厚生労働省が「職場におけるハラスメント関係指針」において示す、身体的・精神的な攻撃などパワーハラスメントにおける“6類型”の1つに、「過大な要求」があります。厚生労働省は資料の中で、「過大な要求」について「業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害」としています。今回は、なぜ企業においてこの「過大な要求」が起こるのかを掘り下げていきます。
“パワハラ”だと厚生労働省がみなす「過大な要求」。該当する行動や、解決に向けた仕組みづくりとは

「過大な要求」としてパワハラに該当する行動とは

厚生労働省の指針の中で、過大な要求に「該当すると考えられる例」および「該当しないと考えられる例」として、次のような例を挙げています。

【パワハラに該当すると考えられる例】
(1)長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずる
(2)新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責する
(3)労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせる

【パワハラに該当しないと考えられる例】
(1)労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せる
(2)業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せる

「過大な要求」の原因ともなる、パワハラ行為者が陥りやすい“誤った使命感”

従業員への嫌がらせが目的の攻撃である場合には、パワハラに該当するのは当然のことです。そして、「不要なこと」や「遂行不可能なこと」などを従業員へ要求することが、会社の生産性向上に結び付かないのも明白です。

しかし、嫌がらせの意図がなかったとしても、実際の行動が「過大な要求」と見なされてパワハラに該当することは十分に起こりえます。その大きな原因の1つとして考えられるのが、行為者(上司など)が抱く“誤った使命感”です。ここでは、上司が部下に対応するいくつかの場面を想定し、説明していきます。

【例1】部下が「新卒採用者」の場合

厚生労働省の資料にもある通り、「到底対応できないレベルの業績目標」を部下へ課したとします。この上司は過去に、同じように「到底対応できないレベルの業績目標」を部下へ課し、その部下が通常では考えられない激務を乗り越えて目標を達成し、のちに順調に昇進していった経験を持っています。

この場合に、上司は「到底対応できないレベルの業績目標を部下へ課すことが、部下を育成するための必要条件である」という認識を持っており、それが“誤った使命感”につながってしまっていることが考えられます。

【例2】部下が「長期休職明け」の場合

精神疾患などにより、会社を長期休職した部下がいたとします。他の従業員たちの頑張りにより、その部下の休職中の業務をカバーできました。

このような場合に、上司が「他の従業員たちがこれだけ頑張ったのだから、復帰した部下には何倍も働いてもらう」といった“誤った使命感”を持ってしまうと、部下の休職明けの状況をふまえない対応によるパワハラにつながることが考えられます。

【例3】部下の「仕事の成果が不十分」な場合

同じ時給である2人のパートタイマー「Aさん」、「Bさん」がいたとします。Aさんは正職員に値するほどの成果を出しますが、Bさんは平均的なパートタイマーの成果には達していません。

この場合に、上司が「同じ額の給料をもらっているのに……」という“誤った使命感”を抱くことで、Bさんの仕事に対する能力が不十分だと分かっていながら、Bさんに達成することのできないような仕事を与えてしまうことが考えられます。

「過大な要求」の解決につながる、会社として整備すべき“仕組み”とは

パワハラとしての「過大な要求」が疑われる場合、そこに至るまでの経緯を掘り下げていくと、行為者である上司としても、上記の3つの例に挙げたような何かしらの言い分があるかもしれません。最初から嫌がらせが目的である場合を除き、上司が「過大な要求を部下へ強いなければならない」という誤った思考に陥ったことが考えられるのです。

このような誤った思考に陥る要因としては、「上司として他に手段が見当たらなかった」、つまり「会社に問題を解決する仕組みがない」という状況が考えられます。もし、上記の3つの例に関して、会社として次に示すような「仕組み」を備えていれば、上司が「過大な要求」をするまでには至らなかったかもしれません。

【例1】部下が「新卒採用者」の場合に働く仕組み

・新卒採用者に対する研修プログラム
・新卒採用者に対する明確な指導方針
・メンター制度、エルダー制度

【例2】部下が「長期休職明け」の場合に働く仕組み

・全従業員への「メンタルヘルスの大切さ」に関する啓発
・長期休職の従業員の復帰支援プログラム
・人事労務担当者などによる、長期休職の従業員との面談機会

【例3】部下の「仕事の成果が不十分」な場合に働く仕組み

・(仕事の成果が十分な従業員のための)正職員への転換制度
・(仕事の成果が十分な従業員のための)評価制度・表彰制度
・(仕事の成果が不十分な従業員のための)人事異動・業務内容変更の検討

まずは経営トップが「従業員を大切にする」方針を伝えること

上記のような様々な「会社の仕組み」をすべて構築することが望ましいものの、企業にとっては1つの制度を構築するだけでも簡単ではありません

そこで、経営トップがすぐにできる大切なことは、全従業員に対して方針を明確にすることです。「新卒採用者を大切に育てる」、「休職明けも会社が最大限のフォローをする」などのメッセージを伝えるだけで、「過大な要求」を課される従業員だけでなく、「過大な要求」を強いる立場になりやすい上司にとっても、大きなプレッシャーから解放されることへとつながるでしょう。

  • 1

この記事にリアクションをお願いします!