業務時間内の実務を通して社員育成を行う「OJT」は、新卒や中途入社者、部門異動者に対する教育手法として多くの企業で積極的に取り入れられている。本記事では、企業や人事担当者から現場の「OJT」をマネジメントする際に知っておきたい基本的な「OJT」の手順に加え、効果を高めるための計画的な進め方や成功のポイント、さらには現場の指導者が心得ておくべき実践的なノウハウなどを紹介する。
OJT

「OJT」の基本的な進め方とは

「On-The-Job Training」の略称である「OJT」は、上司や先輩社員が指導役となり、実際の職務現場の実務を通して部下や新人社員に業務の流れや必要な知識・技術・ノウハウなどを伝えていく人材育成手法を指す。

座学研修や集合研修など、教育のために特別な時間を設ける「OFF-JT」と比較して、個人のスキルや習熟度に合わせた指導が可能であり、社員の早期即戦力化や指導役側のマネジメント力の強化、教育コストの削減といった様々なメリットが期待できる。



「OJT」による人材育成は、以下で説明する「Show(やってみせる)」「Tell(説明する)」「Do(やらせてみる)」「Check(評価・追加指導)」という4段階のフェーズで進めていくことが基本となる。

●Show(やってみせる)

まずは指導者が実際の業務をやってみせることで、育成対象者に業務の具体的なイメージを持ってもらう。

●Tell(説明する)

指導者が実際に目の前でやってみせた業務の意味や背景について丁寧に伝える。その後、育成対象者からの質問を受け付けることで業務への理解を深めてもらう。

●Do(やらせてみる)

指導者がやってみせた業務を、今度は育成対象者にやってもらう。

●Check(評価・追加指導)

「Do」でやってもらった業務の出来不出来を踏まえた上で反省点や改善点を伝える。「Tell」の段階で伝えきれなかったノウハウなどもあわせて教えていく。

「OJT」の効果を高めるための6つのステップ、手法を解説

(1)「OJT」の目標を設定する

「OJT」の効果を最大限に高めるためには、会社や人事側が現場の責任者や上司と共に目標設定を行うことが重要になる。「OJT」の計画立案や実行を現場任せにせず、会社が社員に求める理想の人物像と、現場が社員に求める知識やスキルなどの業務遂行能力について事前に認識を合わせておく。そうすることで、会社と人事と現場が一体となって、戦略的かつ効果的な「OJT」を推進するための体制を整えておきたい。

(2)育成対象者の現状を把握する

職種や階層、経験年数、個々の能力によって育成内容が異なるため、「OJT」を行う際には、事前に育成対象者の状態を十分に把握しておく必要がある。新卒社員であれば基本的な業務知識やスキルの習得から始める必要があるほか、中途入社者であっても業界経験や職種経験、習得しているスキルのレベルによって育成内容は大きく変わってくる。

(3)「OJT」指導者(トレーナー)を選出する

「OJT」の成否において指導者の選出は非常に重要な要素となる。指導者が育成対象者と年齢の近い社員であれば円滑なコミュニケーションが期待できるが、その一方で指導者側の経験不足によって効果的な指導やアドバイスが行えない可能性も高まる。

そのような場合は指導者側の状況・能力も把握した上で、指導担当者のサポートを行う「OJTリーダー」などの役割配置も考慮しておきたい。また、育成対象者が萎縮してしまうと不明点や疑問点を解消するための質問が減って「OJT」の効果が薄れてしまうため、一般的に指導者として選出する社員は、多様な人物とのコミュニケーション能力に長けた寛容な人物が望ましいとされている。

(4)「OJT」の計画の立案する

指導担当者と育成対象者の間で以下4点の項目を中心に擦り合わせを行う。

・現状の課題(現状レベルの把握)
・「OJT」で実現すべき目標レベルの確認
・目標レベルへの具体的な達成方法
・目標レベルに到達するためのスケジュール


育成対象者が業務に対して一定のスキル・経験を持っている場合は、各スキル習得に向けた目標を段階的に設定することで、より効果的な教育が可能になる。一方、新卒者や業務未経験者は、業務の流れや詳細を理解していない段階であるため、育成対象者の状況などを十分に理解した上で指導者側が目標設定そのものをリードしていく形になる。

