「将来価値を生むかもしれないから」という理由でとりあえずツールを導入する、とりあえずデータ化しておく、という組織を見かけます。このアプローチ自体は間違っていませんが、すぐに活用されることは少なくコストもかかりすぎるため、多くの組織では取りづらい選択肢です。そこで本稿では、実際に活用できる「HRDX」、組織価値を生む「HRDX」とするために必要な要素をご紹介するとともに、それらの要素をいつ、どのタイミングで、どのように取り組めばよいか考察します。
「HRDX」の必須7要素と発展ステージ別重点アプローチ(第3回)

「HRDX」に必要な7要素である「4S」と「3A」とは何か

前回はHRDXの発展ステージを見てきました。では、HRDXにおいてどのような事を考える必要があるのでしょうか。EYでは過去のDX支援経験から、基幹システムに求められる4要素(4S)とHRDXに求められる3要素(3A)を抽出し、HRDX支援の際の「重要7コア要素(HRDX 7CORE)」として定義しています。

基幹システムの4要素(4S)
基幹システムには「Standard(標準)」、「Simple(明瞭)」、「Secure(安全)」、「Sustainable(持続可能)」の4つの「S」が求められます。

「Standard」はデータ項目の定義や取得プロセスを標準化すること、また、データ項目ごとにオリジナルデータ(Master of Record)を1つに定め、データ参照のルールを統一することです。これが機能しないと似たようなデータが乱立し、サイロ化してしまうため基幹システムとしての組織的なデータ活用が難しくなります。

「Simple」は出来る限り簡素に設計すること、また、データ活用の結果をわかりやすく伝えることです。例えば様々な立場、ニーズへの柔軟な対応のためにアクセス権設定パターンをいくつも用意している企業がありましたが、該当パターンの確認だけで何日もかかり、更新漏れのチェックすらままならない状況に陥ってしまっていました。

「Secure」はサイバーセキュリティに加え、ガバナンス体制の構築も含みます。プライバシー情報を扱うHRDXでは、特に個人情報の取扱いルールも明確にしておく必要があるでしょう。参照されることが多い欧州個人情報保護規制(GDPR)では、同意撤回時のルール整備も求められており、苦情の申し立て先や、一度登録した情報の削除方法などにも配慮した設計が必要です。

「Sustainable」は一度作って終わりではなく、適切なタイミングで適切な情報が更新され続けること、および、システムが継続的に使われるように必要な情報が必要な人に届く環境を整えることです。欲張って情報を集めようとした結果、膨大な収集・登録の手間だけがかさみ、更新されずに眠ってしまうシステムは想像以上に多いです。従って、この点も外すことはできません。

HRDXの3要素(3A)
基幹システムの4Sに加え、HRDXには「Augmentable(追加可能)」、「Adapted(制度化)」、「Automated(自動化)」3つの「A」も重要となります。

「Augmentable」は聞き慣れない言葉かもしれませんが、後から追加できるようにしておくことを指します。人事領域のトピックは、他領域と比べるとステークホルダーが極めて多く、また、馴染み深い領域であるが故に、専門知識がない人でも「こうしたほうがいい」、「こういうのがあると便利」と意見を出しやすいのが特徴です。データの使い方は(アイデアベースで)ほぼ無限に出続けると言っても過言ではありません。加えて近年は、生理データやログデータなど、これまで取得・活用していなかったようなデータを活用しようという動きがあり、その用途や元となるデータの収集・蓄積項目は増え続ける一方です。そういった無尽蔵に出てくるアイディア全てに対応することは困難なため、採用判断基準やプロセスなど、後から追加する体制を整えておき、乱立を未然に防ぐことが大切です。

「Adapted」は制度に組み込んでおくことです。等級・報酬・評価に代表される人事制度以外に、業務プロセスなどの仕組みも広義の制度として含みます。HRは基本的に全社員を対象とする業務であるため、一部の人間だけを対象としたサービス展開よりは、制度を通じて全社員を対象としたほうが適する場面が多く見られます。これは半ば笑い話ですが、「データドリブンにしろ」と舵を切った経営者が、後継者を経験や勘で決めてしまい、しらけたほかの社員たちが以前よりデータを見なくなったという例があります。DXに成功している企業では「〇〇は必須情報」というように、半ば強制的にデータを使わせるためにプロセスから変えてしまう例が多く見られ、行動変革の視点からも制度・仕組みへの組み込みは重要な要素といえます。

