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心の病からの職場復帰ドキュメント −ケースに学ぶリワーク(復職)の実際−

Case No.5
業務負荷が拡大し「うつ」発症、人事主導で職場改善
*本稿ではプライバシー保護のため状況設定を一部架空としています
卜部 憲

今回も人事担当者の役割が重要となる事例をご紹介します。

=ケース紹介=
プロフィール

Fさんは25歳男性。大学卒業後、地元にある大手食品メーカーに就職し、地方営業所に勤務していました。自社の商品を担当地域のスーパーや小売店に納品し、陳列や販促まで担当する、いわゆるルートセールスの仕事です。入社後3年が経過し、まじめで地道な仕事ぶりがお客様から評価され、優秀な成績を上げていました。
Fさんの1 日は、朝8 時頃車で自宅を出て9 時頃から客先を回り、夕方営業所に戻り書類作成や翌日納品分の商品を準備し、夜8時頃に退社し1 時間程度かけて帰宅するといったパターンでした。食事時間は不規則ぎみで、労働時間もやや長い仕事でしたが、実績が評価されるため、本人が不満に思うことはありませんでした。

きっかけと発症:規模の大きな地域を担当し……

新年度に営業所内では担当の見直しが行われ、Fさんはより売上の大きな地域を任されることになりました。今度は今までより範囲が広いため、以前と同じペースで仕事をすると、1 日の労働時間がさらに2 時間程長くなることが分かりました。そこで、Fさんは配送ルートを見直し、業務開始時間を前倒しして、効率優先の働き方に切り替えましたが、労働時間は減らせず、睡眠や食事の時間を大幅に削る結果となりました。
担当変更後、2ヵ月間は何とか仕事を続けられましたが、3ヵ月目のある日どうしても朝起きられなくなり、入社以来はじめて無断欠勤をしてしまいました。その後も欠勤が数日続いたため、上司である営業所長は総合病院での受診をFさんに強く勧めました。
受診の結果、Fさんは自律神経失調症と診断され、3 ヵ月の休養をとることとなりました。

人事担当者の対応:全社的取り組みを開始

事態を受けて、会社の人事担当者はFさんおよび家族と面談し、蓄積した心身の疲労をとるために、十分な休養と規則正しい食事を心がけることを確認しました。
また、他の営業所でもFさんと同様に心の病で休む従業員が発生したため、人事担当者は全社的なメンタルヘルスケアの取り組みが必要と考え、以下を提案し承認を得ました。
(1)会社全体でメンタルヘルスケアに取り組んでいくとの方針を定め全事業所内に周知すること
(2)従業員本人向け、管理者向けの啓蒙・教育に取り組むこと
(3)個々人に適正な業務量が割り当てられるよう、既存者の業務配分の見直しと併せて新規人材の確保等に努めること
(4)心と体の健康管理のために、社内に相談窓口を設置すること
(5)事後申請を認めていた残業を事前申請によるものに変更し、客観的な労働時間管理に努めること

治療過程:週次計画で復職準備に挑む

休業当初は夜になってもなかなか寝付けず、食事も十分にのどを通らないFさんでしたが、3 週間もすると睡眠もある程度とれるようになり、食事も一定量を規則正しく摂ることができるようになりました。その後F さんは主治医の診察時に、「2ヵ月という長い間、休みを取ったら自分の居場所がなくなってしまうのではないか、1日も早く職場復帰しなければ……」など、職場復帰を急ぐ希望を伝えました。しかし、主治医からは「職場復帰に必要な気力・体力面での回復および準備がまだ十分ではない」と診断されました。
その旨、本人から相談を受けた人事担当者は、戻る場所はあるので心配ないこと、休職期間の残り2ヵ月強の間に具体的に目標設定して復職準備に取り組むことなどを提案し、本人合意のもと図表のような週次の計画を立てました。
始めのうちは、朝一定の時間に起きることが難しかったり、自宅周辺を散歩しただけで疲労し寝入ってしまうようなことがありましたが、本人の努力と人事担当者の“無理をさせすぎないサポート”により、2 ヵ月目には安定した生活リズムを取り戻せました。

図

会社の取り組みと職場復帰:

営業中心だったFさんの会社では、全社挙げてのメンタルヘルスケアの取り組みを受けて、自分自身の働き方や周囲へのサポートのあり方について、自然と職場内で議論されるように徐々に変化していきました。このような会社の変化の中で職場に復帰したFさんは、病気を再発させることもなく、以前よりも元気に仕事に取り組んでいます。

=このケースから学ぶ=

今回ご紹介したルートセールス等は、働き方など従業員本人に委ねられている部分が多いため、業務内容や労働時間の管理が疎かになり、気づかないうちに多くの身体的・精神的負荷が掛かり、結果として心の病にまで発展するケースが散見されます。特に営業最優先の組織では、社員のメンタルヘルスケアが二の次になってしまうことがままあります。
大切なのは、企業が安全配慮義務の観点から従業員のメンタルヘルスケアを経営の最重点課題と位置づけることです。メンタルヘルスケアの着実な実行を表明し、従業員一人ひとりが職場やメンバーの健康状態に対する問題意識を高め、心の病の再発防止を図ることが重要で、そのような働きかけは人事部門が主体性を持って行うべきでしょう。
また心と体が健康な状態で、仕事に取り組める環境づくりを行うことは、従業員満足度を高め、働きやすく能力を発揮できる会社づくりのための第一歩です。特に心身の疲労度と関係が深い労働時間の長さや休日の取得状況などについては客観的な管理を行い、変化や問題を早急に察知できる仕組みを築くことも重要です。
同時に、心の病になった従業員に対しては、体力・気力がある程度回復しても、職場復帰を焦らず、今回のケースのように主治医等と協働しながら段階的な目標・計画を設定し、その進捗状況を客観的に確認することで、本人の自信回復を図ることが大切なポイントになります。その際、計画はスモールステップとし、達成しやすいことから始めます。生活リズム・外出・集中力の回復などを中心に取り組めるよう、具体的な提案を心がけたいものです。
このように組織全体への働きかけと個人への働きかけの2 つの視点から、メンタルヘルスケアについて検討を行っていくことが必要ではないでしょうか。


(2011.03.14)

卜部 憲
株式会社ベクトル 代表取締役社長

1956年、大阪生まれ。大阪市立大学卒業後、(株)ダイエーに入社。日経連一般職賃金制度部会委員他を歴任し、2001年人事本部副本部長に就任。2003年、(株)ベクトルを設立し、現在に至る。著書に『稼ぎすぎて困る熱血リーダー量産化計画』(幻冬舎)がある。

株式会社ベクトル
「人事のトータルソリューション」をミッションに掲げる組織人事コンサルティングファーム。再就職支援、人事アウトソーシング、教育研修、人材紹介・派遣など幅広く事業展開を行う一方で、独自のハイパフォーマーモデルに基づく「パッション診断」などのWEBソリューションも手掛ける。近年はセミナー開催やHP上でのストレス診断実施などメンタルヘルスケアの領域にも力を入れている。

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※この記事は『月刊人事マネジメント』に掲載された内容を転載しています。
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