チームに欠かせない「グルー」の存在

稲垣 多様性のぶつかりがマイナスに働いたことって、「敢えて」の衝突、というところでもあんまりないですか?

廣瀬 最初はやっぱりお互いストレスはあったんじゃないかなと思いますね。それこそ「ミーティングで決まったのに、なんで後でブツブツ言ってるんだ!」みたいなことはあったでしょう。そういった「すれ違い」をどうやって解決していったかというと、ちょうど間に入ってくれる人がたくさんいたんですよ。日本人で海外の経験がある選手とか、リーチ・マイケル選手みたいな、外国人だけれど高校が札幌の山の手で、東海大学出身、というのような人材。

今回のセミナーを通じてあらためて思ったのですが、「0か、100か」ではなくて、間に「75」とか、「50」とか「25」の人がいたんですよ。これが「肝」だったんじゃないかなと。

稲垣 いい「通訳」がいたわけですね。

廣瀬 そうですね。同じチームの中に、白黒はっきりさせるんじゃなくて、間ぐらいの人がいた。「向こうの気持ちはこうだし、こっちの気持ちはこうだ」と翻訳できる。そうすることによって、お互い「なるほど」と納得できる。

稲垣 そういう人は、エディー監督が意識的に入れたんでしょうか?

廣瀬 良い選手を選んだ中に、たまたま出てきたという側面はあるかもしれません。でも、エディー監督は、リーチ・マイケル選手をキャプテン選んでいますよね。彼が「グルー」、つまり「接着剤」としての存在になった。これは、まったくの無意識というわけではなかったと思います。

稲垣 面白いな。なるほど、そのような「グルー」が組織には必要なんですね。

廣瀬 僕も今、この多国籍・ダイバーシティの中には「グルー」になる存在が必要なんじゃないかという仮説を立てています。どういったバランスが良いのかは、考えどころなんですけれど。

あと、「自分の軸をぶらさない、絶対これだ!と信じて進む人」と、割と柔軟な思考を持っている人。このバランスも面白いんじゃないかと思います。柔軟性があるということは良い面でもありますが、ふらふらと自分を変えてしまうというデメリットもあります。ただ、軸が強すぎて変われないというのも困るじゃないですか。「最適な組織のバランス」とはどんな感じなのか、というポイントにもちょっと興味があります。

例えば、五郎丸選手は、「ザ・日本人」みたいな面があって、自分の軸をぶらさない。「侍」みたいなところがちょっとあるんですよ。僕の場合は、もうちょっと柔軟で、「面白いことをやらなきゃ勝てないじゃん」みたいに考えていた部分もあって。でも、みんながみんな柔軟すぎてもいけないな、とは思っていたんですよね。

稲垣 廣瀬さんよりも、もっと柔軟な人もいたわけですか?

廣瀬 堀江翔太選手ですね。今ドレッドヘアの人ですが、あの人はもうちょっと柔軟な感じです。海外の経験があったし。

稲垣 確かにインタビューでも、すごくフランクですね。

廣瀬 そうなんです。いつもあんな感じの人なんです。でも、「日本人らしさ」もきちんと大事にしていて。そんな中でかなり外国の発想も持っていて。

稲垣:その「グルー」というのが、先ほどの「軸と柔軟性」につながっていて、いろいろな場面で役割が変わっていくのかもしれませんね。

廣瀬 おっしゃる通りかと思います。

稲垣 こういった「人間の相関図」のようなものは、キャプテンの時にも見えていましたか? 「今は彼がグルーになっているな」とか、「今、こちらの意見に寄っているから、反対側の意見ももうちょっとほしいな」とか。

廣瀬 そうですね、ある程度は。「バランスをとる接着剤の役割を担える人」というのは決まっていた気がしますね。例えば、小野晃征選手は、日本人なんですが小さい頃からニュージーランドで育っているので、「見た目は日本人、頭は外国人」。そういった人が「グルー」になってくれていました。

稲垣 面白いですね! あと、さきほど「1年間で120日一緒にいる」とおっしゃっていましたが、最初はある意味で「普通の集団」だったわけですよね。それが、日数の経過とともに、1つのすごく強いチームになっていった。どれくらいの期間で、どの時点で変わったのでしょうか? 強いチームになってきたなと実感したのは、120日間の前半の方なのか後半なのか。

廣瀬 強さをすごく実感できたのは2年目でしょうか。でも、最初からこのチームは魅力的だったし、「何かが起きるチームになれるかもしれないな」というような、ちょっとワクワクした感じはありました。

稲垣 その感じを持つにいたったのには、何か象徴的な出来事があったんですか?

