先輩社員が“助言者”となって、仕事や生活に関する悩みの相談に乗り、キャリア形成をサポートし、新人・若手社員の成長を促す「メンター」制度。働き方の多様化が進み、人材不足が叫ばれ、技術革新が加速する現代において、導入する企業が増えている人事施策である。ここでは「メンター」制度のメリットやOJTとの違い、企業事例、注意すべきポイントなどについて解説する。
新入社員の教育や成長に必要な「メンター」の意味や役割とは? 制度の中身以外にも企業事例やOJTとの違いを紹介

新入社員の教育や成長に欠かせない「メンター」の意味や役割とは?

「メンター」とは、日本語に訳すと「助言者」や「相談者」といった意味を持つ言葉だ。その名の通り、新入社員・若手社員に助言を与える、あるいは相談に乗ることを通じて成長を促す人物を指す。厚生労働省発行の資料では「キャリア形成上の課題解決を援助して個人の成長を支えるとともに、職場内での悩みや問題解決をサポートする」役割を果たすものとされている。一方、相談に乗ってもらう側の新入社員・若手社員は「メンティ」と呼ばれる。

●「メンター」が果たす助言者・育成者としての役割

「メンター」は、直接の上司・先輩ではなく、別の部署から選ばれることが多い。上司ではないため、「メンティ」に仕事を与えたり、業務そのものの指導をしたりすることはない。「メンティ」から仕事上・生活上の悩みを聞きながら、社会人としての姿勢や仕事の意味を考えさせ、企業理念を説き、助言を与え、キャリアに関する希望や目標を引き出し、さまざまな点で手本となり……といった関わり方を通じて、新人・若手を教育、育成することが大きな役割だ。

●「メンター制度」とOJT制度との違い

多くの企業が導入しているOJT(On-the-Job Training)制度は、実務を通じての職業訓練と教育で、実践的な内容となるのが特徴だ。指導役となるのは直接の上司や同部・同課の先輩だ。新人・若手とは“縦”の関係で結ばれ、交わす会話は主として指示や命令、業務報告などとなる。

「メンター」が受け持つのは実務的なトレーニングではなく、より広範で、精神的な部分にまで及ぶ助言と支援、すなわち「メンタリング」だ。「メンター」と「メンティ」は、部署をまたいだ先輩と後輩など“斜め”の関係で結ばれ、交わす会話は、雑談レベルの気軽なコミュニケーション、あるいは直接の上司には話しにくいこと、私的な問題なども含まれることになる。



「メンター」が必要とされるようになった背景とは?

以前は、直接の上司・先輩が実務を通じて新人を鍛えながら「メンター」としての役割も果たしていた。だが近年は、さまざまな要因から別途「メンター」が必要とされるようになっている。

終身雇用制度の崩壊、労働時間の短縮、人手不足、早期離職率の上昇などが問題となっている現在、時間をかけて新人を育てることは困難だが、迅速かつ効率的に新人を戦力化することが現場には求められている。にもかかわらず社員教育にかけるコストは縮小傾向にあるのが現実だ。

一方、新人・若手からすれば、上司や先輩に何でも相談できる環境に恵まれず、自分は今後どのような道を歩み、どう成長していくのか、展望を描きにくい状況であるといえる。

そこで、一歩離れた“斜め”の関係から相談や助言にあたる「メンター」の出番だ。日々の業務から離れた細やかなサポートとアドバイス、企業としてのマインドや組織風土の伝承、モチベーションの刺激、メンタル面のケアなどによって、新人・若手に成長を促すのである。また「メンティ」から見れば「メンター」は、ある意味で社内ネットワークそのものであり、組織に属している安心感につながる存在ともいえる。自身のキャリア形成を考えるうえで、ロールモデル=手本ともなってくれるはずである。

「メンター」制度にはどんなメリットがあるのか?

