コロナ禍を契機として始まった「ジョブ型」をめぐる議論は、2021年が明けてもまだ続いている。今度こそ「日本型雇用システム」は終焉を迎え、「『ジョブ型』雇用システム」が日本企業のスタンダードとなるのではないかという観測があるからだろう。私たちが「ジョブ型」を正しく理解し判断することの必要性は、一層高まっている。いま、日本で、多くの企業が「ジョブ型」とは何かを理解しきれないまま「ジョブ型」を選ぶようなことがあれば、未来の日本の雇用システムを知らぬうちに選択してしまうことになる。本連載「ジョブ型再考」は、日本企業にとっての「『ジョブ型』人事制度」の現実的な解を検討していく。前回は、雇用システムの観点から、日本企業が導入してきた「『ジョブ型』人事制度」とは何だったのか、をふりかえり、「日本型雇用システム」の下で「『ジョブ型』人事制度」を導入・運用する難しさを説明した。第3回目は、それでもいま「『ジョブ型』人事制度」を導入すべき日本企業とは、どんな企業なのかを考える。
「『ジョブ型』人事制度」が合う企業と合わない企業、その違いとは

「ジョブ型」先行日本企業は何を見ているか

これまで、本連載では、「『ジョブ型』人事制度」と「『ジョブ型』雇用システム」を区別して考えることで「ジョブ型」をめぐる議論の混乱を解きほぐしてきた。今回は、「『ジョブ型』人事制度」の新規導入や導入範囲拡大のニュースで、新聞等メディアに登場する「ジョブ型」を先行している日本企業(以下、「ジョブ型」先行日本企業)が何を目指しているのか、雇用システムの観点から見直してみたい。

「ジョブ型」先行日本企業として、特にメディアにとりあげられることが多いのは、日立製作所だ。以前から、グローバルレベルでジョブグレードを含む「『ジョブ型』人事制度」の導入・運用に取り組んできた実績と、この実績に裏打ちされ、日立製作所の取締役会長兼執行役である中西経団連会長が以前から繰り返してきた「ジョブ型雇用」への言及によるところが大きい。筆者は、経団連会長としての中西会長の発言を、「ジョブ型」先行日本企業の考えを代表する声として取り上げてみたい。

以下に、中西会長の「ジョブ型雇用」をめぐる発言と、これを反映する経団連関連の報告書を記載した。

「終身雇用制や一括採用を中心とした教育訓練などは、企業の採用と人材育成の方針からみて成り立たなくなってきた」(2018年9月3日、定例記者会見での中西会長発言)

「新卒一括採用で入社した大量の社員は各社一斉にトレーニングするというのは、今の時代に合わない。この点でも考え方が一致した」(2019年4月22日、経団連の肝いりで開催された「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」の中間とりまとめに関する記者会見での中西会長発言)

・新卒一括採用と企業内でのスキル養成を重視した雇用形態のみでは、企業の持続可能な成長やわが国の発展は困難となる。(中略)今後は、日本の長期にわたる雇用慣行となってきた新卒一括採用に加え、ジョブ型雇用を念頭に置いた採用(以下、ジョブ型採用)も含め、学生個人の意思に応じた、複線的で多様な採用形態に、秩序をもって移行すべきとの認識で、産業界側と大学側が合意した
※参考:経団連肝いりの産学協議会の「今後の採用とインターンシップのあり方に関する分科会」の中間とりまとめ 

「終身雇用を前提に企業運営、事業活動を考えることには限界がきている。外部環境の変化に伴い、就職した時点と同じ事業がずっと継続するとは考えにくい。働き手がこれまで従事していた仕事がなくなるという現実に直面している。そこで、経営層も従業員も、職種転換に取り組み、社内外での活躍の場を模索して就労の継続に努めている。利益が上がらない事業で無理に雇用維持することは、従業員にとっても不幸であり、早く踏ん切りをつけて、今とは違うビジネスに挑戦することが重要である」(2019年5月7日定例記者会見での中西会長発言)

・年功序列賃金など日本型雇用制度の見直し
・海外で一般的な職務を明確にして働く「ジョブ型」雇用も広げるべき
・海外との人材獲得競争に負けないよう、雇用にも世界標準の仕組みを取り入れるなど時代に即した労使交渉への変革が必要
・ジョブ型雇用が高度人材の確保に「効果的な手法」
・外国企業では、ジョブ型による採用が広く浸透。高額な給与を提示して、事業計画に必要な人材を確保
・経団連の経営労働政策特別委員長を務める大橋徹二コマツ会長は21日の記者会見で「(従来型とジョブ型双方の利点を踏まえて)労使で自社に適した雇用制度を追求すべきだ」と述べた。
※参考:経団連「経営労働政策特別委員会報告」(2020年1月21日公表)のポイント

