本コラムも、いよいよ最終回です。これまで、現地進出企業は現地での報酬レベルおよび福利厚生レベルなど市場での競争力があるかどうかの検証が必要であり、それらに対する処方箋が大切であることを、実態を通して考察してきました。調査結果を見る限りにおいては、日系企業の報酬面での競争力は決して高くはありません。ただ、単に賃金を引き上げるのもコストアップの要因であり限界があります。ラストとなる本稿では、中国で厳しい現状に置かれている日系企業が取り得る施策と、日本の本社がどのようなリーダーシップを取るべきかについて取り上げていきます。
最終回 中国で日系企業が勝ち抜くには「与える文化」から「引き出す文化」への転換が急務
中国でも、企業人事の本質である社員のモチベーションを高く維持し、ワクワクする職場形成と会社へのコミットメントを引き出す施策が欠かせません。その時見逃していけないことは、現地社員・労働者の就労観の把握です。下の表は週刊ダイヤモンド(2017年5月27日号)で紹介されていた『日本型人事と欧米型人事』の比較表です。
この表の“プラス中国”は私が付け加えました。“日本型” と“日本以外型”としてもいいのかもしれません。
日本型の企業は社員を終身雇用してゼネラリストに育てるのに対し、欧州(中国)型の企業ではその仕事に適した能力、キャリアを持った人を流動的に採用します。日本においても若い人達を中心に日本型発想と違った、欧州型の感覚を持ちあわせいる層が増えていると思いますが、社会全体はまだ変わっていないのではないでしょうか。
最終回 中国で日系企業が勝ち抜くには「与える文化」から「引き出す文化」への転換が急務
注意したいのは、今後中国において日系企業は、欧州型の人事、つまり仕事ありきで中途採用を推進せざるを得ない環境に入ると想定されることです。ビジネスモデルが変遷している中、新しい人材市場戦略が迫られます。
中国において日本型の採用・育成を実施してきた日系企業は多くあります。今まで採用してきた人材と、新たに欧州型の考えで採用した人材の社内における意識の融合化は、重要な人事戦略になると言えるでしょう。

ここにもう一つ、興味深い調査結果をご紹介します。現在、京都大学 産官学連携本部 特定助教を務める國分圭介氏が永年研究してきた『海外ワークモチベーション調査』です(下図参照)。
中国(205社314,000名)、タイ(98社120,000名)、マレーシア(60社63,000名)、ベトナム(15社32,000名)の各国にある日本(日系)企業で働く労働者の意識について調べ、日本での調査結果と比較しています。
本稿では、調査項目から「(1)勤続意思」、「(2)働く楽しさ」、「(3)能力発揮」の度合い、「(4)将来性」、「(5)上司との関係」、「(6)同僚との関係」の6種類を取り上げてみました。なお、グラフの横軸が就業年数、縦軸が各設問に対する意識レベルです。

6項目のうち「(1)勤続意思」を除く5項目で日本が他国と比べて著しく違う傾向を示しています。この調査研究を実施した國分氏はこのデータを「我慢して働き続ける国、日本」と表現しています。
最終回 中国で日系企業が勝ち抜くには「与える文化」から「引き出す文化」への転換が急務
ここでさらに注目したいのは「(1)勤続意思」、「(2)働く楽しさ」、「(3)能力発揮」「(4)将来性」です。日本人だけ、働く年数(横軸)が長いほどその度合い(意識、興味)が落ちています。
逆に中国人の傾向は働く年数が長いほど上昇しています。別な観点から言えば、楽しく働けていない、そして能力発揮の機会が得られなかった、また上司・仲間との良好な関係が維持できていなかった人材はすでに転職していると考えられる結果です。

また、この研究で意外なのが中国人は「(5)上司との関係」、「(6)同僚との関係」を重視している点です。中国人は個人主義で給与などの満足度が組織忠誠度に大きく影響を与えると思われがちです。しかし、この調査結果では、「中国人の働く動機づけとして、外部的要因(報酬・福利など)、内部的要因(自立・トレーニングなど)に加えて、社会的要因(上司・同僚のサポートなど)が同程度に寄与している」と指摘しています。

中国では上司による支援、コミュニケーションが社員のやる気に相当程度関与しており、日ごろの人事施策においても重要視するべき項目であることを示唆しています。このことは、米国で就職したい会社ランキングトップの評価を受けるGoogle社が、「One on One Communication」を重視しているのが想起され、現地の実態を考えると人事管理においてやり方を見直すときが来ているのではないでしょうか。求められているのは社員に寄り添う施策、コミュニケーションそしてリーダーシップではないでしょうか。

また、人事管理の動きにおいて、最近日系企業で見られるのが、各拠点に任せていた施策を会社(日本本社)の戦略・施策展開も含めて総合的に管理しようというものです。そのためか最近、中国で統括会社の設立が増えています。設立が容易になった背景もあるようですが、会社側の意図は明らかにガバナンスの強化にあり、かつ事業部ごとの戦略で進出し、当時の個別最適化で決められてきたコーポレート機能を見直す動きです。