廣瀬 いいえ、結果ですね。練習中にパフォーマンスが良くなってきていること、試合をすることによって相手にしっかり勝てていることを通して、「今までできなかったことができていく」という体感によって、徐々に自信が生まれていきました。1年目(2012年)の秋、ヨーロッパで初めて勝利をあげて、2013年の春は、日本でウェールズに勝って……という感じで、「どんどん登っていってるな」という手応えは大きかったと思います。
ラグビーボール
稲垣 効果的なチーム作りといえば、Googleが「Project Aristotle(アリストテレス)」というプロジェクトで、チームの生産性を高めるカギを探したのですが、なかなかわからなかったようです。次に、頭のいいメンバーをそろえたらいいかというとそうではない。では、なんらかの特殊な技術を持っている人間だけを集めたらパフォーマンスが上がるかというと、そうでもなかった。1つのカギが見えてきたのは、「リーダーが自分をさらけ出す」ということに気づいた時。リーダーが率先してそうすることで、チームメンバーも自分をさらけ出し、チーム内に「心理的安全性」が生まれた。これがチーム力のカギだった、といっていました。このように、チーム力が高まったきっかけになった出来事は、何か記憶の中でありますか?

廣瀬 「さらけ出す」という観点でいうと、東芝に所属していた時ですね。キャプテンになった2年目でした。実は当時、不祥事が結構ありまして、ラグビー部がなくなるんじゃないかなという状態でした。それでも試合をさせてもらえると決まった時、僕自身もスピーチのときに涙も流したし、「この部を本当に守りたい。そのためには勝つしかない。だから頑張ろう」と心から思いました。あの時は本当に、内なる声をすべてさらけ出しました。その時に、チームがグッとまとまって、それによって連勝できた面はあったと思います。そういった意味では、窮地に陥った東芝での経験が大きいかな、と思います。

多様性を「チャンス」と思え

稲垣 「〇×問題」の4番目、「外国人の方に日本代表の誇りを持ってもらうことは難しい」は、「×」をあげていらっしゃいましたね。先ほど「whyを握れ」というお話があって、その通りだなと思いました。例えば、廣瀬さんがニュージーランド代表になることは、ラグビーのルール上はあり得るわけですよね。

廣瀬 そうですね。僕がもし日本代表になっていなかったら、ルール上、ニュージーランドでも代表になることはできますね。

稲垣 この場合だと、廣瀬さんがニュージーランドの誇りを持って日本と全力で戦う、ということになるかと思います。「他国の代表そして、その国の誇りを持つ」というのは、あまり障壁にならないのか、もしくはハードルは高かったけれど乗り越えられたのか。どうでしょうか?

廣瀬 その障壁を僕が実際に経験したわけではないですけれども、例えばニュージーラン出身者が日本代表になることを選ぶということは、今後、ニュージーランドの代表にはなれないことを受け入れることになります。ですので、多少の戸惑いは必ずあるとは思います。しかし、外国で代表選手になる人は、みんなその国に住んで、その国の人が大好きで、その国のラグビーをもっと広めたいという思いの中で、プレーをしています。その結果、選んでもらえた、ということですから、みんな、すごく誇りを持って戦ってくれているんじゃないでしょうか。

