2025年6月、5年に1度の大型年金改正が実施された。改正の最大の目玉は遺族年金制度の見直し。さまざまな仕組みの変更が行われたが、その中で見逃せないのが「高収入でも遺族年金を受け取れる仕組み」が導入されたことである。収入水準の高い経営者にとっては、ぜひ押さえておきたい制度改正といえよう。そこで今回は、新しい遺族年金のルールが高収入の経営者に及ぼす影響を考察したい。
本来、高収入だと遺族年金は受け取れない
日本の年金制度には、遺族基礎年金・遺族厚生年金という2つの給付が用意されている。大切な家族を失った遺族にはこれらの年金が支給され、生活の再建や今後の生活保障に充てる仕組みである。しかしながら、残された遺族に例外なく遺族年金が支払われるわけではない。亡くなった家族に「生計を維持されていた遺族」だけが対象である。具体的には、「年収が850万円未満であること」が遺族年金を受け取れる条件のひとつであり、これを収入要件と呼ぶ。
収入要件は「社会通念上、著しく高額の収入がある場合には、生計を維持されていたとみなさない」という考え方に基づいて設定されている。厚生年金加入者のうち標準報酬月額が高い上位10%の層を「著しく高額の収入がある者」とし、該当者の報酬を年収換算した結果として850万円という金額が決定された。
収入要件を充足できないために、遺族年金を受け取れなかった企業経営者もいることだろう。
高収入の60歳未満の社長に「5年間の遺族厚生年金」が
今回の年金改正では、「60歳未満の者が配偶者を亡くした場合、5年間限定の遺族厚生年金を支払う」というルールが新設された。元来、男性の場合には配偶者を亡くした時の自身の年齢が55歳以上でなければ遺族厚生年金を受け取ることができなかった。しかしながら、改正された制度では自身が55歳未満であっても、5年間の遺族厚生年金が支給される。
加えて、この5年間限定の遺族厚生年金には、その他の遺族年金とは異なり「年収が850万円未満であること」という要件がない。つまり、どんなに高収入であっても、他の要件を満たすのであれば5年間、年金が受け取れるわけだ。
女性が配偶者を亡くした場合も同様である。従来、女性の場合には夫を亡くした時の自身の年齢が何歳であっても、収入要件などを満たせば遺族厚生年金を受け取れた。
しかしながら、今回の制度改正により60歳未満の女性が夫を亡くした場合には収入要件が問われないため、どんなに高収入の女性経営者であっても、他の要件を満たすのであれば5年間、遺族厚生年金を受け取ることが可能だ。
一時的な生活コスト上昇に対応する新制度
具体例で考えてみよう。会社を経営するAさん(55歳、年収1,000万円)は、同い年の妻と2人暮らしである。妻は不慮の事故で他界したとする。この場合、従来の制度ではAさんは遺族年金を受け取ることができない。年収1,000万円のため、「年収が850万円未満であること」という要件を満たせないからである。
しかしながら、改正された制度では60歳未満で配偶者を亡くした場合には、年収額にかかわらず遺族厚生年金の支払いを5年間受けることが可能である。そのため、Aさんは妻を亡くしたことによる遺族厚生年金を、5年後の60歳まで受け取り続けるわけである。なお、高校卒業前の年齢の子を養っている場合には、高校卒業から5年経つまで受け取れる。
一般的に、高収入者は経済的に安定した生活基盤を築いている。しかしながら、配偶者の死亡直後は心理的ショックが極めて大きく、生活面への影響も無視できない。その結果、一時的に生活コストが上昇するなどの事態が発生しやすいものだ。
したがって、従来であれば全く受け取れなかった遺族年金を5年間限定とはいえ受け取れる取り扱いは、短期的な生活再建策として着目すべき制度といえよう。
なお、これまで女性が配偶者を亡くした場合には、遺族厚生年金を生涯受け取ることができた。しかしながら、今回、「60歳未満の者が配偶者を亡くした場合、5年間限定の遺族厚生年金を支払う」という仕組みが設けられたことにより、60歳未満の女性が配偶者を亡くした場合には、男性が配偶者を亡くした場合と同様、原則5年間の受け取りとされた。
そのため、収入要件を満たす女性社長が60歳未満で夫を失うと、従来よりも遺族厚生年金の受け取り期間が短くなる点には留意したい。
配偶者の年金の一部も「有期給付加算」として上乗せに
さらに、5年間の遺族厚生年金には有期給付加算という上乗せも行われる。有期給付加算とは、死亡した配偶者の厚生年金加入期間をもとに「生きていれば受け取れるはずだった老齢厚生年金の額」を算出し、その4分の1の額を5年間の遺族厚生年金に上乗せするという仕組みである。つまり、60歳未満の高収入の経営者であっても、配偶者の死亡によって5年間、有期給付加算が付いた遺族厚生年金を受け取れるというのが、今回の年金改正のポイントである。
改正法の施行は2年後の2028年4月1日から。したがって、同日以降に配偶者を亡くすと、その時の自身の年齢が60歳未満(女性の場合は2028年度に迎える年齢が40歳未満)であれば、新しい遺族年金のルールが適用される。
今回の年金改正では、遺族年金について「生涯の生活保障機能」に加え「短期の生活再建機能」が付されている。企業経営者にとって生活と経営は表裏一体だ。その意味では、経営者として押さえておきたい重要な改正といえよう。


