なぜ、経営人材へと飛躍できないのか〜行動、意識・思考の転換(後編)

人・組織にかかわる調査報告『人材開発白書』

多くの企業では、経営を任せられる人材の枯渇に悩んでいます。現場をまとめるリーダーから経営リーダーへと飛躍する過程では、どのような障害が待ち受けているのでしょうか。どうすればその壁を乗り越えることができるのでしょうか。前半では、経営リーダーへとトランジションするために変えるべき行動を説明しました。後半では、そうした行動変容をもたらす内面(思考・意識)に焦点を移し、経営リーダーにドランジションするには、内面をどう変えればよいのかを説明します。併せて、そうした内面変化をもたらす「経験」のあり方についても考えます。

2. トランジションに必要な内面変化

「心が変われば、行動が変わる。」

これは、読売ジャイアンツやニューヨーク・ヤンキースで活躍した松井秀喜選手の座右の銘です(注10)。
ここまででは、経営リーダーへとトランジションするために変えるべき行動を説明しました。実際に行動を変えようと思うかどうかには、様々なことが影響します。その1つが、リーダーの内面です。経営リーダーにトランジションするには、内面をどう変えればよいのでしょうか。分析した結果、4つの思考や意識が抽出されました。

2-1. 経営リーダーへの飛躍に必要な4つの内面変化

●関連思考:業務や施策、各組織の目標の関連性を考えながらものごとを決定し、進める。
●本質思考:多くの情報の中から、重要な部分や根本的な部分だけを抜き出して考える。
●個人的意見の留保:自分の経験や自分のスタイルに基づく意見は控え、事実ベースで客観的に考える。
●オーナーシップ:部門の代表という意識を捨て、会社の代表として振舞うよう努める。

2-2. 経営リーダーへの飛躍のポイント

この中で、変えることが難しいものはどれでしょうか。経営リーダーと現場リーダーの現状データ(図表3)からは、「関連思考」と「オーナーシップ」が比較的差が大きいことが分かります。つまり、経営リーダーへトランジションするには、特にこれらを変える努力をする必要がありそうです。
このハードルを越えるためには、どんなことに留意すべきでしょうか。質問項目レベルまでブレイクダウンして、精査しました。

2-3. 「関連思考」の改善

2つのキーワードが浮かび上がりました。1つ目は、経営指標です。多くの経営リーダーは、関連性を定性的に説明するだけでなく、財務指標等の経営指標で語ることに努めていました。例えば、いまこれだけの額の受注が減ったら工場の不稼動損がどのくらい生じ、在庫がどのくらい積みあがるなどです。

そして2つ目のキーワードは、全社業績です。部分的な業績指標で留まるのではなく、常に全社業績(全社のP/LやB/S)に結び付けて考えていました。つまり、「トータルとしてどうなのかを経営指標で考える」ということが、経営リーダーへの飛躍には必要なことだといえます。

2-4. 「オーナーシップ」の改善

ここでのキーワードは、多面的とトレードオンです。
経営リーダーになると、多様な業績目標の達成が求められるようになります。その中には、トレードオフの関係にあるような目標もあります。そして、責任を果たすべき相手は、株主、顧客、取引先、社員など多岐にわたるようになり、それぞれの要望も異なります。あちら立てればこちら立たずというものもあります。
ポジションが上がるほど、相反する目標や期待に責任を負うようになります。現場リーダーであれば、部分的な責任で済むこともあるでしょうか、経営リーダーはそれでは許されません。なんとかして、両立(トレードオン)しなければなりません。経営リーダーのオーナーシップには、矛盾との対峙が内包されているのです。