こうしてふりかえると、言及されている「ジョブ型」は、脱「日本型雇用システム」としての「『ジョブ型』雇用システム」であることが明らかだ。グローバルレベルの人材獲得競争に揉まれる「ジョブ型」先行日本企業が、「本社を置く日本のユニークな雇用システムを今後もずっと支え続けることはできない」、「自社にメリットのある部分では「日本型雇用システム」を継続するけれども、そうでない部分では、「『ジョブ型』雇用システム」の原理に基づいて人材マネジメントを行っていく」という意向を明らかにしているのだ。

「『ジョブ型』雇用システム」とは何か

それでは、日本の大企業の大勢が「『ジョブ型』雇用システム」を志向する人材マネジメントを行うとどうなるのかを考えてみたい。前回述べた通り「ジョブ型」というのは日本型以外の雇用システムを便宜的に総称した言い方であるため、実際には「『ジョブ型』雇用システム」は存在しない。そこで、日本における議論のための理論的モデルとしての「『ジョブ型』雇用システム」を整理する必要がある。

また、一般的に、「ジョブ型」がとりあげられる場合、日本企業が「ジョブ型」を導入することによる企業側のメリットか、社員にとってのデメリットが強調されることが多い。逆に、企業側にとっての「ジョブ型」のデメリットと「日本型」のメリットが語られることは少ない。

以下では、これらの点をカバーしている海老原先生の書籍等を参考としながら、「日本型雇用システム」と「『ジョブ型』雇用システム」のポイントを比較整理した。日本型とジョブ型いずれも、あくまでモデル的な整理を行ったものであり、記載内容が網羅的でないことを予め明記しておく。
「『ジョブ型』人事制度」が合う企業と合わない企業、その違いとは

※参考文献:「日本で働くのは本当に損なのか 日本型キャリアVS欧米型キャリア」海老原嗣生 著、「いっしょうけんめい『働かない』社会をつくる」海老原嗣生 著、CHO Summit 2020 Winter~ニューノーマルを生き抜く人材戦略~ 「日本のジョブ型、欧米のジョブ型」2020年11月30日 海老原嗣生氏講演 等

企業が「ジョブ型」を選ぶ背景は何か

言うまでもなく、趨勢の決まらない中で、「日本型雇用システム」と「『ジョブ型』雇用システム」のいずれかを志向していくことのメリット、デメリットは簡単に議論しきれるものではない。

しかしあえて単純化するために言うならば、社員をマネジメントする企業側の立場に立ったときに見える景色は、「人材流動性」を軸として違っているのではないだろうか。中西会長の発言にあるように、「日本型雇用システム」下での企業の苦労は、辞めない社員を雇用し続け、処遇し続けるところにある。一方で、「『ジョブ型』雇用システム」下での企業の苦労は、すぐに辞めてしまう社員を継続的に採用し続け、辞めないよう引き止め続けるところにある。

いずれも企業側にとって異なるメリットがあり、難しさがある。ただ、変化に対応して改革のスピードを上げる、より抜本的な改革を行うという局面では、人材の流動性を高めざるを得ない時期もあり、企業は「『ジョブ型』雇用システム」を志向せざるを得なくなるのではないだろうか。コロナ禍以降、「ジョブ型」が注目を浴びている大きな理由はここにもあるのではないか。

「日本型雇用システム」を選ぶことでメリットがある日本企業とは

今の時代に、それでも「日本型雇用システム」を志向した人材マネジメントを選ぶことによって、大きなメリットを見いだせる企業の条件は何か。それは、10年、20年先にどんな人材を確保していたいか、がある程度見通せる企業ということになってしまう。

特有の事業内容や組織風土により、その企業だけの特殊なスキル・能力や価値観を持った人材をじっくり育てて確保することが必要であるならば、「日本型雇用システム」を守っていくメリットはある。また、全社一律というよりは、一部の事業・職種に限定して日本型の人材マネジメントを行っていくという選択肢もある。

この点について、海老原先生は、「入社三年目の社員と10年目の社員の職務の大きさを比較したときに、その差が2倍以上になる産業では、長期雇用のメリットがある」と述べている。メーカーのエンジニアの他、総合商社の営業、メガバンクで大企業向け法人融資を担当する人材等がこれに該当するとしている。

上記を踏まえてさらに言うならば、「日本型雇用システム」のメリットを実現するためには、「企業が、社員にどのようなスキルを身につけさせどんな仕事をさせたいかをある程度明確に把握して」おり、かつ、「そのための社員の採用・育成方法を知っており、落ちこぼれをあまり出すことなく計画的に能力レベルを高め続けられる」、「人材の能力やパフォーマンスについて目利きができ、適時適切に社員の能力を評価し適切な処遇を設定できる」といった条件が企業側に求められるのである。
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