経験したことを自分の成長への糧にする。もし、それが個人ではなく、組織レベルで実践できたら、企業の成長スピードは格段に上がるだろう。そのヒントになるのが、「経験学習」という理論だ。これは、実際に経験したことを振り返り、新たな気付きを得て、次の取り組みに活かしていくという学習方法である。本記事では、「経験学習」について深掘り、ポイントとなる経験学習モデルやリフレクションなどについても解説していく。
「経験学習」の意味やモデル、人事施策に活用するうえでの具体例とは? ポイントとなるリフレクションなども紹介

「経験学習」の意味やフレームワークを紹介

「経験学習(Experimental Learning)」とは、知識を伝えるための研修やトレーニングとは性格を異にし、経験した事柄からどのように学ぶかをプロセス化した概念を意味する。単に経験するだけではなく、経験から新たな気づきを得ることを重視している。それを次のアクションに活かし、より高い成果を導いていこうという考えだ。

●「経験学習」の目的やメリット

「経験学習」の目的とメリットについても説明しておきたい。

「経験学習」の目的だが、これは二つ挙げられる。一つ目が、従業員の能力向上だ。「経験学習」によって、従業員は自らの業務を振り返り、さまざまな気付きを得られ、それを他の従業員と共有しあうことができる。二つ目は、生産性の向上だ。経験した仕事を振り返り、より効率的な方法に進化させていけば、スピーディーにパフォーマンスを高めていけると言って良い。

「経験学習」のメリットは二つある。一つ目は、日頃見落としがちな気付きを得られることだ。普段は振り返ることはあっても、概念化まではしないのではないだろうか。特に、結果を予測できなかった経験であればあるほど、概念化の効果は大きいと言えよう。二つ目が、年代を問わずに有効であることだ。「経験学習」は誰がいつどのタイミングでスタートしたとしても、必ず効果が得られる。特に、グループで現実の問題に対処し、その解決策を立案・実施していくアクション・ラーニングという手法を用いると効果は格段に上がる。さまざまな価値観に触れ、良い刺激を得られるからだ。

●経験学習モデルについて

「経験学習」の代表的な理論とされるのが、米国の教育学者であるデイヴィット・コルブ氏が提唱した「経験学習モデル」だ。これは、以前から提唱されてきた学習理論を実務家にも理解・実践できるようアレンジした理論といえる。経験したことをしっかりと振り返りながら、学ぶ大切さを説いている。コルブは、「経験学習モデル」には以下の4つのプロセスがあると示している。

・経験
最初のプロセスが、経験をすることだ。実際に、何か具体的な経験をすることからすべてが始まる。従業員が多少ストレッチしないと難しい業務(課題)、未経験の業務などに取り組むと良い経験となる。また、予想・予期できなかった結果をもたらした経験も、成長を加速してくれるとされている。

・内省
次のプロセスが内省だ。内省的観察とも言い換えられ、自分自身の行動や経験を俯瞰しながら、多面的な視点・観点から振り返ること、考察すること、意味を見出すことを言う。前提となるのは、その経験から何かを学ぼう、新たな気付きを得ようという、前向きな気持ちがあること。気を付けないといけないのは、どうしても、我々は起こった経験や出来事について客観的な視点で見ることができず、偏った視点になることだ。不本意な結果であった場合には内省さえ避けてしまう傾向がある。アクション・ラーニングなどの手法を用いて、先入観を取り払うようにしたい。

・概念化
三番目のプロセスが概念化となる。経験から学んだものは何かを考え、次回はこうした方が良いのではと仮説を立て、行動を改めていくことだ。内省した内容を抽象的に概念化することで、さまざまな場面や状況でも応用できる知識や教訓に昇華していける。しっかりと概念化できていないと、新たな場面に活かせず、応用も利かなくなってしまう。もし、経験を概念化するのは苦手だということであれば、体系的に整理された既存理論と自分が得た新たな気付きを照らし合わせてみてはどうだろうか。新しい理論を構築しやすくなるはずだ。

・実践
最後のプロセスが実践だ。概念化された理論・教訓を職場で試行、検証しながら、さらなる学びを得ることを言う。理論は実践しなければ意味がない。スピード感を持って、新たな理論を行動に落とし込んでいくことが重要となる。

こうしたサイクルを通じて、人は成長していくことができる。

経験の場を作るための具体例とは

「経験学習」に取り組む上でポイントになってくるのが、経験の場を意図的に作り出すことだ。その具体例として三つの取り組みを説明したい。

●ジョブローテーション

米国の著名ビジネススクール教授のモーガン・マッコール氏は、「経験学習」を人事ローテーション制度に埋め込む方法について説いている。通常の人事ローテーションだと短期的な業績を見込めるが、「そのポストに就くことで、多くのことを学習できる人」という観点で対象者をリストアップするだけでも、長期的には大きな改善効果が見込めるというのだ。

事実、日本的な経営手法が世界から注目されていた頃は、多くの日本企業で後者の観点での人事スタイルが行われていた。その意味では、「経験学習」の重要性を改めて捉え直し、経験を成長への糧とできる人材を対象としたジョブローテーションの価値は大きいといえるだろう。もちろん、そうした人材が経験学習モデルのサイクルをしっかりと回して行けるよう、会社としてサポートしなければいけない。

●研修プログラム

研修プログラムで「経験学習」のプロセスを学ぶのも良策だ。「経験学習」を日々の業務で実践しようと言われても、ほとんどの従業員はどんな流れで行えば良いのかは分からないだろう。そこで有益となってくるのが、現場経験と集合研修をミックスし、経験から学ぶことを主眼とする研修プログラムだ。

