周りを巻き込むために(3)_信頼残高を増やす

ところがどんなに相手のメリットを訴えても、なかなか納得してもらえないこともあります。依頼する前に勝負が付いていることもあるのです。
相手が協力依頼に応じるかどうかは、依頼内容だけでなく、依頼する人でも判断します。実際、私どもが実施したインタビュー調査では、「よくわからないけど、この人が言っているのなら間違いないだろう」とか、逆に「言っていることは正しいかもしれないけど、何かありそうだなぁ」という意見が散見されました。
ここでもう一度、図表3に戻ります。最もギャップが大きい項目は、「⑤他部門からの依頼に積極的に応えている」でした。“信頼残高”(注4)という言葉があります。銀行の預金残高をメタファーにした言葉であり、信頼に足りる行動をすれば残高は増え、裏切れば減ってしまいます。図表3は、いざというときに協力を取り付けられるよう、日ごろから信頼残高を増やす努力が必要だということを示唆しているのです。

ケースの堀内マネジャーはどうだったでしょうか。新商品アルファの開発に没頭するあまりに、既存商品の改良や不具合対応を先送りしてしまっていたのです。こうした行動は信頼残高を減少させます。他の部門からの依頼をないがしろにしてきたにもかかわらず、他の部門に協力を求めることは、少し虫が良すぎます。他の部門の人は「いざというときに梯子をはずされるかもしれない」と感じることでしょう。堀内マネジャーが普段から信頼残高を増やすための努力をしていれば、営業部長と生産部長も前向きに知恵を絞ってくれたかもしれません。


注1:Mellström, C. and Johannesson, M.(2008) Crowding Out in Blood Donation: Was Titmuss Right?, Journal of European Economic Association, Vol. 6, No. 4, pp. 845-863.

注2:小田亮(2011)『利他学』,新潮社。カッコ内は著者による追記。

注3:Flynn, F. J. and Vanessa, K. B. L. (2008), If you need help, just ask: underestimating compliance with direct requests for help, Journal of Personality and Social Psychology, Vol. 95: 128-143.

注4:社会心理学者のEdwin. P. Hollanderが1970年代に提唱した信頼蓄積理論を起源にする。また、信頼に関する世界的権威の山岸俊男も、相手に信頼してもらうためには信頼に値する行動をとり続けなければならないと述べている(山岸俊男(1998)『信頼の構造: こころと社会の進化ゲーム』、東京大学出版会)。
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富士ゼロックス総合教育研究所では、1994年より人材開発問題の時宜を得たテーマを選択して調査・研究を行い、『人材開発白書』として発刊しています。
2011年から4年間にわたり、「なぜ戦略は実行されないのか」という問題意識のもと、ミドルマネジャーの役割に焦点を当て、6種類の定量・定性調査を実施しました。分析結果は、各年の『人材開発白書』で報告され、また『戦略の実行とミドルのマネジメント』(同文舘出版)にまとめられています。
本コラムは、これらにもとづいて書かれています。なお、『人材開発白書』のバックナンバーは、弊社のホームページ(http://www.fxli.co.jp/)よりダウンロードできます。

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