また、実際の「OJT」がスタートした後も育成対象者の状況や業務習熟度の様子を確認しながら、必要に応じて目標レベルやスケジュールを柔軟に変更していくことが望ましい。

(5)「OJT」計画を実行する

実際の職務現場の業務を通じ、前述の「Show(やってみせる)」「Tell(説明する)」「Do(やらせてみる)」「Check(評価・追加指導)」を実行する。最初は難度の低い業務からスタートし、少しずつ段階を経ながら難度の高い業務や応用的な業務に移行していくことがセオリーとなる。とくに育成の初期段階では、対応が難しい業務や過度なプレッシャーがかかるような責任の重い業務を任せることは避けるべきである。

(6)育成対象者へのフィードバックを行う

現場での「Check(評価・追加指導)」に加え、1日に一回、あるいは週に一回程度は、育成対象者へのフィードバックを行う時間を確保しておきたい。フィードバックの場では、事前に設定した目標レベルやスケジュールと照らし合わせながら「できたこと」「できなかったこと」「できるようになるために何をするか」を確認し合う。

また、現場ではできない指導やアドバイスを行うとともに、育成対象者の業務に対する質問や疑問、感じている悩みに対して丁寧に答えていくなど、メンタル面でのサポートも併せて行うことができれば効果的だ。



「OJT」を成功させる3つの進め方のポイント

「OJT」による人材育成を成功させている企業には、「意図的」「計画的」「継続的」という3つの共通点がある。「OJT」を実施する現場はもちろん、会社として戦略的な「OJT」を進めるために、経営陣や人事側も意識しておくべき重要なポイントになる。

(1)意図的

「OJT」を実行する意図・目的をしっかり認識した上で遂行すること。会社や人事、現場が「OJT」によって目指すべき姿、育成したい人物の未来像を明確にしておくことが重要である。また、指導者側と育成対象者側の双方に対しても、「OJT」の目的や目標、習得すべき知識・スキルを具体的に伝えておく必要がある。

(2)計画的

事前の計画やスケジュールに基づいて「OJT」を実行すること。「OFF-JT」に比べて現場任せになりがちな「OJT」だが、経営層や人事側も現場と共に計画立案に参加することが望ましい。

また、現場での「OJT」実施に際しても、指導者と育成対象者が目標レベルに到達するまでのスケジュールを共有し、計画的な知識・スキル習得を目指していくことが重要だ。当然、進捗には個人差があるため計画通りに進まないケースもあるが、その際、指導者側はスケジュールや指導方針に関して柔軟な対応を心がけるとともに、経営・人事・現場の三者間で対応策や改善策について協議することも必要になる。

(3)継続的

一定の期間、継続的に「OJT」を行うこと。また、「OJT」終了後も「OJT」の延長線上にあると考えて教育・育成を続けていくこと。習熟に時間がかかるスキル・技術に関しては、「OJT」の期間を長く設定することに加え、「OJT」終了後も上司や先輩社員が継続的に後輩を指導していけるような制度・環境の整備、社内文化の醸成が重要になる。

現場で困らない「OJT」のやり方のコツを一挙紹介

どれだけ入念な計画・準備を重ねていたとしても、いざ現場で「OJT」をスタートしてみると、思うように進められず、期待通りの効果が得られないことも珍しくない。ここでは「OJT」で発生しがちな問題を取り上げ、基本的な解決方法を紹介する。

●育成対象者が指導を素直に聞き入れない

中途入社者など、実務に対して一定の知識やスキル、経験を持っている育成対象者は、指導担当者による指導を素直に聞き入れたがらない場合がある。原因としては、「OJT」を成功させる3つの進め方のポイントのうちの一つである「意図的」の欠如が考えられる。