僕達の場合は、チームのみんなで、国歌に出てくる「さざれ石」を見に行ったことがあるんですけれど、こういった、「ルーツ」みたいな物に実際触れて、そこに自分の「精神性」を乗せられれば、より力が湧いてくるような気がする。僕がもし、ニュージーランド代表になったら、マオリ族のところに行って、これまでの歴史を聞きますね。イギリスが侵略してきて、今はさまざまな民族が一緒に暮らしている中でこの国がある、といったところを聞いた上で、国の誇りというより、この国の人に貢献できることはないかを考えて戦うんじゃないかと思います。

稲垣 なるほど。その国のルーツを探しに行く、実際に見に行くことで、自分もその国を好きになっていくということですね。これはスポーツ以外の、一般会社でも同じことがいえるかもしれませんね。現在の日本社会は、多様性を受け入れるには、まだまだたくさんの課題があります。日本代表という経験から、多様性を受け入れるうえで、1番重要になるキーワードはなんだと考えますか?

廣瀬 僕が個人的に思うことは、「多様性を『脅威』と思うか、『チャンス』ととらえるか」ということですね。

稲垣 多様性を「チャンス」と思えるかどうか。

廣瀬 「ほかの国の人が来たから嫌だな」と思うか、「もしかしたら面白いことが起きるかも」、「今まで知らないことを知ることができるかも」と思うのか。それが1つ目のマインドセットです。それで、「やっぱりうまくできないな」と感じるか、「いやいや、これはこれでうまくいくまでの途中の経過だ、絶対に将来はうまくいく!」と信じるのか。

ここのマインドセットは、僕個人が大事にしていることです。例えば、海外から日本に来てもらった選手が相手ならば、この人はよりストレスを感じているのは間違いないと思います。だから、そこを踏まえたうえで、相手に寄り添った進め方をした方がいいと思います。
廣瀬俊朗氏

対談を終えて

これから多様性の受け入れを進めていく日本にとって、本当に素晴らしいお話を聞けた時間であった。世界というレベルで戦っている廣瀬さんの言葉には重みがあったし、不思議と多様性を受け入れること自体を「楽しいこと」と感じられるお話でもあった。学びは数多くあったのだが、敢えてここでは「3つのキーワード」にまとめてみた。

(1)多様性を「チャンス」と捉えること
自分と違う意見があると、面倒くさいとか、しんどいとか、厄介だとか考えてしまう時もある。しかし、「これはチャンスだ」と考えられるかどうか。「自分とは全然違うタイプの人や意見に出会ったら、これはチャンスなんだととらえる」というのは、非常に大事ことだと感じた。

(2)「How」よりも「Why」を重視
どうしても、どうやればいいのか(how)を考えてしまいがちだが、「なんのためにやるのか(why)」、つまり最終的な目標は何かを見据えて考えることが重要だ。そこを握ることができれば、多様性のある人達とでも「ワンチーム」になれるのではないか、というキーワードであった。

(3)「グルー(接着剤)」の存在
これは、お話の中でも特に大きな学びだった。恐らく、多様性のある組織を自分で作っていく時、中間で接着剤になってくれるような人がほしいな、という感覚的なものは意識していたかもしれないが、それを組織マネジメントの中で、実際に明確に役割化して配置できれば、チーム力はもっと向上させられるのではないだろうか。多様性はもっと活かせるのではないか、と感じた。
登壇者:廣瀬俊朗(ひろせ としあき)氏
「ラグビーワールドカップ2019」アンバサダー、スポーツボランティア協会 代表理事、株式会社HiRAKU 代表取締役、NPO法人Doooooooo 理事。
1981年生まれ、大阪府吹田市出身。5歳からラグビーを始め、2004年、東芝ブレイブルーパス入団。高校日本代表や日本代表でも主将を務める。代表キャップ数(日本代表として試合に出た数)は28にのぼる。2015年、「ラグビーワールドカップ イングランド大会」で、代表メンバーとして歴史的な勝利を収める。2016年、ラグビーを引退し、ビジネス・ブレークスルー大学院に入学。2017年からは東芝ブレイブルーパスのコーチを2年間務める。2019年、株式会社東芝を退社し、株式会社HiRAKUを設立。TBSテレビドラマ「ノーサイド・ゲーム」 にも出演した。
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