その流れは、受講生一人ひとりの学習目標にリンクした経験を実践させ、集合研修を通じて他者からの意見やフィードバックを得たり、関連する理論を学んだりしながら、自分の経験を内省し、概念化させていくというもの。プロジェクト形式の研修もその一例と言えるが、より高い効果を導いていくためにも二つの点を心がけたい。

一つ目が、設定された学習目標に対して、どのような業務や課題を経験させるべきかを整理し、本人にとって適切な経験を提供すること。そして、もう一つが経験したことを内省し、概念化するためにさまざまな領域・視点から、理論や知識を提供し支援していくことだ。

●OJT

具体的経験は、現場で生じることが多い。それだけに、現場で上司や先輩が指導するOJTも、経験学習を支援する格好の場と言える。ただ、OJTが単なる部下・後輩への指導であっては意味がない。本人が、具体的経験を内省するきっかけを何らかの形で提供していくことが重要となってくる。ここで、上司や先輩に必要になってくることが二つある。

一つは、適切な問いかけにより、本人に深く考えさせること。もう一つが、意図通りの答えが返ってこなくても、すぐに正解を言うのではなく、忍耐力を持って相手が気付くのを待つことである。

「経験学習」に取り組むうえで欠かせないリフレクション

「リフレクション(reflection)」とは、人材育成では仕事に対する「内省」、「客観的な振り返り」を意味する。ここでは、経験学習サイクルの鍵となる「リフレクション」のやり方やポイントを解説していこう。

●やり方

リフレクションを適切に行うフレームワークとしてKPT法を取り上げたい。これは、以下の三つの視点から自分の経験を振り返る手法だ。

Keep:できていること、良かった点を続ける
Problem:問題点・課題点を見つける
Try:問題点・改善点に挑戦する


これによって、何をリフレクションすべきが整理され、次に何をしたら良いかも明確に思い描けるようになってくる。

●ポイント

リフレクションの目的は、「間違い・ミス」だけにフォーカスすることではない。次の行動により一層の効果・価値をもたらしていくことである。そのためには、どんな姿勢でリフレクションに臨むかが重要となってくる。具体的には、以下の6点を心がけたい。

(1)自信を持つ
逆境を乗り越えるには、やればできるという自信が不可欠となってくる。

(2)好奇心を持つ
自分自身に対する好奇心がなければ、問いかけもできない。

(3)挑戦する姿勢
挑戦を楽しみながら仕事をすると、経験から多くのことを学べる。

(4)前向きな姿勢
批判的な声にも真摯に耳を傾ける度量の大きさが不可欠。

(5)変化を楽しむ姿勢
マインドや行動などの変化を快く受け入れられる心を持つこと。

(6)傾聴する姿勢
他者からのフィードバックも貴重な糧となってくる。

これらの観点から、リフレクションを実践できれば充実した学びになると言って良いだろう。

「経験学習」を人事施策にどう活用していくべきか

次に、「経験学習」をどのように人事施策に活用していけば良いのか説明していこう。

●人材育成

「経験学習モデル」が最も活用されるのは、人材育成だ。経験したことを振り返り、概念化していくことで他の局面でも応用できるような知識が得られるからである。

例えば、人事部で行う研修であれば、研修を内省の場として位置付けてみるのも良い施策だ。社員の経験を知識に変換しやすくなるからだ。また、営業部門での取り組みであれば、顧客にプレゼンテーションを行った後には必ず振り返りの時間を設けることで、改善できたことや上手くできた点を知識に変換することが可能となる。

●評価制度

全社視点で「経験学習」を促進するには、評価制度に「経験学習」を取り入れることが良策だ。具体的には、評価制度にプロセス評価を取り入れ、定期的に面談を行ってみてはどうだろうか。面談の場で目標に対してどこまで到達できたのか、逆に到達できなかったとしたらなぜかを振り返ると、社員の成長につなげていける。

●ナレッジマネジメント

社会が大きく変化しつつあるなか、社内で培ってきた知識を共有しようという動きも高まっている。いわゆる、ナレッジマネジメントだ。直面する課題をスピーディーに解決していくためには、自分一人の知識だけではどうしても限界がある。社内で蓄積し、何かあれば応用できる仕組みを作っておく必要がある。

「経験学習」に取り組む企業事例を紹介

「経験学習」を導入し、従業員の成長につなげている企業事例としてヤフーを紹介したい。同社では従業員一人ひとりが経験から学び、成長につなげていくことを支援している。具体的には、長期的な目標に対する実践を振り返る評価制度や週に1度のペースで部下の内省を支援する1on1ミーティングを実施している。また、直属の上長だけでなく関連部署の役職者が集まり、人材育成カルテを基に従業員一人ひとりの中長期的な育成方針を検討する人財開発会議も開催している。このように、ヤフーでは長期的なサイクル、短期的なサイクルの両面から経験学習モデルを回し、会社のパフォーマンスを高めていこうとしている。
「経験学習」は、経験したことを深く省察することで新たな気付きや学びを得る学習方法だ。何かを経験した後、その内容を省察し、得られた知識を概念化、そしてまた実践するというサイクルをたどる。これを日常的に繰り返すことで、能力の向上や成長につなげることができる。最初はなかなか慣れないかもしれないが、意識し続けていくなかで習慣化されてくるはずだ。それが、より多くの従業員に広がっていけば、組織のパフォーマンスは確実に高まると言えるだろう。もちろん、「経験学習」が組織に定着・浸透するまでには時間が掛かる。継続的に見守っていく必要があると言える。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!