なぜいつも決断ミスをしてしまうのか 〜意思決定で頼るべき3人の協力者

人・組織にかかわる調査報告『人材開発白書』

これまで仕事をしてきた中で、あなたにとって最も難しい意思決定はどんなことでしたか。最終的に自分で決断したとしても、その決定に至るまでに他の人に相談やアドバイスを貰っているのではないでしょうか。良い意思決定には他者との相互作用が欠かせません。しかし、その相手は誰でも良いわけではありません。より良い決定に導いてくれる他者もいれば、逆効果になる人もいます。あなたが決断するときに、誰を頼るべきでしょうか。国内企業のミドルマネジャー1,225人への定量調査結果をもとに説明します。
あなたがこのバス会社の社長だったら、どのような決断をしますか。社長の加藤が出した結論以外は考えられないでしょうか。さまざまな観点から考えてみてください。

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加藤直也(仮名)は過疎に直面しているある地方のバス会社を経営している。バス運行の経費は年々上昇する半面、バス利用者数が一向に好転せず、厳しい経営を強いられている。この経営難を乗り越えるために、3年前にバスの本数を減らした。しかし、収益性が改善したのはその直後の数か月だけで、利用者の落ち込みを補うほどの効果はなかった。かつては、隣町の商店街までバスを利用する住人がそれなりにいたが、ここ数年は、その数も減少している。

どうすればよいのか。加藤は、さまざまなデータに目を通した。すべてのデータは、今後の経営悪化を予測させるものであった。売上データにはバス利用者数の減少が如実に表れており、経費データを見ても削減余地は見当たらない。住民データに目を移してみたものの、児童数は少なく、通学によるバス利用の増加も見込めそうになかった。ほかに相談できる人がいない加藤は、これらのデータを見つめてしばらく考えた。「ほかに方法はないな」そうつぶやいた加藤は、さらなるバス本数の削減を決断した。

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仕事は意思決定の連続です。書類の字体を何にするかというような些細なものから、企業買収などのタフなものまで、私たちは多くの決断場面に直面します。

これまで仕事をしてきた中で、あなたにとって最も難しい意思決定はどんなことでしたか。先が見えない中でも決めなければならなかったり、さまざまな利害が対立する中でも一つの方向を選択しなければならない。そのような難題に直面したこともあったと思います。

そのとき、あなたの周りには誰かがいたはずです。最終的にはご自身で決めたのかもしれませんが、その決定に至るまでに、誰かに相談したり、アドバイスをもらったりしたのではないでしょうか。どんな優秀な人でも一人では限界があります。良い意思決定には、他者との相互作用が欠かせないのです。

1. 他者がもたらす3つの効果

なぜ意思決定に他者の存在が必要なのでしょうか。他者の存在は、どのような効果をもたらすのでしょうか。当社では1,225人に対する定量調査を行い、その調査データを用いて、因子分析という多変量解析をしました。その結果、次の3種類の効果が抽出されました。

●事実情報の補完
●異なる解釈の発見
●自信と後押し

この3つの効果は意思決定のステップに対応しているといえます。事実を整理する段階では他者が事実情報を補完してくれ、アイデア生成段階では多様な考えに気付かせてくれます。そして最終的に決断を後押ししてくれるのも、他者なのです。いくつかの事例を用いながら、この効果の意味を説明します(図表1)。

1-1. 事実情報の補完

Googleの会議室にはプロジェクターが2台あります。1つは会議資料を映すためのもので、もう1つはデータを映すためだそうです。会議はデータを見るところから始め、他の人を説得するのに「私が思うに…」という言い方はしないといいます(注1)。

発想や創造性というイメージの高いGoogleでも、事実データを非常に重視しているのです。それは、事実が意思決定の土台だからです。この部分が不確実であったり憶測であったりすれば、その上に乗る議論や結論も不安定なものになってしまいます。

そして、もう一つ忘れてはいけないことは、全ての情報を知っている人は誰一人としていないということです。企業内の情報は、部門や階層で分散されています。土台をしっかりしたものにするためには、さまざまな人の情報を得ることが欠かせません。

1-2. 異なる解釈の発見

事実が揃えば、良い意思決定ができるわけではありません。

あなたはある地域向けに、紙おむつ事業を始めようとしているとします。事業戦略を立てるために、部下を市場調査に向かわせました。現地に到着した部下が慌てて電話をかけてきて、こう言いました。「ダメです。紙おむつは売れません。この地域には、ご高齢の方しかいません。」

この部下の報告には、事実と解釈が混在しています。“ご高齢の方しかいない”が事実であり、“紙おむつは売れない”が解釈です。“ご高齢の方しかいない”という事実については、誰が調査しても同じ報告がなされることでしょう。しかし、解釈は違います。高齢者向け紙おむつという“未開拓の市場がある”という解釈もできるのです。

ここで冒頭のショートケースに戻ります。バス会社の業績悪化を食い止めるためには、バスの本数を減らす以外の方法も考えられます。バスの本数を増やすのです。本数が増え、利便性が高まれば、バスの利用者が増加するかもしれないからです。宅急便を生み出したヤマト運輸の小倉昌男氏が、地方のバス会社から相談を受けたときに、このように答えたそうです(注2)。

偏った解釈だけだと、結論も偏ってしまいます。そうならないためには、結論を出す前に議論を発散させて、選択肢を増やさなければなりません。しかしながら、残念なことに人間の思考は凝り固まってしまっています。簡単には発想の転換ができないのです。そのようなときに、別の観点から意見を投げかけてくれる他者の存在が役立つのです。

1-3. 自信と後押し

ただし、発散すればするほど難しくなることがあります。それは、収束、つまり最終決定です。

JAXAの「はやぶさ」をご存知でしょうか。2010年に小惑星イトカワから表面物質を持ち帰ることに成功した小惑星探査機です。そのプロジェクトのリーダーだった川口淳一郎氏は、このようなことを言っています(注3)。

「どれがいいか、どれに絞り込んでいくか、というのは難しいところですが、水掛け論みたいになって決まらないでいることの方が問題です。しかし、『はやぶさ』の場合は、飛んでいる時間が決まっているので、どんどん決めていくことを意識することが大切でした。つまり、決めなくてはならないのです。」

はやぶさに限らず、意思決定には必ず期限があります。意思決定の旬の時期は限られており、その時期を逃してしまえば効果が薄れてしまいます。決して先送りをしてはいけません。

そうはいっても、失敗したときのことが頭をよぎり、さらなる検討を重ねたくなってしまうものです。しかし、情報分析の効果は確実に逓減します。つまり、それ以上分析してもあまり意思決定の質に影響を与えないポイントがあるのです。こうしたときに、決断に向けて心理的な後押しをしてくれるのも他者なのです。

著者プロフィール

富士ゼロックス総合教育研究所 研究室長/首都大学東京 大学院ビジネススクール 非常勤講師 坂本 雅明

1969生まれ。1992年にNEC入社。NEC総研を経て2006年より現職。戦略策定・実行プロセスの研究に従事。また、戦略策定の研修・コンサルティング、戦略策定合宿の企画・ファシリテーションを担当。一部上場企業の顧問として中計策定や新事業開発、子会社の経営支援にも携わる。首都大学東京では社会人学生向けに戦略策定コースを担当。一橋大学大学院修了(MBA)、東京工業大学大学院博士後期過程修了(博士(技術経営))。
主要著書に『戦略の実行とミドルのマネジメント』(同文舘出版、2015)、『事業戦略策定ガイドブック:理論と事例で学ぶ戦略策定の技術』(同文舘出版、2016)
富士ゼロックス総合教育研究所『人材開発白書』

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