「メンター」制度は、新人・若手の成長以外にも企業に大きなメリットをもたらしてくれる。

●企業にとってのメリット

「メンター」の存在は「メンティ」に安心感を与え、メンタルヘルス対策にもなることから、離職防止策としても機能する。「メンター」の役割を担う入社数年~中堅の社員に後輩・部下のマネジメントを経験させる効果もある。

また厚生労働省では『女性社員の活躍を推進するためのメンター制度導入・ロールモデル普及マニュアル』を発行し、「メンター」制度を女性活躍推進の重要なカギとして位置づけている。「メンター」制度に対する助成金も『人材確保等支援助成金』という形で用意されているように、「メンター」は、人材の定着に寄与するものとしても推奨されているのである。

●「メンティ」にとってのメリット

前述の通り、「メンティ」は「メンター」の存在によって安心感を抱くことができる。社内ネットワークである「メンター」との関りによって、他部署の様子や先輩たちの通ってきた道を知ることも可能だ。とりわけ仕事に行き詰まった時や、自部署に年齢の近い同僚がいない場合、「メンター」が心の拠り所となり、自身の働き方や今後のキャリア、ワークライフバランスなどを考えるきっかけにもなるだろう。会社組織や職場環境への適応もいち早く進むはずだ。

●「メンター」にとってのメリット

「メンター」には、その責任感から生じるモチベーションの向上が期待できる。コミュニケーション能力も磨かれ、部下・後輩のマネジメント能力もスキルアップするだろう。助言や指導が「メンティ」の成長につながれば自信となり、「メンター」自身も成長することができる。

「自分にはどんな助言ができるか?」と考えることは、これまでの職歴、身につけた技術・知識、成功体験・失敗経験を振り返ることになる。その過程で自分の強みや弱点、現在の立ち位置を見直し、今後のキャリアを考えるきっかけともなるはずだ。

「メンター」に適している人材の要件とは?

「メンター」になるために、特に資格などは必要とされない。各企業が独自の判断基準で任命することになるが、主として以下のような資質が求められるといえる。

●観察力・聴く力・受容力・コミュニケーション能力

「メンター」は、まず「メンティ」の現状を正しく理解・把握しなければならない。細かな観察力や共感力、「メンティ」が話したいと思っていることを引き出す力、聴く力、予想外の話題を受け止める受容力などが求められる。

そのうえで、一方的に自分の話を押しつけるのではなく、課題について「メンティ」とともに考え、気軽に話せる雰囲気を作り、信頼関係を構築し、適切な支援で成長へと導く、総合的なコミュニケーション能力が、なによりも重要となる。

●適度な経験値と成長意欲

「メンター」は、「メンティ」とは別の部署から選ばれることが多いが、担当業務が完全に異なる場合、「メンティ」の現状把握・心情理解は困難となる。「メンティ」と近い業務に従事している者、過去に同様の業務や立場を経験したことのある者がベターだ。

●「メンター」の役割に対する理解度・責任感・成長意欲

「メンター」は「メンティ」と年齢の近い社員が選ばれることが多い。新人や若手の心情を理解しやすく、同じ目線・立場に立ってコミュニケーションを図れるためだ。半面、年齢の近い後輩をライバル視して高圧的に接したり、適切な助言を与えたりしない、といった恐れもある。

若手・新人の成長を支援することは、会社としての体力も上げることになる。この経験は自分自身の成長にもつながる。そうした意義を十分に理解している人物でないと「メンター」は務まらない。また「メンタリング」での会話内容、「メンティ」から得た個人情報や業務上の秘匿情報などを軽々しく口外しない“口の堅さ”も求められる。

「メンター」制度を活用している企業事例

「メンター」制度を導入している企業は増えているが、その目的や効用は多種多様で、単に若手・新人の成長を促すだけでなく、さまざまなメリットを職場や従業員に及ぼす人事施策だといえる。

●就業スタイル特有の問題を解決へと導く(高島屋)

百貨店=大型小売店という業態の高島屋では、従業員の多くがシフト制で勤務している。それゆえOJTを機能的に運用することが難しく、社内でのコミュニケーションも希薄になっていた。この課題を解決するため、入社4年目の社員を「メンティ」、入社10年目前後の社員を「メンター」にすることで、能力開発、主体的なキャリア形成、マネジメント力の向上を促進している。