3. トランジションのために経験すべき仕事

「修羅場体験で、人は覚醒する。」

これは、日立グループをV字回復させた川村隆日立製作所名誉会長の言葉です。同氏は社長に就任する前に不幸にもハイジャックに遭遇してしまいまた。いったんは死を覚悟したものの、偶然同乗していた非番のパイロットの機転で最悪の事態を免れ、そのときに、緊急時にこそ「ラストマン(最終責任者)」にならなければと心に誓ったそうです(注11)。
厳しい経験が人を成長させるという考えは、様々な研究で実証されています。例えば金井壽宏氏(神戸大学大学院教授)らのインタビュー調査では、新規事業・新市場開発などゼロからの立ち上げ、海外勤務、スタッフ部門への異動、悲惨な部門の再構築などが“一皮むける経験”だとしています(注12)。
なぜ、新事業開発や海外勤務などを経験すると覚醒するのでしょうか。この部分は、ブラックボックスのままでした。そこで、覚醒させるような仕事や一皮むけるような仕事には、どのような特性が備わっているのかを分析しました。その結果、5つの特性が抽出されました。

3-1. トランジションのために経験すべき仕事の5つの特性

部下の多さと多様性:非常に多くの部下、しかも能力や価値観が多様な部下を束ねなければならない。
仕事の複雑性:利害が異なる場合もある様々な部門や関係者をまとめ上げなければ、成果が上がらない。
能力的断絶:それまで培ってきた能力や人脈、経験が使えず、また参考にできる前例も少ない。
最後の砦:自分の後ろにはもう誰もおらず、自分のミスは自分で挽回しなければならない。
不確実な中での即断:不明確なことや不得意分野のことでも、先送りせずに決断しなければならない。

3-2. 修羅場につながる3つの仕事特性

これら5つの中で、特に人を覚醒させるようなものはどれでしょうか。内面変化への影響を分析した結果からは(図表4)、「仕事の複雑性」、「最後の砦」、「不確実な中での即断」の3つが、鍵になることがわかりました。こうしたプレッシャーの中で働くことで思考が鍛えられ、また意識転換が促されるのでしょう。
新事業開発だから、海外勤務だから、成長するというわけではありません。確かにこの3つの特性が備わっていることが多いでしょう。しかし、海外勤務をしても、本社の支援の下でルーチンワークをしていては、ほとんど成長できません。反対に国内業務であっても、この3種類の特性が備わっていれば、大きな飛躍が期待できます。仕事の種類ではなく、その仕事に備わっている特性で判断すべきなのです。
経営リーダーへと飛躍するには、こうした仕事を積極的につかみに行く必要があります。たとえそうした仕事が与えられなくとも、こうした心構えで臨むだけでも、大きな効果があるでしょう。
注10:星陵高校時代の恩師である山下元監督より授かった言葉。元をたどれば、哲学者・心理学者ウィリアム・ジェイムズの著作やヒンズー教の教えの中にも、こうした意味が見られる。
注11: 川村隆(2015)『ザ・ラストマン 日立グループのV字回復を導いた「やり抜く力」』角川書店。
注12: 金井壽宏(2002)『仕事で「一皮むける」』光文社新書。
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富士ゼロックス総合教育研究所では、1994年より人材開発問題の時宜を得たテーマを選択して調査・研究を行い、『人材開発白書』として発刊しています。「人材開発白書2018」は、「リーダーシップ・トランジション」をテーマに分析をしました。本コラムはその分析結果にもとづいて書かれています。なお、『人材開発白書』のバックナンバーは、弊社のホームページよりダウンロードできます(http://www.fxli.co.jp/)。
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著者プロフィール

富士ゼロックス総合教育研究所 研究室長/首都大学東京 大学院ビジネススクール 非常勤講師 坂本 雅明

1969生まれ。1992年にNEC入社。NEC総研を経て2006年より現職。戦略策定・実行プロセスの研究に従事。また、戦略策定の研修・コンサルティング、戦略策定合宿の企画・ファシリテーションを担当。一部上場企業の顧問として中計策定や新事業開発、子会社の経営支援にも携わる。首都大学東京では社会人学生向けに戦略策定コースを担当。一橋大学大学院修了(MBA)、東京工業大学大学院博士後期過程修了(博士(技術経営))。
主要著書に『戦略の実行とミドルのマネジメント』(同文舘出版、2015)、『事業戦略策定ガイドブック:理論と事例で学ぶ戦略策定の技術』(同文舘出版、2016)
富士ゼロックス総合教育研究所『人材開発白書』

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