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心の病からの職場復帰ドキュメント −ケースに学ぶリワーク(復職)の実際−

Case No.3
上司の期待に応えられず「うつ」発症、復職方針は3者で検討
*本稿ではプライバシー保護のため状況設定を一部架空としています
卜部 憲

前回までは治療の初期段階での本人に対する家族の対応について紹介しました。今回は職場の上司(メンター)との関係、そして事後の対応についての事例です。

=ケース紹介=
プロフィール

Cさんは不動産会社で営業職として働く28歳の男性です。彼は与えられた目標には猪突猛進で取り組んで結果を出す強みがある一方、仕事のやり方を見直すといった柔軟性にはやや欠けるところがあると職場では評されていました。
Cさんの上司であるD支店長は理系出身で数字に強く、自らの営業職時代には担当地域の世帯所得別人口を分析し、商圏特性に応じた商品の提案営業を進め、全社ナンバーワンの営業成績を残すなど、カリスマと呼ばれた存在でした。
支店長に昇進した後は、部下一人ひとりのレベルに応じて課題を設定し、その出来・不出来に応じて叱咤したり、顧客への提案資料を細かくチェックしたりするなど、厳しい指導を行っていました。その一方、オフタイムでは部下の面倒見も良く、食事をしながら悩みを聞いたり、仕事一辺倒になりがちな部下を誘ってキャンプやスキーに出かけるなどコミュニケーションにも配慮していました。「厳しい面もあるが、D支店長の下では人材が育つ」といった評価が会社の中で定着していました。
入社直後のCさんは別の支店で働いており、D支店長とは新人の育成役(メンター)として接していました。D支店長の面倒見のいい人柄に惹かれたCさんは「いつかは尊敬するD支店長のもとで働きたい」と思い、会社に対して機会があるごとに異動願いを出していました。その働きかけが功を奏し、半年前の異動でD支店長と一緒に働くことになりました。

きっかけ:支店長に認めてもらえない

Cさんから見た以前のD支店長は、仕事やプライベートの悩みを相談してアドバイスをもらえたり、共有の趣味であるスキーの話題で盛り上がったりと、気が合い頼りになる、まさにメンター的な存在でした。しかし、実際に一緒に働いてみると、D支店長の上司としての厳しい指導はCさんにとって未知の体験でした。以前の支店では、支店長からゆるやかな方針は示されるものの、営業活動の進め方は各自の自主性に委ねられていました。しかしD支店長は部下に任せ切りにはせず、お客様への提案資料の内容などを必ずチェックし、都度指導しました。
「どうしたらお客様に響く提案ができるのか、24時間365日自分の頭で考えろ」
「今までの仕事のやり方は忘れろ」
「なるべく少ない情報量で分かりやすく相手に伝える工夫をしろ」
など、どれも的を射た指摘でしたが、Cさんは大変戸惑いました。また、指摘を受けてCさんなりに改善した資料も、D支店長から見ると期待レベルに達していなかったようで、毎回のように差し戻されました。
「どうすればD支店長に満足してもらえる資料が作れるのか、どうすれば認めてもらえるのか……」。Cさんは本人も気づかないうちにD支店長の顔色ばかりうかがう状態になっていました。

発症:涙ながらに不甲斐なさを語る

異動から約1ヵ月半が経過した頃、以前には見られた猪突猛進の元気な姿は影を潜め、Cさんは常に何かを思い詰めているような様子になり、人との接触を避けるようになりました。仕事の能率や正確さも著しく低下し、変化に気づいたD支店長が、Cさんから話を聞いてみると、D支店長から指導を受けても、その期待に応えられない自分に不甲斐なさを感じていること、D支店長の役に立とうと常に考えているのに、かえってその足を引っ張ってしまい申し訳なく思っていることなどを涙ながらに何度も繰り返すばかりで、精神的に追い込まれている様子でした。D支店長は会社の産業医にCさんとの面談を依頼しました。
Cさんと面談した産業医は、すぐさまCさんに精神科での受診を勧めました。診断の結果、Cさんは軽度のうつ病とされ、当分の間休業し、自宅療養を行うことになりました。

治療過程:臨床心理士と二人三脚で

Cさんは、医者から処方された薬を服用しながら、産業医に紹介された臨床心理士のカウンセリングを受けることになりました。臨床心理士はカウンセリングを通じて、Cさんの頭にD支店長に対する自責の念が常にあることがうつ病の大きな原因であると結論づけました。そこで、何も考えずに実施できるヨガやウォーキングなどの軽運動を主体としたプログラムを作成し、Cさんと二人三脚で取り組むことにしました。
プログラムを続けてから1ヵ月が経過する頃には状態の改善が認められました。そこで次のステップとして、新聞記事を読み、その感想を相手に伝えるといったコミュニケーション能力の回復に主眼を置いたプログラムを実施し、さらに様子を見ることになりました。

職場復帰:産業医・人事・上司で3者会談

療養を始めてから2ヵ月が経過すると、Cさんは順調に回復し、職場復帰への希望をよく口にするようになりました。主治医からも「復職可能」との診断書が出されたため、Cさんの復職に向けた話し合いが、人事部門、産業医、上司であるD支店長の3 者間で持たれました。
席上D支店長からは、今回の件については自分に大きな責任があると思っていること、以前と同じようにCさんが働けるようサポートするので、元の職場に復帰させてほしいとの話がありました。これに対して産業医からは、Cさん自身も迷惑をかけたD支店長に恩返しをしたいので元の職場への復職を希望しているものの、Cさんの心の病の原因となった職場への復職はいったんは避けて、本社での軽作業勤務で慣らし、回復状況を見ながら進めることが重要であるとの見解が伝えられました。
その後、3 者で話し合った結果、産業医の意見を尊重して対応を行うことになりました。

=このケースから学ぶ=

今回のD支店長のように、心の病の原因となった当事者が、療養中のお見舞いや対象者の回復支援にあたるケースがありますが、D支店長に対するCさんのように、相手に会うと反射的に自責の念などのコンプレックスを抱いてしまう場合、効果的ではありません。
人事異動に関わる場合には、人事情報として把握されにくい個々の人間関係について現場の他のメンバーや産業医等から積極的に情報を引き出し、事情を把握した上で適正なマッチングを図ることが大事になります。また、既にメンタル面での問題が起こっている場合には、再発防止を心がけ、必要な異動措置を講じるべきではないでしょうか。

(2011.01.17)

卜部 憲
株式会社ベクトル 代表取締役社長

1956年、大阪生まれ。大阪市立大学卒業後、(株)ダイエーに入社。日経連一般職賃金制度部会委員他を歴任し、2001年人事本部副本部長に就任。2003年、(株)ベクトルを設立し、現在に至る。著書に『稼ぎすぎて困る熱血リーダー量産化計画』(幻冬舎)がある。

株式会社ベクトル
「人事のトータルソリューション」をミッションに掲げる組織人事コンサルティングファーム。再就職支援、人事アウトソーシング、教育研修、人材紹介・派遣など幅広く事業展開を行う一方で、独自のハイパフォーマーモデルに基づく「パッション診断」などのWEBソリューションも手掛ける。近年はセミナー開催やHP上でのストレス診断実施などメンタルヘルスケアの領域にも力を入れている。

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※この記事は『月刊人事マネジメント』に掲載された内容を転載しています。
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