制度」を導入している。なお、同社は各部門が連携してフレキシブルに仕事を進めることが多いため、職務等級や職務記述書を導入しづらい一般社員については、こうした制度は拡大しない予定だ。

(4)資生堂〜同一ジョブファミリー内での採用・育成に取り組む〜

資生堂は生産性や欧米と日本の専門スキルの差といった課題を解決していくために、「ジョブ型雇用」を推進している。まずは2015年、本社の管理職1,200人を対象に「役割等級制度」を導入。2020年1月にはこれを改訂した「ジョブグレード制度」を国内における一部管理職の約1,700人に適用した。さらに2021年1月からは国内の一部一般職の約3,800人にまで拡大させた。

同社の「ジョブグレード制度」では、20以上のジョブファミリー(領域)を設定。各ジョブには役割等級があり、ファミリーごと・役割ごとに求められるジョブを明確に定義した職務記述書を作成している。採用・育成も、同一ジョブファミリー内で働くことを前提にしたものとなっている。

(5)KDDI〜中途入社の社員から管理職、新卒へ「ジョブ型人事制度」を順次導入〜

同社ではコロナ禍の2020年、「働いた時間ではなく、成果、挑戦、能力を評価して処遇へ反映する」ことを目的とした新人事制度を導入した。

市場価値重視、成果に基づく報酬、職務領域の明確化などが盛り込まれたこの「KDDI版ジョブ型人事制度」は、2020年8月入社の中途社員から適用を開始し、2021年度には管理職2,400人にも拡大。2021年4月に入社する新卒社員からは一律の初任給制度が撤廃され、能力に応じた給与体系が導入されている。その他1万人については労働組合との協議を経て移行する予定だ。

同社は業務内容に合わせて働く場所を選択できる、あるいは働く時間や場所にとらわれず成果を出せるよう、オフィス環境も整備(フリーアドレス制導入や座席数の削減など)。リモート会議を前提とした会議室のIT化、リモート環境向上のための設備増強なども進めている。
厳しいビジネス環境の中で生き残るための手段の一つである「ジョブ型雇用」。その導入には、慎重かつ丁寧な準備が必要となる。具体的には「ジョブ型雇用へ段階的に切り替える作業ロードマップの作成」「ジョブ型雇用を導入する職務の選定」「職務記述書の作成」「評価制度の制定」「採用方法の見直し」「タレントマネジメントシステムなど人事管理システムの導入」「リモートワークへの対応など周辺環境の整備」といった段階的なプロセスを踏むことになるだろう。現在、国内においては「ジョブ型雇用」を導入する企業が少しずつ増え始めている状況だ。自社でも導入できるのか、そもそも導入すべきなのか。企業は慎重に見極め、「ジョブ型雇用」の導入が目的になってしまわないように気をつけないといけない。
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