今、注目を集める「健康経営」。そのキーパーソンとなるのが、働く人の健康を守る専門家である「産業医」です。そもそも従業員50人以上の事業所には、労働安全衛生法により選任することが義務付けられている産業医。ですが、未選任の事業所も少なくなく、選任していても活動の実態のない「名義貸し」状態になっているところも珍しくありません。
この連載では、産業医を機能させ「健康経営」を実現させるために企業が取り組むべきことをお伝えします。まずは、「なぜ今、健康経営が必要なのか」という根本を確認しておきましょう。

※本稿は、鈴木友紀夫『企業にはびこる名ばかり産業医』(幻冬舎)の一部を抜粋・再編集したものです。
第1回 これからの時代に求められる「健康経営」とは
日本における健康経営の推進役を担っている経済産業省の資料では、「健康経営」を次のように定義しています。

「健康経営とは、従業員の健康保持・増進の取組が、将来的に収益性を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」

「企業が経営理念に基づき、従業員の健康保持・増進に取り組むことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や組織としての価値向上へつながることが期待される」

この健康経営というのは、もともとはアメリカで誕生した考え方です。1992年に『The Healthy Company』を出版した臨床心理学者・ロバート・ローゼン博士が提唱したものといわれています。

当時、アメリカでは公的医療保険がなく、従業員の医療費負担が企業の経営を圧迫する大きな要因になっていました。そこで従業員の健康促進にかかる費用を投資と捉え、企業が積極的に健康に〝投資〟することで、業績や生産性の向上につなげようという動きが広まったのです。1997年からは、優良健康経営企業の表彰も行われるようになり、IBMやジョンソン・エンド・ジョンソンといった、アメリカの名だたる企業が表彰を受けています。

また実際、優良健康経営表彰企業は、アメリカの大企業平均を上回るパフォーマンスを上げていることも確認されています。1999年と13年後の2012年の株価を比較すると、優良健康経営表彰企業は1.78倍に上がっていたのに対し、大企業平均(スタンダード・アンド・プアーズ500株価指数)は0.99 倍と、微減に留まっていました。

こうした流れを受け、日本でも2010年前後から、大企業を中心に「健康経営」という考え方が注目されるようになってきています。

2012年には、日本政策投資銀行(DBJ)が、従業員の健康配慮への取り組みに優れた企業に対し、有利な融資条件を設定する「DBJ健康経営(ヘルスマネジメント)格付」融資を開始。

2015年には、経済産業省と東京証券取引所が上場企業を対象に「健康経営銘柄」の選定をスタートしています。これは、経営戦略として従業員の健康管理に取り組んでいる企業のうち、もっとも優れた取り組みをしている企業を業種ごとに1社ずつ、認定・表彰するものです。

2015年からすでに4回選定が行われており、2018年は26社が選定されました。このうち6社(花王、テルモ、TOTO、大和証券グループ本社、東京急行電鉄、SCSK)は4年連続で選ばれており、日本における健康経営の先進企業といえます。

健康経営の考え方は企業だけでなく、日本という国が抱える課題への対策としても注目を集めています。日本としての課題は、大きく2つに分類できます。

一つ目は、少子高齢化による労働人口の減少と、それに伴う人手不足の問題です。

本書の冒頭でも説明しましたが、日本の生産年齢人口(15~64歳の男女の数)は1995年に約8700万人とピークを迎えましたが、すでに減少に転じて20年以上になります。そして今後は減少の速度がどんどん加速し、2055年には4700万人、2060年には4400万人まで減少します。これは戦後間もない1950年時点より少ない数値です。
第1回 これからの時代に求められる「健康経営」とは
そうしたなかで当然起きてくるのが、人手不足です。企業は以前より少ない人数で業務に当たらざるを得ないうえ、新規の採用、人材獲得もより困難になってきています。

これは人事労務担当者の方々は肌で感じておられると思いますが、すでに現時点でも、建設や輸送、小売、外食、介護といったいくつかの業種では、人材の確保が死活問題になっています。そしてこの傾向は今後も長期的に続きます。

次に課題の二つ目は、国民全体の高齢化、膨らみ続ける国民医療費の問題です。1990年に約21兆円だった国民医療費は、2015年には倍の約42兆円に増加。2025年には54兆円になると推計されています。

また国民医療費の増加というと、高齢者が増えて医療費が多くかかるようになったからと考えられますが、この医療費の問題は高齢世代だけの話ではなくなっています。いわゆる働く現役世代も高齢化が進んでおり、多くの企業で40~60代の中高年世代が占める割合が高くなっています。そして40代頃からは糖尿病などの生活習慣病や心疾患、がんなどを抱えながら働く人が急増し、適切に対応できなければ医療費の増大の大きな要因になってしまいます。併せて働く若い世代も含めたメンタル疾患の増加も医療費増加の要因となっています。

現役世代の高齢化及びメンタル疾患の増加などによって従業員の健康度が下がることは、企業経営にとってもリスクになります。事業者は、従業員の健康保険料の半額を負担しなければなりませんが、病気やけがで治療を受ける人が増えれば、医療費を支払う健保の財政が悪化して保険料が上昇し、結果的に企業にもコストとして跳ね返ってくるからです。

こうした国の課題への対策として、政府が2015~16年にかけて打ち出したのが「女性も男性も、お年寄りも若者も、一度失敗を経験した方も、障害や難病のある方も、家庭で、職場で、地域で、誰もが活躍できる、いわば全員参加型の社会」を表す「一億総活躍社会」であり、そのための「働き方改革」です。

さらに2017年に閣議決定された「未来投資戦略2017」でも、5つの戦略分野のうち「健康・医療・介護」を筆頭に挙げ、保険者や経営者によるデータを活用した個人の予防・健康づくりの強化などが示されています。

※ 健康経営®は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
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