第56回:幹部の覚醒を促す“配置・抜擢”の技術。経営幹部は座学では育たない――「経験」で育てる構造的フレームワーク

「彼なら安心です」
事業部長への昇格後も順調に成果を上げ、社内外からの評価も高い。営業でも開発でも高い実績を残し、メンバーからの信頼も厚い。そんな人物を満を持して執行役員や子会社の社長へ抜擢したものの、期待したような成果につながらない。このような相談を、私はこれまで数多く受けてきました。

特にWebサービス、SaaS、SIer、受託開発など変化の速いIT業界では、この現象が決して珍しくありません。現場では優秀だった人ほど意思決定が慎重になり、リスクを避けるようになり、周囲の顔色をうかがう場面が増えていくのです。本人の能力が急に落ちたわけではありません。それにもかかわらず、経営という新しい役割の中で、本来の力を発揮できなくなってしまいます。なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。

優秀な部長が経営者になれない理由

理由はシンプルです。「事業をマネジメントすること」と「経営を担うこと」は、似ているようで、本質的には別の仕事だからです。現場のマネジメントでは、ある程度の正解や過去の成功パターンが存在します。しかし経営には、正解が存在しません。限られた情報の中で決断し、その結果に責任を負い続けること自体が仕事になります。だからこそ、経営幹部は知識だけでは育ちません。どれほど優れた研修を受け、MBAで最新の経営理論を学んだとしても、実際に経営者として意思決定を下した経験がなければ、本当の意味で経営者になることは難しいのです。

私は経営幹部育成の本質とは、「教えること」ではなく、「経験を設計すること」だと考えています。さらに言えば、経営者としての視座を獲得するために必要なのは、通常業務の延長線上にある経験ではありません。これまでの成功体験が通用せず、自分の価値観や判断基準そのものが揺さぶられるような「修羅場体験」です。もちろん、“偶然訪れる危機を待つ”という意味ではありません。経営として意図的に、幹部候補が修羅場と向き合わざるを得ない配置や役割を設計することこそが、人材育成における最も重要な仕事なのです。

人は「教わって」ではなく「経験して」育つ

この考え方は経験則だけではありません。人材開発の研究でも、リーダーの成長は実務経験によってもたらされることが繰り返し示されています。

代表的なのが、米国のCenter for Creative Leadership(CCL)のロムバルドらが提唱した「70:20:10」の考え方です。優れたリーダーが成長する要因は、約70%が「実際の仕事経験」、20%が「上司やメンターからの助言やフィードバック」、そして「研修や読書などの座学」は約10%に過ぎないとされています。数字そのものに絶対的な意味があるわけではありませんが、「経験こそが成長の中心である」というメッセージは、現在でも多くの企業で支持されています。

しかし現実には、多くの企業が最も時間と予算を投じているのは、その10%にあたる研修です。外部セミナーへ派遣し、MBAへ通わせ、経営理論を学ばせる。それらは決して無駄ではありませんが、それだけでは経営幹部は育ちません。本当に設計すべきなのは、「どの研修を受けさせるか」ではなく、「どの修羅場を経験させるか」なのです。

IT企業でも同じです。例えばSaaS事業の営業責任者として毎年目標を達成してきた人物を、新規事業責任者へ抜擢したとします。そこでは、これまでのように売るだけでは成果は生まれません。プロダクト開発の遅延、PMFが見えない市場、限られたキャッシュ、親会社からのプレッシャー、採用難――。毎日が意思決定の連続です。この環境で初めて、プレイヤーとしての能力ではなく、経営者としての思考が問われることになります。

修羅場は「種類」を設計しなければならない

では、どのような修羅場であれば、経営幹部としての成長につながるのでしょうか。

私は、経営幹部候補に経験してほしい修羅場には、大きく3つのタイプがあると考えています。それぞれ鍛えられる力が異なるため、できるだけ偏りなく経験させることが重要です。

1.正解のない未来をつくる「新規事業」

1つ目は、新規事業や新サービスの立ち上げです。

既存事業の場合、過去の成功事例や業務プロセスがあります。しかしそれは、新規事業にはありません。市場が本当に存在するのかも分からず、顧客が求めている価値も試行錯誤しながら探していかなければなりません。

特にIT企業では、プロダクトを開発すれば売れるわけではありません。PMF(Product Market Fit)が見えない中で、開発投資を続けるのか、一度立ち止まるのか、価格を変えるのか、ターゲットを変えるのか。毎週のように経営判断が求められます。

ここで鍛えられるのは、「答えを探す力」ではなく、「答えをつくる力」です。経営者とは、正解を知っている人ではなく、誰も正解を持っていない状況で自ら意思決定し、その結果に責任を負う人なのです。その感覚を、新規事業ほど濃密に体験できる場はありません。