欧米系企業ではマトリックス経営機能がしっかりしているところが多いことから各コーポレート機能の基本プロセス、基本要求データは本社がしっかりと指導・把握しているのが一般的であるのに対して、日系企業は本社の認識、把握が甘く現地任せが多いというのが実態かと思います。

人事の分野においても、事業再編、事業部間での機能移転など戦略的な事業戦略展開を支援する観点から、そしてそこに働く人材のモチベーションを積極的に高める観点から、本社の指導的役割が求められます。
最後に紹介する資料『日本本社の中国現地法人への関与・認識度』(下図)は、弊社が日本において実施したセミナーに参加者(全員日本の本社に勤務)のアンケート結果です。どの設問でも、現地のことは「任せているのでわからない」といった趣旨の回答が圧倒的に多く、これがホンネだと言えるでしょう。

もちろんこのアンケート結果で全てがわかるわけではありませんが、「本社のリーダーシップはどこにある?」と思わず首を傾げたくなる内容です。現地に投げっぱなしの実態を打開するためにも、統括会社の設立の動きは加速し、機能強化が求められていくのではないでしょうか。その上で求められるのが、機能別管理にもとづく人事施策の展開です。特に上場企業においてはガバナンスの強化、コンプライアンスの確認が一層求められていくのは間違いありません。日本企業における、海外のコンプライアンスの正確な把握は、経営の弱点の一つと言って良いのではないでしょうか。
最終回 中国で日系企業が勝ち抜くには「与える文化」から「引き出す文化」への転換が急務

中国で「引き出す文化」の移行を果たすには本社のリーダーシップが鍵

1970年後半から1990年頃まで圧倒的な技術力とマネジメント力でコンピューター業界の先頭を走っていた日本アイ・ビー・エムが、当時の椎名社長がかけた“Sell IBM in Japan ,Sell Japan in IBM “という号令に従い、社員が一丸となって奔走していた時代を思い出します。日本でIBMを社会の一員として認知させるにはどうすべきか、IBM本社に日本の付加価値を認めさせるにはどうすべきか、に向けてすべて傾注されていたと言っても過言ではありません。そこにはマジックはなく、お客様および社員の満足度をいかにあげるかがマネジメントに課せられた課題でした。米国企業の子会社である日本アイ・ビー・エムは、その主体性を発揮しながらプロセスは本社に同化させ、独自の付加価値を人の活用で発揮していたのではないかと思います。

これまで、中国で活躍する日系企業の実態を労務管理及び社員モチベーション向上の観点からまとめてきました。このような現地での実態が、統括部門である日本の本社において把握出来ていないのではないかという危惧が強く感じられます。

「すべての原動力は“ヒト”にある」ということは、現地の出向マネジメントの方々はよく理解しています。しかし、日々苦悩しているのも事実です。もし、人材戦略で壁にぶつかったら、今一度ギャップを認識・把握してください。企業文化に関わる部分もあるので、一概には言えませんが、「本社が対応して指導的役割を果たすこと」と「進出先での固有の解決を促すこと」をきちんと整理し、最適化に向けてのアクションが求められます。この取り組みそのものが、会社の活性化をもたらし、働きたい会社や職場の形成に大きな寄与をする第一歩であることをご理解ください。

中国においては、合法(法律の要請に準拠)、合理(会社権益を確保する合理性)、合情(情にかなった)を意識して“こと”に当たる必要性が求められると言われます。いわゆる日本流経営が適合するところ、修正が必要なところを明確に理解、把握し現地企業経営が人事でつまずくのを避けていただきたい。そして、是非現状を冷静に把握・分析し、攻めの企業戦略に合った人事施策を策定していっていただきたいと切に考えます。

報酬体系をどのようにするか、次回の報酬はいくら昇給させるか、福利厚生は十分かなど与えるプログラムが重要課題であることは確かなのですが、今後の経営戦略として、この 「与える文化」から、組織への忠誠心・やる気を「引き出す文化」への移行が求められます。すなわち、いかに会社の経営に参加しているかの実感を与え、会社へのコミットメントを引き出すかが、中~長期の成長及び現地での経営の定着化を考えたときに重要です。

日本の本社が、企業文化の展開を含む施策の展開、コーポレート人材の育成、現法社員の働くモチベーション向上などを経営の課題として認識するとともに、リーダーシップを発揮して組織コミットメント(組織と人との結びつき)を高める手立てを打つべきであると、我々は考えます。

今回の寄稿文最終稿をまとめている段階で、日本経済新聞が“平成の30年”特集で『気がつけば後進国』との特集記事を掲載しました。(2018年11月10日版)“現地で優秀人材の確保に苦戦”、“日本独自の雇用慣行が壁に”、“年功の弊害”などなど今回の寄稿のダイジェスト版ととらえることができるかなと一読しました。是非企業としてのアクションに動き出していただければと願うものです。

最後に今回の寄稿は当サイトを運用されているProFuture株式会社代表取締役社長寺澤様のご厚意により、またHRPro編集部の方々の多大なるご支援・ご協力をいただき何とか完了いたしました。この場を借りて御礼申し上げます。
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