人事データの利用を含むHRテックの実装・運用は、単に「『個人情報保護法』を遵守していればOK」というものではありません。「自己情報コントロール権」や「情報自己決定権」といった新しい権利観や、AIの利活用に際して省庁などがまとめた各種ガイドライン、構造的差別を排除する必要性、そして、それらの背景にある憲法上の基本原則を理解しておく必要があります。本講演では、HRテックに取り組む事業者が理解しておくべきことを、憲法の専門家である山本龍彦教授にお話しいただきました。

【協力】一般社団法人 ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会

講師

  • 山本

    山本 龍彦 氏

    慶應義塾大学 法科大学院 教授/慶應義塾大学 グローバルリサーチインスティテュート(KGRI) 副所長

    専門は憲法学・情報法学。総務省等のAI・個人データ関連有識者会議の委員を歴任。 ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会理事。朝日新聞パブリックエディター。 ヤフー「プラットフォームサービスの運営のあり方検討会」座長。 主な著書に、『おそろしいビッグデータ』(朝日新聞出版)、『プライバシーの権利を考える』(信山社)、主な編著書に『AIと憲法』(日本経済新聞出版社)。

HRテックの実装・運用において「個人の尊重」を無視することはできない

HRテックを運用するにあたって、まず参照しなければならない法規範は「憲法」です。憲法は法体系の頂点に位置し、憲法に抵触しない「法律」が国会において制定されることになっています。また、法律をより具体的にしたものが、行政機関によって作られる「命令」です。憲法の下に法律、さらにその下に命令があり、憲法の基本的な考え方は法律や命令にもおよび、それらの法律や命令を通じて民間企業を規律する、という関係にあります。

HRテックと関連する憲法の基本原則として、まず挙げるべきは憲法13条に規定されている「個人の尊重原則」です。

封建的身分制度のもとでは、個人は特定の身分集団や職業集団に属しており、個人の生き方はそれらの「集団」に強く拘束されていました。封建制度が揺らぐ幕末までは、武士として生まれればずっと武士、農民なら農民など、自分が属する集団によって生き方が規定されていたわけです。この身分制を否定したのが日本国憲法を含む近代憲法です。憲法は、個人の能力や個性を、集団的な属性によって短絡的・概括的・類型的に評価する考え方を否定しています。

また、これまで日本では終身雇用制が重視され、会社によって個人の社会経済生活が支えられる一方で、私生活まで会社という「集団」に丸抱えされ、個人の自由や主体性が抑圧される状況が存在していました。ですが、「働き方改革」や、公正性や平等を尊重する「SDGs(持続可能な開発目標)」の普及、「ESG投資(環境・社会・ガバナンスを重視した経営を行う企業への投資)」の広がりなどによって、「個人を尊重すべし」という憲法の基本原則は、民間企業においてもますます重要な意味をもつようになっています。

HRテックは、データを通じて多角的・総合的・科学的に「個人」を評価することで、人間の思考過程にこびりついた「集団」への偏見の除去を可能にするものです。他方で、HRテックは効率性を追求するあまり、個人が直接発する声や主張、個人に関する具体的事情を無視・軽視し、共通の属性をもつ集団(セグメント)をベースとした確率的・統計的判断によって個人を短絡的・概括的に分類することになりがちでもあります。

HRテックが法的・倫理的な問題を引き起こさないようにするためには、技術や人事データの利用が「個人を個人として尊重する」ことに適切に結びついているか、企業のみの利益の実現に偏っていないかを、絶えず検証していくことが重要になるでしょう。
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