2.痛みを伴う意思決定を迫られる「事業再建」

2つ目は、赤字事業や低迷事業の立て直しです。

多くのマネジャーは、「伸ばす経験」は積んでいます。しかし、「縮める経験」を積んでいる人は意外なほど少ないものです。利益を出すためには、コストを見直さなければならないことがあります。事業ポートフォリオを組み替えなければならないこともあります。場合によっては、自分が一緒に働いてきたメンバーの配置転換や組織再編を決断しなければならない場面もあるでしょう。

経営者の仕事は、人に好かれることではありません。会社の未来を守るために、痛みを伴う判断を引き受けることです。この経験を経ずに経営者になると、「嫌われたくない」という感情が意思決定に入り込みます。結果として判断が遅れ、問題がさらに大きくなってしまうケースを私は何度も見てきました。

事業再建は苦しい仕事です。しかし、その苦しさの中でしか育たない経営感覚があります。

3.自分の常識を壊される「組織統合・M&A」

3つ目は、M&A後のPMI(統合プロセス)やグループ会社の統合です。

多くの人は、自分が所属してきた会社の文化や価値観を「当たり前」だと思っています。しかし、組織統合では、その当たり前がまったく通用しません。評価制度も違う。意思決定のスピードも違う。会議の進め方も違う。仕事に対する価値観も違う。その中で、自分たちのやり方を押し付ければ反発が生まれます。相手に合わせ過ぎれば統合の意味が失われます。

必要なのは、「どちらが正しいか」を決めることではありません。新しい組織として、より良い文化を再設計することです。経営とは、異なる価値観を束ね、一つの方向へ導いていく営みでもあります。その難しさを経験できるのが、このタイプの修羅場です。

修羅場は「放り込む」のではなく「設計する」

ここで強調したいのは、「修羅場を経験させること」と「放り込むこと」はまったく違うという点です。

「思い切って任せたから、あとは本人次第」

このような育成は、育成ではなく、単なる放任です。ストレッチアサインメントが成果を生むためには、本人の現在の能力より少し高い難易度であること、必要な支援を受けられる環境があること、そして挑戦を通じて学びを整理できる機会があること。この3つが欠かせません。

難し過ぎれば人は折れます。簡単過ぎれば成長しません。重要なのは、「ぎりぎり手が届く難しさ」を設計することです。これはスポーツのトレーニングともよく似ています。負荷が足りなければ筋肉はつきませんが、過度な負荷は故障につながります。人材育成も同じで、成長は適切な負荷の上にしか生まれないのです。

経験を「持論」に変える時間をつくる

もう一つ、企業が見落としがちなのが、修羅場の後です。

経験は、それだけでは財産になりません。忙しさに追われ、「大変だったね」で終わってしまえば、その経験は単なる苦労話として消えていきます。重要なのは、「なぜ、あの判断をしたのか」、「他の選択肢はなかったのか」、「もう一度同じ状況になったら、次はどう判断するか」を言語化することです。

経験学習で知られるデービッド・コルブも、人は経験そのものから学ぶのではなく、経験を振り返り、意味づけし、次の行動原則へ結びつけることで成長すると述べています。コルブが提唱した「経験学習モデル」は、人が経験から学ぶプロセスを以下の4段階のサイクルで示しています。

●具体的経験(Concrete Experience): 未知の課題や修羅場に直面する
●内省的観察(Reflective Observation): 起きた出来事や自分の判断を客観的に振り返る
●抽象的概念化(Abstract Conceptualization): 失敗や成功から「持論(他の場面でも使える原則)」を導き出す
●能動的試行(Active Experimentation): 得た持論を次の新しい状況で試す

修羅場を与えるだけ(放置)では、単なるトラウマや燃え尽きで終わります。修羅場を通過させ、それを「持論」へと昇華させる「内省(リフレクション)」の仕組みとセットで設計されて初めて、経験学習のサイクルが回転します。

私は、経営幹部の成長とは、「成功体験を増やすこと」ではなく、「自分なりの意思決定原則を持つこと」だと考えています。その原則は、本や研修では身につきません。責任を負い、迷い、失敗し、ときには後悔しながらも、自ら決断した経験だけが、その人だけの経営観を形づくっていきます。

最高の幹部研修は“一枚の辞令”である

企業は、経営幹部を育成しようとすると、つい研修プログラムや教育制度を充実させようと考えます。それももちろん必要ではありますが、本当に経営者を育てるのは、教室ではありません。経営者を育てるのは、責任ある仕事であり、迷いながらも意思決定しなければならない現場です。だからこそ、経営陣や人事に問われるのは、「どの研修を受けさせるか」ではなく、「どの経験を積ませるか」という視点です。

人は経験によって変わります。そして、その経験は偶然を待つものではなく、経営の意思によって設計することができます。経営幹部育成とは、“人を育てる仕事”ではありません。“人が育たざるを得ない経験を設計する仕事“なのです。

その意味で、最高の幹部研修とは、一冊のテキストでも、一流講師の講義でもありません。
未来の経営者へ手渡される、一枚の辞令なのです。