「Automated」は言葉のとおり、プロセスを自動化することです。HRはセールスやマーケティングなどと比べて、効果がダイレクトには見えにくい領域特性を持ちます。そのため、リターンが明確にならないことを理由にDXが進まないケースが多いのが実情です。そういった企業の事例を見る限り、少々トリッキーではあるものの自動化によるプロセス効率の改善インパクトを短期リターンとして示し、HRDXの歩みを止めないことも時に必要であると考えられます。

HRDX発展ステージ別の重要な取り組み

では、これらのHRDXの重要7コア要素(HRDX 7CORE)は、全て常に考えておかなければHRDXが進められないのでしょうか。もちろん常に考えるに越したことはありませんが、前回ご紹介したようにHRDXの発展ステージには大きく4段階があり、各段階において目的としているデータの使い方や頻出課題が異なります。ですので、ある程度の重みづけを行うことが可能です。

横に4つの発展ステージ、縦に重要7コア要素を取ったチャートに、重みづけした施策を載せたものを先にご紹介します。考え方のベースとなるのは「前手の施策展開」。次のステージで起きがちな課題を実際に起きてから対処するのではなく、前のステージから事前対策するようにすると、概ね下図のような形になります。
「HRDX」の必須7要素と発展ステージ別重点アプローチ(第3回)
ステージ1:管理
ここは基本的なシステムインフラを整える段階ですので、標準化や管理体制、更新プロセスの確立が重要な取り組みとなります。また、組織的にデータ活用の機運を高めるきっかけが必要ですので、視覚に訴えかけるようなシンプルなレポート機能を採用することも時に有用でしょう。仮にそれがエクセルでできる範囲のことであったとしてもUXは重要ですので、そこに開発コストを投じるよりはパッケージを導入してしまうことも検討に値します。加えて、次の視認ステージで起きがちなシステム乱立を防ぐため、Augmentable(追加可能)なルール作りもこのタイミングでスタートさせることが望ましい取り組みとなります。

ステージ2:視認
このステージまで一足飛びに来てしまった組織では、管理ステージで取り組むべき施策に抜け漏れがあることが多いため、足りないものを補うことと、次の分析ステージに向けた下準備が主要な取り組みとなります。具体的には、
●システム(データソース)が乱立してしまっている場合はできる限り集約・統合させる
●分析要員としてのユーザー数の拡大を見越して権限管理も必要十分なものを整備する
●分析ステージの頻出課題であるリテラシートレーニングに向け、Adapted(制度化)な仕組みを通じた支援環境整備がコアとなります。

仕組みを通じてサポートする項目には、
(1)データ活用者が評価される仕組み
(2)データ活用スキルのトレーニング提供
(3)データ活用を前提とした業務プロセスの再設計
などが挙げられますが、細かいものまで含めると無数にありますので今回は割愛します。

ステージ3:分析
このステージではHRDXの歩みを止めず、組織全体としてデータ活用を持続的に続けられるように支援することが重要です。このため、探索的な用途で収集する情報に対する用途説明を正しく行う、建設的な議論の材料としてデータ活用するためのルールを整備する(一方的に分析結果を提示するのではなく同じデータをもとにした反論機会を用意する)、そして確立されつつあるデータフローをできる限り自動化することでリターンを出す、といった取り組みを重点的に進めることになります。図には入れていませんが、もちろん「経営的にインパクトのある分析を出す」ことも重要です。

ステージ4:創出
このステージまで来ている組織では目的やゴールイメージ、現状課題は把握されていることが多く、ご紹介するには及ばないため、本稿において主要施策は省略します。

みなさんの組織ではステージに見合う取り組みが進んでいますか。あるいは前のステージでやり残した取り組みはないでしょうか。時間軸とゴールイメージをつかめたところで、次回は自社にあわせたHRDXロードマップを策定する具体的な方法をご紹介します。
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