前編の記事(※)では、一般的な人事制度設計の方法、最近話題となっている「ジョブ型」の人事制度の類型などについて解説いたしました。今回の後編では、人事制度の検討の深淵に存在する“対立構造”との向き合い方について解説したいと思います。一般的な書籍などには恐らく載っていない、よりディープな人事制度に関する“哲学的問い”にも触れていきましょう。
「人事制度」の作り方や設計構築に向けて理解しておきたい「職能主義型」と「職務主義型」の違いとは
人事が「等級制度」や「評価制度」などを設計する上で押さえておきたい3つの課題

職種に応じてどの程度細かく「人事制度」を構築していくべきか

前編では、職能型人事制度の流れとして以下(1)~(8)のステップが存在することをご説明しました。では、以下の流れの中で、どこに“哲学的問い”が潜んでいるのでしょうか。

(1)キャリアパスの策定
(2)等級段階・定義・基準の策定
(3)評価体系の策定
(4)評価基準・ロジックの策定
(5)評価プロセス・評価票の策定
(6)報酬体系・水準の策定
(7)給与・賞与等のテーブルや原資管理方法策定
(8)制度移行方針の策定


まず1つは、連載初回の記事(※)でも少し触れました「職種等に応じてどの程度細かく制度を構築していくか?」です。
「人事制度」の目的とは? 仕組みと従業員へのメッセージという二つの側面から解説

これは職能主義型で言うと(1)「キャリアパスの策定」において直面する問題になります。キャリアパスは本来、人の数だけ存在するものかと思います。また職種も細かく刻んでいけば、究極的には課やチーム、ポストの数だけ存在することになるでしょう。多様性を尊重し、こうした細かい粒度で人事制度を構築することも可能です。具体的には、マネジメント系・専門系などのキャリアパスの種類に加えて、研究職、製造職、営業職などの職種(または課)ごとに、等級定義や評価基準を構築していくイメージです。ある意味この粒度を究極的に細かくしていくと、職務主義型の人事制度に極めて近くなります(もちろん人に焦点を当てているのか、職務に焦点を当てているのかの違いはあります)。

ただ、このような制度は職種間等の整合性や公平性の担保が困難で、メンテナンスコストも非常に大きいため、中長期的な形骸化リスクが高まります。一方で、粒度を粗くしてどんなキャリア・職種でも同一の制度とすると、制度の実効性や納得感が下がります。これは絶対的な正解がない問いではあるのですが、制度を作っていく上では答えを出す必要があるでしょう。この場合、どの程度職種の独自性が強いのか、職種間の横断がどの程度あるか等に基づいて落としどころを見つけにいくことになります。
人事が「等級制度」や「評価制度」などを設計する上で押さえておきたい3つの課題

「評価と報酬」をどの程度関連付けるべきか

次にぶつかる哲学的な問いは「評価と報酬をどの程度関連付けるべきか?」です。近年、“ノーレーティング”や“OKR”に代表されるように、評価と報酬の関連性を薄める制度が増加しています。

これは、評価をより育成やモチベーション向上、チャレンジ促進に資するものへと変化させるためです。評価と報酬の関連性が強いと、どうしても「報酬を決定するための評価(考課)」という色が強まってしまいます。その結果、厳しいフィードバックをすべき人に低い評価が付けられない、達成率を高めるために低い目標を設定してしまうなどの弊害が起こりがちです。

ゆえに評価を報酬に反映しないことでその状態を脱却しようという試みです。しかし、こうした手法も万能ではなく、現場のマネジメントの難度を高めることになります。評価が報酬に結びつく場合は、悪い言い方をすれば上司は部下に評価権を振りかざして部下をマネジメントすることが出来ます。

言うなれば、上司は部下に対して「評価を気にしなければ報酬が下がるよ」という暗黙的なプレッシャーをかけることができる訳です。しかし、評価が報酬に結びつかない場合は、そうした権限を上司が持たなくなります。こうなると、部下をマネジメントする力の源泉は、極端に言うと“上司の人間力(リーダーシップ力)”がすべてとなります。こうした環境の下でそれぞれの上司が上手く部下をマネジメントできるかが問われることとなります。この点をどう考えていくかは次の問いにも大きく関連します。
人事が「等級制度」や「評価制度」などを設計する上で押さえておきたい3つの課題

「人と組織のマネジメント」はハードとソフト、どちらの力を使って行うべきか

最後にご紹介する哲学的問いは「人と組織のマネジメントをハードとソフトどちらの力を使って行うか?」です。ここでのハードとは「制度や仕組み等」、ソフトは「上司のマネジメント等」を指します。実はこの問いは、狭義の人事制度だけでなく、広義の人材マネジメントのあらゆる要素に関連してきます。例えば、人材の育成という観点でも究極的には、上司のマネジメント力が高ければ、会社として研修やキャリアステップなどを設定する必要はありません。

また、前述した評価と報酬の関連付けについても、上司のマネジメント力を全面的に信頼出来れば解決する問題です。しかし、組織の拡大に伴って、そうした「性善説」に立ったマネジメントは機能しない可能性が高まります。そこで、理想的なマネジメントが出来ない上司が存在する場合に対処するために、きちんとした制度や仕組みを作る必要が生じるのです。

狭義の人事制度で言うと、具体的な等級定義や評価基準、評価運用のルールを作り込んでいくことになります。しかし、こうした作り込み・具体化を行えば行うほど、皮肉なことに上司のマネジメント力を鍛えられる機会は失っていくことになるでしょう。加えて、具体化は制度の柔軟性を失い、納得感・実効性の低下を招く可能性も高めます。一定規模以上の組織においては、ある程度の基準の明確化は避けて通れない道ですが、過度な具体化は弊害を招く可能性があることも理解が必要です。
人事が「等級制度」や「評価制度」などを設計する上で押さえておきたい3つの課題
ここまで人事制度設計に関する3つの哲学的問いをご紹介しましたが、実はこれ以外にも多くの検討上の問い(対立構造)が存在します。こうした問いは、絶対的な解が無いことが多いため、人事制度設計の方針、ひいては人材マネジメントの方針を明確化しないと、泥沼にはまってしまうこととなります。次回の記事では、こうした人材マネジメントの方針や人事戦略について詳しく解説させていただきます。
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