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心の病からの職場復帰ドキュメント −ケースに学ぶリワーク(復職)の実際−

Case No.4
昇進の焦りから「うつ」発症、人事の適切なサポートで復職
*本稿ではプライバシー保護のため状況設定を一部架空としています
卜部 憲

これまでの連載では復職時における家族・上司との関係について事例紹介させていただきました。今回は人事担当者がより積極的に関与することで早期復職に成功した事例です。

=ケース紹介=
プロフィール

Eさんは大手システム開発会社でアプリケーション開発職として働く、26歳の独身男性です。どちらかといえば、人とのコミュニケーションが苦手なEさんでしたが、一方で与えられた仕事は自分が納得するまで寸暇を惜しんで取り組み、会社が期待する以上の成果を常に挙げてきたと、ご本人は自負していました。

きっかけ:昇進リストに自分の名前がない

この会社では、入社後4 年経った社員の中から、成績優秀者を順次リーダーに昇進させており、Eさん自身も入社後4 年が経過していたことから、自分自身のリーダー昇進を強く意識していました。
しかし、3 月に定期異動の時期を迎え、会社から昇進者が発表されましたが、同期入社者の名前が並ぶ中でEさん自身の名前はありませんでした。動揺を隠せずがっかりするEさんに対して、周囲は「焦らなくてもいずれ時期が来れば昇進できる」と慰めていました。

発症:焦りから無理を重ねて……

「なぜ同期以上にやっているのに、自分は昇進できなかったのか」「こうなったら今までの2 倍がんばって、自分をもっとアピールしなければ」そう思ったEさんは、1 人でこなしきれないほどの仕事を引き受け、毎日深夜まで仕事をするようになりました。しかし、気がつくと以前は仕事をしている時間がとても楽しく前向きに取り組めていたものが、次第に頭が働かない、何事にも興味が持てないといった状態に変わってきました。また、夜の寝つきが悪く眠りが浅い、食欲もないなどの生活面での変調が起こり、職場では今まで以上に人とのコミュニケーションが減るなどの変化もありました。それでも、本人は気にかける余裕もなく、とにかく全力で仕事に取り組みました。加えて以前は休日になると趣味の写真で気分転換を図っていましたが、この頃から自宅でも仕事をしていないと落ち着かなくなり、こなしきれない仕事を持ち帰るようになりました。
そのような生活を2ヵ月間続けた5月の連休明けのある日、朝起き上がれなくなり、会社を休んでしまいました。
Eさんを自宅に見舞い、その変調に気づいた上司は、近所の心療内科での受診を薦めました。受診の結果、Eさんは「抑うつ状態」で3ヵ月の休養が必要と診断されました。

治療過程:人事担当者が休職をガイダンス

Eさんは診断結果を上司に報告する際、“休職する事態など想定していなかったため、会社を3ヵ月も休んで生活できるのだろうか”“さらに同期との差が広がってしまうのではないか”など、現在不安を抱えている旨を伝えました。上司からそのような経緯を聞いた人事担当者は、改めてEさんと面談を行い、休職期間が3ヵ月で済むようならEさんの有給休暇および病気休暇を充当できるため、給与面での不安がないこと、もし期間が3ヵ月を超えた場合でも、健康保険から支給される傷病手当金で概ね給与の6 割相当が受給できることなどを分かりやすく伝えました。
また、有給休暇や休日残の取得は、労働者の権利であり、今まで仕事一本でやってきた分、しばらくは何も考えずに心身の休養に努めるべきであること、月に1 度は人事担当者がEさんとコンタクトをとってサポートすることなどが伝えられました。
この面談後、速やかに長期休職の手続きがとられ、Eさんは療養に専念することになりました。

職場復帰:リハビリと試験合格で自信回復

療養を開始してから2ヵ月ほど経過すると、Eさんの睡眠・食事などの生活のリズムは規則正しくなり、医師から復職許可が下りました。しかし早く戻りたいと思う一方で、職場に復帰しても以前のようなペースで仕事をやっていけるのか、Eさんは不安に思っていました。復職面談時にEさんからの不安な心境を告げられた人事担当者は、Eさんの自信を回復させることが重要だと考えました。
Eさんの部署では、入社3〜4年目の社員にデータベース関連の資格取得を奨励していましたが、Eさんは仕事が忙しく資格取得ができていませんでした。そこで人事担当者とEさんとが話し合い、休職期間を2ヵ月間延長した上で、その間に就業時間に合わせて図書館に通って復職のリハビリをすること、また目標の一つに「資格取得のための勉強」を取り入れることにしました。
やがて休職期間が満了し、Eさんは以前の部署に職場復帰しました。また前後して、勉強していた資格試験を受験したEさんは見事に合格しました。ほどなく、資格取得を目指す後輩から「どうすれば試験に合格できるのか、アドバイスしてほしい」などといった相談が寄せられるようにもなり、Eさんは自然に自信を取り戻していきました。
その後の定期異動で、Eさんはリーダーに昇進、病気も再発することなく今は元気に仕事に取り組んでいます。

=このケースから学ぶ=

昇進や異動をきっかけに、同期・後輩と自分とを比較し、何とか追いつこうと無理をした結果、心身のバランスを失って長期休職を余儀なくされるケースが見受けられます。このような場合、多くは自分と他者とを職位などの一点で比較してしまうため、焦る気持ちが先行してしまい、その気持ちを何とか処理しようとする心理から無理な働き方をしてしまうことがあるのです。
このような場合、特に周囲からのアドバイスも受けながら、長い職業人生の中での今を客観的に捉え直し、何を行うべきなのかを正しく見極めて行動することが大切になります。
その際は、会社の規則や諸制度に通じ、かつ個々の従業員のキャリア形成のサポートを担う人事担当者が、現場とは違う目線で適切な情報・カウンセリングサポートの提供を行うことが求められます。今回の事例では、休職に際しての経済的条件の説明や休職への動機づけ、療養期間中の定期的な面談サポート、本人の状況に合った職場復帰のための実施事項のアドバイスが、人事担当者から具体的に伝えられ、早期復職に有効に働きました。
心の病に罹る従業員が増加する傾向を踏まえると、正しい理解と知識を持って、本人・上司・家族など関係者に対して適切なアドバイスを提供する役割・機能が重要になってくると思われます。人事担当者がそのようなスキルを身につけていくことが、今後ますます求められてくるのではないでしょうか。

(2011.02.14)

卜部 憲
株式会社ベクトル 代表取締役社長

1956年、大阪生まれ。大阪市立大学卒業後、(株)ダイエーに入社。日経連一般職賃金制度部会委員他を歴任し、2001年人事本部副本部長に就任。2003年、(株)ベクトルを設立し、現在に至る。著書に『稼ぎすぎて困る熱血リーダー量産化計画』(幻冬舎)がある。

株式会社ベクトル
「人事のトータルソリューション」をミッションに掲げる組織人事コンサルティングファーム。再就職支援、人事アウトソーシング、教育研修、人材紹介・派遣など幅広く事業展開を行う一方で、独自のハイパフォーマーモデルに基づく「パッション診断」などのWEBソリューションも手掛ける。近年はセミナー開催やHP上でのストレス診断実施などメンタルヘルスケアの領域にも力を入れている。

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※この記事は『月刊人事マネジメント』に掲載された内容を転載しています。
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