●女性社員の活躍を推進する(ネスレ日本、キリン)

女性は、結婚、出産・育児、介護といったライフイベントと仕事との関係、いわゆるワークライフバランスが大きな問題となりやすい。そのため、女性社員のキャリア形成を「メンター」制度で支援する企業が増えている。

ネスレ日本は、女性社員向けの『メンタリングプログラム』に取り組んでいる。さまざまなライフイベントや仕事を経験してきた役員・管理職が「メンター」となって女性社員に助言するという取り組みだ。と同時に出産・育児休業制度の拡充などで女性社員を手厚くサポートした結果、同社ではマネージャー職の女性比率を40%以上にまで高めることに成功している。

またキリンホールディングスでは“メンティが次のメンターとなる”『メンタリング・チェイン』によって、女性総合職の継続就業や女性経営職のキャリアアップを促進させている。この取り組みの結果、同社では総合職女性社員の5年目離職率が大幅に低下、女性経営職比率の上昇も実現させた。

●若手が上司を教育する「リバースメンター」(GEジャパン、P&Gジャパン、資生堂、アクサ生命保険など)


現代社会での子育ての難しさ、スマートフォンやSNS活用などのITスキル、最新の流行といった“いま現場で起こっていること”は、経営判断において重要な意味を持つものだ。が、役員や上級管理職がこれらを肌で感じ取ることは難しい。

そこで、「メンター」と「メンティ」の年齢関係を逆転させた「リバースメンター(逆メンター)」と呼ばれる施策が広まりつつある。若手・部下が「メンター」となり、役職者・上司の「メンティ」に“いま現場で起こっていること”や“現代社会での常識”を教授するもので、GEジャパン、P&Gジャパン、資生堂、アクサ生命保険などが実践している。厳密な意味での「メンタリング」とはいえないが、役職者・上司、若手・部下、双方の成長を促すとともに世代間ギャップを埋めるための取り組みとして注目を集めている。

「メンター」制度の導入・運用にあたって注意すべきポイントとは?

組織にさまざまなメリットをもたらす「メンター」制度だが、効果的な運用のために注意すべきポイントも多いことを認識しておかなければならない。

●全社的な推進体制の構築

制度として発足させる前に、まずは経営層から実際の制度運営にあたる人事部、現場のマネージャー、「メンター」や「メンティ」になる可能性のある社員まで、「メンタリング」の趣旨・目的・内容・効用を理解しておかなければならない。

「メンター」および「メンティ」の選出とマッチング方法、実施頻度と実施時間、業務に支障をきたさないための方策、「メンタリング」において話す内容、実施記録・進捗確認のためのフォーマット、守秘義務といったガイドライン/運用ルールの制定と周知徹底も必要だ。

●研修などを通じた「メンター」の育成

「メンター」に適した人材要件は前述の通りだが、それらを満たすだけでは不十分。研修によって、コミュニケーション能力など「メンター」に求められる資質を底上げし、「メンタリング」についての理解を深めることが重要だ。できれば「メンティ」となる社員を対象とした研修・説明会も開催するのがベターだろう。

●目的の明確化と効果測定

漫然と「メンター」制度を続けるのではなく、有効な人事施策として継続していくために、“効果が出ている”ことがわかる基準値(数値目標)を設定しておきたい。若手の離職率をモニタリングしたり、サーベイによってエンゲージメント/モチベーションの変化を測定したりすることなどが考えられる。

●「メンター」のケア

「メンター」の役割は多岐に渡り、通常の業務とは別に時間と労力を割いて、後輩を成長させなければならない。体力的にも精神的にも負担を強いることになるため、制度運用にあたる人事部や上司などが「メンター」をケアすることも忘れてはならないだろう。


以上の各点に注意しつつ、また自社の企業風土、従業員の構成、組織の現状など、さまざまな要素に配慮しながら、適切・柔軟・効果的に「メンター」制度を運用し、社員の成長を促して、企業組織としての体力強化を目指していただきたい。
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