コロナ禍を契機に、「ジョブ型」が注目を集めている。議論のなかでは、その多くが「『ジョブ型』人事制度」を日本企業に導入するメリット、デメリットに終始している。気になるのは、「ジョブ型」導入のメリットの実現にむけたプロセスで誤解がある点だ。さらに注目したいのは、企業の意思により選択可能な「『ジョブ型』人事制度」についての議論なのか、企業外の労働市場や教育制度、資格制度、働く人々のキャリア観を含み、企業の意向のみでは変えることのできない「『ジョブ型』雇用システム」についての議論なのかという点について混乱が見られる点である。本連載「ジョブ型再考」では、日本企業にとっての「『ジョブ型』人事制度」の現実的な解を検討していく。第1回目は、その前提として、「ジョブ型」の課題やメリットなどをめぐる誤解を解きほぐしてみたい。
「『ジョブ型』人事制度」の課題やメリットをめぐる誤解をときほぐす

“「ジョブ型」導入のメリット”に対する違和感

コロナ禍以降に注目を集めているようにも見える「ジョブ型」。しかし、人事部門のマネジメントには周知のことだが、既に「『ジョブ型』人事制度」を導入している企業は多い。「ジョブ型」に該当する職務給・役割給制度を導入している企業の割合は、2018年時点で、管理職に限れば78.5%。非管理職についても57.8%にのぼる(いずれも職能給制度との併用も含む)。
※データ出所:日本生産性本部「日本的雇用・人事制度の変容に関する調査」(2019年1~3月調査実施)

大企業を中心に、多くの企業と人材マネジメント改革に関するコンサルティングプロジェクトを通じてお付き合いをさせていただいている筆者の立場から見ても、こと大企業においては、『「ジョブ型」の人事制度』は新たに導入するというより、制度改定・運用見直しのために検討されることが多い。そこでは、『「ジョブ型」の人事制度』を導入する企業が以下のような問題に悩み、解決策を求めている。

(1)社員の処遇と実際に担当している役割内容との不均衡、年功序列や下方硬直性
(2)人材ポートフォリオ、人件費の硬直性(事業戦略と人的リソースの不適合)
(3)高度専門人材の採用
(4)在宅勤務の広がりに対応したオンラインの業務管理、人材管理

 
一方、一般的に、「『ジョブ型』人事制度」を導入するメリットは下記のようなものが挙げられる。

・社員の処遇と職務をバランスさせる、年功序列を廃する
・事業戦略に基づき求められる職務に適切な人材を配置する(人材配置最適化)
・高度専門人材の獲得を容易にする
・リモート・オンライン環境で成果に基づく業務管理、人材管理を実現する


「『ジョブ型』人事制度」導入企業の悩みは、「『ジョブ型』人事制度」導入のメリットの裏返しといえる。つまり、ただ「『ジョブ型』人事制度」を導入するのみでは、上記「ジョブ型」導入のメリットは実現されないのである。

「『ジョブ型』人事制度」導入企業の課題を正しく解決するには

上記の企業が抱える問題(1)と(2)については、「『ジョブ型』人事制度」を導入しても、多くの企業では人材配置や昇進昇格といったいわゆる“人事”の中核を、それまでと変わらず“仕事”軸ではなく、“人”軸で行ってしまっていることに原因がある。そのため、人事制度外の“人事”=アサインメントのあり方の根本的な見直しが求められる。

(3)については、高度専門人材、特に高度デジタル人材の採用を見ると、入口の報酬水準の高低以外の問題が原因となっている。「『ジョブ型』人事制度」で年齢や勤続年数にとらわれずスキル水準や市場価格を考慮した処遇を整えただけでは、高度デジタル人材を採用できるわけではない。

高度デジタル人材の目線で見れば、報酬水準のみではなく、その会社の当該ポジションで仕事をすることが自分のキャリアにおいてどれだけの価値があるか、その仕事の総合的な価値や魅力が問われているのであり、人事制度のみでは容易に問題を解決できない。

(4)については、日常の業務管理と、人事制度は別物であるということがそもそも忘れられている。「『ジョブ型』人事制度」を導入しても、業務プロセス設計や、ジョブデザイン、人材配置、業務アサインといった仕事の仕方・働き方が自動的に「ジョブ型」に切り替わるわけではない。職務の自律性、裁量性、職務プロセスの他者への依存性、役割・成果の明確性といった職務の性質を変え、日々の業務管理をジョブベースにするためには、「『ジョブ型』人事制度」外の働き方改革、意識改革が求められる。
※参考文献:「新型コロナウイルス感染症の流行への対応が就労者の心理・行動に与える影響」リクルートワークス研究所

「『ジョブ型』人事制度」と「『ジョブ型』雇用システム」をめぐる誤解

「ジョブ型」という言葉の生みの親といわれる濱口桂一郎先生の書籍をひも解くと、そもそも、「ジョブ型」というのは、「メンバーシップ型」と対置される「雇用システム全体」の在り方を指す概念である。

つまり、「『ジョブ型』雇用システム」といえる。濱口先生が意図したところは、大企業・中小企業、正規・非正規等を広く含む働く人々の労働環境、雇用環境をよりよきものとするためにどうすべきか、を検討することであり、狭く「『ジョブ型』人事制度」に閉じた議論はなされていない。
※参考文献:「新しい労働社会-雇用システムの再構築へ」濱口桂一郎著

「雇用システム」とは、採用、育成、業務プロセス・職務設計、人材配置・業務アサイン、等級・評価・報酬を含む人事制度の設計と運用、これらを通じた人材の調達、リテンションとアウトフロー、これらすべてを運営する人事機能の在り方が総体として取り得る形をパターン化したものである。

企業内に閉じて存在するものではなく、企業統治(資本市場との関係性)、企業間の外部労働市場や、企業外の教育制度・資格制度、そして働く人々のキャリア形成等の在り方をも前提として成立している。

濱口先生が定義する「メンバーシップ型」、「日本型・大企業型雇用システム」は、職種を特定しない新卒一括採用と期間を定めない雇用、企業内労働市場中心の人材調達、ゼネラリスト型人材育成・配置等を特徴とする。一方で、「『ジョブ型』雇用システム」は、組織各階層における外部労働市場からの人材調達や人材配置、人材の職種別・企業横断的労働市場における転職を伴うキャリア形成等を特徴としている。この点を理解していなければ、日本企業への「『ジョブ型』人事制度」導入の難しさを十分に認識できず、導入後のメリットも実現できないだろう。
※参考文献:デヴィッド・マースデン(原著)、宮本光晴・久保克行(翻訳)『雇用システムの理論―社会的多様性の比較制度』
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