「ジョブ型雇用」や「同一労働同一賃金」などが注目され、仕事の価値に基づく賃金体系、「職務給」への関心が人事の間で高まりを見せている。そこで問題となるのは、「ジョブ型雇用」はグローバルスタンダード、あるいは欧米先進国のスタンダードであるからわが国も導入すべきという単純な議論が見受けられることである。そこで本講演では、学校法人法政大学 法政大学経営学部教授 佐野 嘉秀氏がイギリス企業(百貨店)の事例をもとに、日本とイギリスを比較した「賃金制度」と「人事管理」を解説。講演の後半部分では、学習院大学 名誉教授/学習院さくらアカデミー長 今野 浩一郎氏をファシリテーターに迎え、両氏によるトークセッションが行われた。

講師

  • 佐野

    佐野 嘉秀 氏

    学校法人法政大学 法政大学経営学部教授

    法政大学経営学部教授。東京大学博士(社会学)。東京大学社会科学研究所助手・特任准教授などを経て2013年より現職。専門は人的資源管理論、産業社会学。近著に日英企業のフィールドワークをもとにした『英国の人事管理・日本の人事管理:日英百貨店の仕事と雇用システム』(2021年、東京大学出版会)など。勤務校の法政大学では学部と社会人大学院(MBA)にて人的資源管理の授業・論文指導等を担当。実態調査にもとづき企業における多様な就業形態の活用や、雇用システムの日英比較などをテーマに研究を進めている。



  • 今野

    今野 浩一郎 氏

    学習院大学 名誉教授/学習院さくらアカデミー長

    1971年3月東京工業大学理工学部工学科卒業、73年東京工業大学大学院理工学研究科(経営工学専攻)修士課程修了。 73年神奈川大学工学部工業経営学科助手、80年東京学芸大学教育学部講師、82年同助教授。 92年学習院大学経済学部経営学科教授。2017年学習院大学 名誉教授、学習院さくらアカデミー長。 主な著書に、『正社員消滅時代の人事改革』(日本経済新聞出版社)、『高齢社員の人事管理』(中央経済社)など多数。

イギリス型「職務給」の実態に迫る――日本型「能力給」との違いを明らかにし、これからの人事管理を考える

職務給の国「イギリス」を例に、日本における賃金と人事管理の選択を考える/学校法人法政大学 法政大学経営学部教授 佐野 嘉秀氏

賃金制度に反映される「価値観の違い」

ジョブ型雇用や同一労働同一賃金など、職務を中心とした人事管理や、職務に応じた賃金としての「職務給」への関心が日本で高まっています。では、実際どのような制度なのでしょうか。具体的なイメージを持っていただけるよう、イギリスの代表的な百貨店を研究した成果をもとに報告します。

まずは、現在日本企業で一般的な賃金制度と考えられている「能力給」と「職務給」との違いを確認します。いずれの賃金制度も、社員の格付け制度と連動しています。つまり、被雇用者を何らかの基準に従って格付けして、対応する賃金水準を設定しているのです。両者で異なる点は格付けの基準。「能力給」は職務遂行能力などの能力の価値、一方、「職務給」は仕事の価値に応じます。異なるのはこの点だけですが、その違いは決して小さいとは言えません。価値観、公正観の違いを反映しています。

具体的には、能力給は「能力が高い人ほど賃金を得るべき」という価値観、職務給は「重要な仕事に就く人ほど高い賃金を得るべき」という価値観です。「賃金制度が異なる背景には価値観の違いがある」という解釈も成り立つでしょう。近年、日本国内でジョブ型や同一労働同一賃金という言葉が普及している背景には、価値観に変化の兆しがあるのかもしれません。

一口に職務給と言っても、具体的には様々な制度があります。ここでは分かりやすさを重視し、大きく2つに分類します。1つは「レンジレート」の職務給、もう1つは「フラットレート」の職務給です。職務給は、職務のグレード(価値)ごとに格付けし、そのグレードに応じた賃金が支払われます。レンジレートの場合は、賃金にレンジ(幅)を設けるため、同じグレードの職務でも人によって賃金が異なります。これの意味するところは、人事評価があるということです。

対して、フラットレートはグレードに対する賃金がフラット(平ら)で、同じグレードの職務であれば、誰もが一律の賃金となります。従って、人事評価はありません。厳密な意味での「同一労働同一賃金」は、フラットレート型職務給です。ただ、イギリスで一般的なのはレンジレートの職務給で、「同一労働同一賃金」と単純には言えないのが実情です。
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