同じような業務内容であっても会社や現場によって異なる業務フローや業務ルールを設定している理由を丁寧に説明するなど、「なぜ、このやり方を覚えてもらいたいのか」という意図をしっかりと伝え、納得してもらうことが重要だ。

●育成対象者がモチベーションを持って取り組んでいない

「OJT」は社員の育成・教育手法の一つであるため、指導者側が主体になりがちであり、育成対象者が積極性を持って取り組めていないケースも少なくない。

このような状況を防ぐには、「OJT」がスタートする前段階で育成対象者が思い描く「会社や組織での自分のありたい姿」や「将来のキャリアプラン」などをヒアリングし、その実現のために必要な知識・スキルの習得を「OJT」に組み込むことが効果的だ。どのような形であれ、育成対象者の「将来のありたい姿」のために必要な取り組みであることを意識させることが大切である。

●指導担当者の能力任せにならないようにするには

「OJT」では育成の成否が個々の指導者の能力に依存してしまうことも多い。このような状況を防ぐためにも、会社や人事側は「OJT」の計画段階から現場と積極的に関わり、指導者側のスキルアップを目的とした研修の実地や、指導手順をマニュアル化するなど、指導者の能力だけに依存しない「OJT」のマネジメントを展開していく必要がある。

また、会社や人事側、現場の上長などが、指導者の選定段階で指導候補者の得意・不得意分野を正しく把握し、育成対象者との適切なマッチングを図ることも重要だ。

●「OJT」終了後、育成対象者が期待通りに成長していない

計画段階から過度な効果を期待し過ぎている場合のほか、「OJT」を実施したものの、育成対象者に対する十分なフィードバックを実施できていない場合、このような問題が発生しがちである。解決策としては、フィードバックの実施回数を増やしたり、フィードバックの内容を改善したりすることに加え、「OJT」終了後も定期的なフォローアップ研修を行うことなどが挙げられる。会社と人事、現場の三者が、「OJT後も継続的な教育・育成施策を続けていく必要がある」という共通認識を持っておくことが大切だ。

●放置を防ぐには

「OJT」とは名ばかりで、現場に配属された新卒社員や中途入社者が、ほとんど指導を受けられずに放置されているという事態も見受けられる。「OJT」は現場の実務と並行して行われるため、指導担当者が多忙な場合に発生しがちだが、放置された育成対象者のモチベーション低下や早期退職へとダイレクトにつながってしまうため、人事側としては何としても防がなくてはならない事態だ。

問題解決のためには「OJT」のマニュアル化や計画書の作成と実行の徹底が挙げられる。たとえば「OJT」計画の中に指導者と育成対象者のコミュニケーション機会を半強制的に設定し、人事や現場上長がしっかり管理していくことも解決方法の一つとなる。

●自信を失っている育成対象者への対応

現場の業務を通して行われる「OJT」で大きな失敗をしてしまった育成対象者は、「自分には素質がない」と決めつけてしまい、成長することを諦めたり、会社を辞めてしまったりするケースも珍しくない。新しいことを身に付けようとしている段階での失敗経験は、不安と消極性を助長し、さらなる失敗を引き起こしてしまう原因にもなる。その場で叱責やアドバイスをするだけでなく、フィードバックの機会などを通して丁寧なフォローアップを行うことを心がけたい。
今やほとんどの日本企業で日常的に取り入れられている「OJT」だが、人事部門が企画・運営を担当することの多い「OFF-JT」と違い、「OJT」については完全に現場に任せてしまっている人事担当者も少なくないはずだ。実施については現場主導にならざるを得ない「OJT」だが、今回記したように、少なくとも計画段階においては人事部門の積極的な関与がなければ成り立たない制度である。経営陣と人事、現場が一体となって「OJT」に取り組む体制を構築することができれば、「OJT」による教育・育成効果は間違いなく向上していくはずだ。

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